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3月 14 2017

視野の狭さ

11:12 AM ブログ

ずいぶんやばそうですけど大丈夫ですか?

もう無理しないでききに(詫びに)来てはどうでしょう。(本当にすいませんでした。どうやったら救われますか?とです。奇跡が起きているのは私だけですから)私にきく以外で、その災いを止める方法はないからです。

どこかの会社はもちろんですが(本当にひどそうですが大丈夫ですか?〔汗〕)他のところも最近は(怒っているところより)引いているところの方が多いようですし、運転手連中はまだ頑張っているようですが、そういう態度をいくらしたところで罰が当たるだけです。

ソロソロ認めませんか、自分たちが悪いとです。そうして私のいうことをきいてはどうでしょう。

そうすれば少なくともその起きている災いは止まるからです。

こればかりは無理やり従わせても意味がありませんので(自分たちの心が変わらない限り止まらない現象であるからです)心変わりを持つしかありませんが、いい加減気づいてはどうでしょう。

自分たちのひどい態度をです。(神に対しても私に対してもです)

それに気づかない限り(それを認めない限り)災いも止まらなければ奇跡も起きないからです。

本当にこの辺りの人たちは子供のようですが、どこもこのような物分かりの悪い子供のような人は多いようで、そういう人たちがいる限り世の中はよくならないのです。

前回書いたことでもそうです。

まるで子供がパンか何かを半分こにして食べるのに、その割方がそっちが大きいとかこちらが小さいとかいって怒っているかのように、何でも半分ずつにして公平にしないと気がすまない人たちがいます。

しかし、そのような考えは所詮は子供の発想でしかないのです。

大人であるなら、数が多かろうが少なかろうが、また性別が違っていようがいまいが正しいものは正しい、間違っているものは間違っていると正しく判断出来るはずであるからです。

それが数が同じでないと正しい意見が通らないとか、男ばかりで女が少ないと女の気持ちが分からないとかいうのでは話にならないでしょう。

それでは子供たちがしている学校の委員会とさほど変わらないからです。

大人の集まりであるなら、例え、少ない人たちの意見であっても、それが正しい意見であるならそれを通さなければいけないのだし、男であろうと女であろうと男だけの考え、女だけの考え方だけではいけない、相手のことも考えて(それは異性であっても同じなはずです)そうして自分たちの意見をまとめるのは当たり前のことなのであるのだし(それとも男は女の気持ちがまったく理解できない、女は男の気持ちがまったく理解できないとでもいうのでしょうか。そんな小さな考えしか出来ない人たちなら、それこそ子供と同じです)自分たちの取り分が少々少なかろうが、それをこちらの方が少ないとかなんとか口から泡を飛ばして、文句をいうのはあまりにも大人げないことなのであるのだし、一番正しい意見を通して、自分のことよりもまず相手のことを考え、そうして自分たちの取り分が少々少なかろうがそんな小さなことを気にするのではなく、出来るだけ多くの人たちが納得するよう行おうとすることが大人としての態度なのであって、そのようなところが大人と子供の違いのはずです。

それなのに、その大人や子供の代表であるべき政治家がです。

何でも平等にして、そうして、男と女を同じ数にしないと自分たち(男や女)の意見が通らないというのでは、あまりに情けない、あまりに低レベルな話なのではないでしょうか。(テレビでそういう子供じみた議論はもうやめてください。子供に笑われます。〔苦笑〕)

マァ、それは政治家だけではなく、大人たちの集まりでも同じなんでしょうが、最近は何でも自分の意見だけを押し通す、そういう子供じみた人が増えました。

だからこれだけ災いも起きているのです。あまりに心が狭いからです。(それだけ心が狭くては罰も当たります)

そういう子供のような心の狭い常識(非常識?)はもう捨てないといけないのです。

世の中は持ちつ持たれつであって、自分のことばかり主張せず相手のことも考え、取り分が少しくらい少なくてもそれをよしとして〔少しくらいのことをギャーギャーいうのはみっともないです。〔笑〕何でもそうですが、均等に出来ることの方が少ないのですから〕そうして行うなら、それほど間違いもないでしょう。

また、それは善行なのです。相手のことを考え自分が引いているからです。

しかし、今の人たちはそれが出来ない(そういう善行を行う人が少ない)それが今日の多くの不幸をつくり出しているのです。

この辺りの人たちでもそうです。自分のことばかりいっているのです。(お前が悪い、すべてお前がやっている)自分たちの行いはまったく顧みることなくです。

これでは子供と同じでしょう。(小、中学生も同じ態度ですから)

そのような狭い心が災いの元なのです。

もっと心を広くして視野を広げるなら分かるのです。なぜ、この辺りにこれだけの不幸が起きているのかです。

心を広げ視野を広げるなら、もう日本が多死社会となって、天変地変も激しくなっていると分かるからです。(現在の日本は〔他国に比べても〕特に天変地変が激しいのです。それさえも視野が狭いと分からないのです。視野が狭いと他国も天変地変が激しくなっているから仕方ないとしか思わず、その差に気がつかないのです)

それが分かれば、この辺りでこのような災いが増えているということも理解できるのです。

何かおかしいと、もしかしたら世の中が変わっているのではないか?と気がつくはずであるからです。(そうして、自分たちの行いの悪さもです)

しかし、誰もそれに気がつく人がいない、これはやはり視野の狭い人が増えた(自分本位の人たちが増えた)何よりの証拠でしょう。

だから何も正しいことが分からない。

だからこの辺りの人たちは悪いことが起きると「あいつが悪い」とお題目のように唱え、悪いことをすべて私のせいにしているのです。

自分たちの視野が狭いからです。だから真実を見抜くことが出来ないのです。(視野が狭いからここのことだけしか見えていない)

しかし、それはこの辺りの人たちだけではないでしょう。男女平等、同権などという子供のような思想がドンドン広がっていたり(何でも同権、何でも平等、本当に子供のようです。〔苦笑〕)保育園をつくるな、風鈴がうるさいなどという人が増えていることでも、その事実は分かります。

視野が狭いため、自分たちのいっていること、やっていることのおかしさが分からないのです。

しかし、視野が狭くては不幸になるだけです。(いろいろ判断を間違えてです)

視野が狭いままなら、不幸なことは続きます。もう少し視野を広げ、心を広げてみませんか?

そうすれば真実が分かり幸福の道がついてくるからです。

2コメント

2 コメント to “視野の狭さ”

  1. ウナっシー2017/03/15 at 12:49 PM

    最近の反省は、比較的違う場面での反省となっています。間隔を明け反省の内容が変わるのです。今は仕事においての反省がメインです。その中で気付いたことは、仕事はしっかりやらねばならないということです。給料をもらっているからとかでなく視点は、何故現在その仕事が自分で進められるのか。そういう疑問からくるのですが、答えは先輩や上司が指導して下さったかなのです。何も知らない新人の頃から手取り足取りで、時に鞭を打つかの様に厳しく時に飴のような甘い寛容な心で指導してくれたお陰なのである。お陰というのは目には見えない心の愛なのです。その教えて下さった恩を返すには、しっかりと教えを学び良い仕事を形にして行くことであると思います。先輩上司の気持ちを察すると、折角教えてあげて何も実践しなかったら次からは適当になるか止めてしまうでしょう。そう考えると今の仕事をどれだけ良い形に出来るか、先輩上司のみならず周りの方々に感謝しながら良い形に仕事ができるように心掛けながら仕事をしています。

  2. gtskokor2017/03/15 at 1:37 PM

    その通りですね。その調子で頑張ってください。

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