6月 15 2009
使徒ペテロ
このようなことを書くと、頭から否定される人も多いのでしょうが、21世紀は心の世紀
といわれ、輪廻転生も学者や精神科医から認められ始めた現代、素直で柔軟な心を
持っている人が多いと信じて、輪廻転生の具体例を一つ書きます。
私は前回お釈迦様や、モーゼ、キリストの時代に肉体を持っていた人もいたかも知れま
せん、と書きましたが、キリストの一番弟子でありましたペテロが、日本に生れてきていま
す。その人は元東大総長でありました矢内原忠雄氏です。
矢内原氏は昭和36年に亡くなられましたが、生涯をキリスト教伝道にそそがれ、たくさん
の著書を残していられます。矢内原氏の著書には、その当時生まれていなければ分から
ないような、不思議な書き方をしているところが何カ所もあり、当時のキリストやペテロの
思いがよくわかります。その中でも次に抜粋するところは、当時のペテロの思いが痛い
ほど伝わってきます。
私は前に最後の晩餐のところを少し書いたことがあります。ペテロはその席で、キリストが
この中の一人が私を裏切ろうとしている、という言葉に、皆が裏切っても私だけは裏切りま
せん、と答えます。
キリストは「よくあなたに言っておく。今夜、鶏が鳴く前に、あなたは三度私を知らないという
だろう」といい、ペテロは「たとえあなたと一緒に死なねばならなくなっても、あなたを知らな
いなどとは、決して申しません」とむきになって答えます。他の弟子達も同じように答えまし
た。
しかし、このあとユダが裏切り祭司長をはじめ多くの群衆を連れて、キリストを捕らえに来ま
すと、弟子達は皆、逃げ去ってしまいます。そうして群衆がキリストを裁判所まで引っ張って
いくのですが、逃げ去った弟子の中で一人ペテロだけが、キリストが心配になり戻ってきて、
群衆の後をつけていきます。キリストは裁判にかけられ、多くの群衆は裁判所の中庭に入
り焚き火にあたりながら、キリストの裁判を見守っています。ペテロもその中に入り焚き火
にあたりながら、キリストの様子をうかがっていますと、一人の女がペテロに近づき、ペテロ
の顔をしげしげと見ながら「この人もあのイエスと一緒にいた人です」と言いだします。ペテ
ロは慌てて「あなたは何を言っているんだ」と否定します。しかし女は「この人はあの男の仲
間です」と横にいる役人にいいます。ペテロは重ねて否定しましたが、周りにいる人々が「た
しかに、おまえは、あそこにいるイエスの仲間だ」と騒ぎ出したため、「誓って言うが、私はあ
なた方がいうあの人を知らない」と大きな声でキリストを否定したとたん鶏が鳴きます。その
時、ペテロはキリストが言われた「今夜、鶏が鳴く前に、あなたは三度私を知らないというだ
ろう」という言葉を思い出し、わっと泣きながら往来に飛び出していきます。
矢内原忠雄著イエス伝より抜粋
<イエス伝を始めからここまで学んできて、あの愛と憐憫に満ち、義と真実そのものであり、
神の子として完(まつた)き途を歩んで来られたイエス様が神を?(けが)す罪に問われて
死刑に定められ、十字架を負わされて処刑場に引かれ往こうとするのを見る時、奇異なる
感が私どもの心にわき起こるのを禁じえません。神を?した罪?それならば、真犯人はこ
の私だ!あの人に罪はない。間違いです。間違いです。神様、大きな誤審です!ーーー
しかし私は名乗って出る勇気はなかった。そして焚き火にあたたまって、もじもじしている
間に、さっさっとあの人の罪は定まって、刑の執行が命令されてしまったのです。しかも人
々が私を怪しんで「汝も仲間だろう」と言った時、私はびっくりして、「否」と三度も拒んで、
逃げ出してしまったのだ。我らの見ている前で我らの恩師は打たれ、辱められ、死に定め
られた。恩師は我らの罪を負うて、死にゆき給う。我らは見ていて何もしなかった。そして
ただ一人死に赴かしめた。なんという、なんという、なんという人間だろう、この私は!>
ここの部分は、ペテロの思いが痛いほど伝わってきて、当時のペテロの思いが非常によく
分かります。現在では世界の救世主と言われているイエス・キリストを、自分の命欲しさに
目の前で裏切るのです。とっさのこととはいえ、このときのペテロの行為は、どれだけ悔や
んでも、悔やみきれるものではなかったでしょう。このときの思いが二千年たった現在でも
心に強く残り、矢内原氏がキリストの十字架の場面を書くとき、懺悔の念として強く心から
湧きあがってくるのです。
自分が意識する、しないにかかわらず、このように過去の人生は、自分の人生に大きな
影響を与えています。心では過去の多くの自分の人生を知っています。心の勉強をする
ということは、過去の人生を含めて、たくさんの事実を知ることにもなります。自分の心の
偉大性を知って下さい。



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