4月 09 2017
間違った態度
昨日は堀川に行ったんですが(まだ何羽もカモメがいるにもかかわらず)魚があちこちでたくさん跳ねていました。
「お前ら元気なのは分かったから、あんまり危ないことはやめなさい」と声をかけながら歩いていましたが、もう魚たちは跳ねたくて仕方がないようです。(笑)
その堀川にかかる白鳥橋の横に少し大きめの地蔵があるのですが、その辺りで一人の人とすれ違いました。(六十くらいのおっちゃんです)
するとその人は私とすれ違う時に、足をザザーと引きずり嫌がらせのようなことをしていったのです。
「チッ、またか」と私は思い振り返ると、その人は私に嫌がらせをするだけしておいて、地蔵の前まで行くと深々とお辞儀をして頭を下げていました。
私は呆れましたね。これほどの偽善者はいないと思ってです。
そうではないでしょうか。一方で人に嫌がらせをしておきながら、そのすぐ後に、今度は地蔵に頭を下げるなどという敬虔な態度を取っているのです。
では、この人の心の中は一体どうなっているのかということになります。
一方で人に嫌がらせする心を持っていながら、もう一方では神を敬う心を持っている、これだけ矛盾した心もありません。(神を敬う心があるなら、人に嫌がらせなどしてはいけないのです。これではまったく相反する心を両方持っているということになり、二重人格ということになってしまうからです。もちろん二重人格者など悪人です)
人に平気で嫌がらせをするような人が地蔵に頭を下げるなどという態度は、やっていることが支離滅裂なのであり、信仰心があるような恰好を付けているにすぎないのです。
だから私は、そのような偽善な態度を見て無性に腹が立ってきたものですから(何かこの人が神を裏切っているような気がしてです)「残念。そんなことをしてもまったく意味がないわ。心をきれいにしないとな」とそのおっちゃんに声をかけました。
するとそのおっちゃんは少しビクッとしたようですが、こちらをチラッと見ただけで、そのまま向こうに歩いて行きました。
私は後ろから「おっちゃん、石の地蔵にどれだけ頭を下げても心をきれいにしないと救われないんだ。石に頭を下げている暇があるなら心をきれいにしろよ。人に嫌がらせなどしていないでよ」「人に嫌がらせなどしていたら心は汚れるばかりだぜ」と立て続けに声をかけましたが、そのおっちゃんは私のいうことを無視してすたすた歩いて行きました。
哀れなものです。こういう人は本当の信仰とは何かを早く気づいてほしいものです。
特別この人だけではないでしょう。多くの人がこういうことは正しいことであると思っています。(そこらにある地蔵にお参りしている爺ちゃん婆ちゃんはよくいますから)
しかし、残念ではありますが、こういうことは信仰でも何でもなく、ただの気休めにすぎないということをいい加減知るべきでしょう。
そのような格好ではなく心を正すことが本当の信仰であるからです。
そのこれまでの信仰が本当の信仰ではなかったということが、もう目に見えて分かる、そのような現象が名古屋に次々に現れているのです。
そのような(偽の)信仰をしていた人たちまで次々に災いが起きているからです。(もっというなら、そういう信仰を勧めている坊さんたちにまでおかまいなしに災いが起きてるのですから、偽信仰の馬脚が露れたということでしょうか)
もう悪いことが起きているところがずいぶん多いようです。
あちこちで怒りまくっていますし、仕事をやめてしまったところもチラホラ出てきているようですし(私に嫌がらせをした会社でやめてしまったところもあるようです)逆にずいぶん静かになってしまったところもあります。
そういう極端な態度をする人が多いことでもその事実が分かります。
昨日のどこかの会社も、その怒りようといったらなかったですね。ずっと(私が家にいる間中)キレているのがいるのです。(ほんとうるさかったです)
それで私はその連中に家の中から声をかけていました。
いつまでお前ら騙されているのかとです。その災いの原因をつくっているのはそのキレている奴なんだとです。
自分たちが、そのような悪をつくっているから(キレまくって、でかい音を立てまくり、まわりに迷惑をかけまくって罪をつくり続けているから)その悪が自分たちに返ってきているのであり、私が祈るから災いが起きているわけではないのです。
自分たちがつくる悪が自分たちに返ってきているだけなのです。
もし私の祈りのせいで多くの人が病気をしているというのなら、その祈りは私にも返って来るのですから、当然、私も病気をしないといけんませんし、だいたい、そんなに多くの人を私が病気にしているというのであれば、もう私は殺気立って凄い雰囲気になり、恐ろしくて人など寄ってこれるわけがありません。(悪いことをすれば当然雰囲気に現れますから)
しかし、私には人どころか(小さいな子供が平気で寄って来て嫌がらせをしていきますから)あの気の小さい鳥まで喜んで寄って来て騒いでいます。(もう家でも騒がれています。家の行きかえりでも飛んで来て騒いでいることもあるし、先ほども家の外ですずめが騒いでいました。今日など外は風が強くて雨まで降っているというのにです)
そのような雰囲気が私が人を病気になどしていないと、私は悪いことをしていないと教えているのです。
口ではいくらでも嘘をつけますが、雰囲気はごまかせません。私を悪くいう人たちの方がよほど殺気立って雰囲気が悪い人たちがたくさんいるのです。(怒りまくっている人たちなど特にそうです)
そういう自分たちの悪い心を直さないといけないのです。そういう心があるうちは悪いことが起きるからです。
その自分たちの心(と行い)が悪いことで起きている災いを、この辺りの人たちは全部私のせいにしているのです。(何しろきこえてくるサイレンはみな私のせいらしいですから。救急車だけでなくパトカーも消防車も何もかもみな私のせいらしいです。私は人を病気にしているだけではなく、火事や事件まで起こしているようです。〔苦笑〕)
そういう悪いことをすべて一人の者のせいにしているなど、すでに狂っているのですが、そういう狂っている人たちがこの辺りには大勢いるのです。
そういう狂った考えでいるから、狂ったことが起きているのですが、その自分たちが狂っているために起きている災いまで、全部この辺りの人たちは私のせいにしているのです。
しかも、その全部自分たちの罪を擦り付けている私に心だけは救われているのにです。
その心を救われている私に自分たちの罪から何から全部かぶせて嫌がらせをし続け、そのような悪を今もってやり続けている。もうこの辺りの人たちの罪は深すぎますね。
これではどれだけ罪を犯しているのか分からないくらいだからです。
だからいっているのです。
この辺りの人たちはよほど徳を積まないとまずいですよとです。今のままでは必ず災いが起きますよとです。
それだけの悪いことを(知らず知らずとはいえです)しているからです。
それもこれも正しい信仰をこれまで知らなかったことが悪いのです。みな自分たちのせいなのです。
人のせいではありません。
そのこれまでの神に対する間違った態度を正す時が来ています。(だから私が出て来たのです。そのような時が来ているからです)
この名古屋で起きている(東海三県くらいにはもう広がっていますかね)正しい信仰を知るための現象は、すでに全国に広がり、世界に広がっています。(なぜなら、日本だけでなく世界中の人が間違った信仰をしているからです。正しい信仰とは私が説いている、この正法神理だけであるからです)
その正しい信仰を知るための目覚めの現象が、激しくなった天変地変や多死社会などの様々な異常現象であるのです。
しかし、まだ多くの人たちはそのことに気づいていません。
それに気づいているのは、このブログを読んでいる人たちだけなのです。
そういう(世界に法を伝える、世界を平和にする)使命があるからこのブログを読んでいるのです。(早く自分の使命を自覚してください)
いつまで間違ったことをし続けるのですか?このブログを読んでいる人たちの目覚めが遅れれば遅れるだけ、世界は混迷して行きます。(だから世界が混迷しているのです。法を世界に伝えていないからです)
この名古屋で起きている現象を世界に伝えませんか?(私に起きていること、私の周りで起きていること)
それが、真の世界平和の曙(あけぼの)となるからです。
追伸…何度もいいますが、この辺りで起きていることを教えてもらえませんか?
知っていることだけでいいのです。そのこの辺りで自分の周りで起きていることをそれぞれの人が教えてくれるだけで、それが集まれば、どれほどの神の業がこの辺りで現れているのか分かるからです。
そういうことを多くの人に伝えることが、真の世界平和への第一歩となります。
何度もいいますが、この辺りの人たちは(特に)徳を積まないとどんな災いが起きるかもう分かりません。
少しで結構です。私に協力してくれませんか?
それ以上の徳となる行為はないからです。
(何度も書いていますが、私が悪人というのは間違いなのです。それはまったくの誤解〔罪の擦り付け〕なのであり、これ以上の善人はいないのです。だから鳥が寄ってくるような愛ある奇跡が起きているのです。口ではどうとでもいえますが起きている現象に嘘はありません。私に起きている現象を見てご自身で判断してください。人の意見などに惑わされずにです)



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