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5月 21 2017

唯一の正しい道

10:59 AM ブログ

昨日のブログで、どこかの会社が先ほどまではうるさかったのに祈りながら書いていたら急に静かになった、また何か起きたようです、と書いたのですが、そのブログを書いた後の午後からの話です。

どこかの会社の連中がまた怒りだしたのです。

しかも何人もが怒っているようで半狂乱みたいな怒り方をしています。(もう、うるさい、うるさい。あっちでゴン、こっちでガン、向こうでガラガラみたいな感じです)

昼休みにも何か起きたようです。(というか、誰か癌にでもなったんでしょう)凄い怒り方でした。

祈るとすぐに現象が現れると書いているのに何度も嫌がらせなどするからいけないのです。(午前中、ずいぶんうるさかったので何度も祈りましたから)

そういう自分たちの悪い行いは一切認めようとせず、悪いことが起きるとすべて私のせい、本当に呆れてしまいます。(あまりの進歩のなさにです)

どれだけ怒りまくったところで、その恐ろしい現象は止まりません。何年同じことを続けるのでしょう。

滅ぼされる前に気づいてほしいものです。自分たちの行いの悪さにです。

しかし、こういう進歩のない連中が本当に多いのです。昨日だけでも私が歩いているとあちこちで怒っている人がいました。(急に怒り出す人もです)

まだ分かりませんか?自分たちが悪いとです。

自分たちが間違っているから悪いことが起きているのです。私のせいではありません。

顔も見たことがなければ祈ったこともない、そういう人が病気をしてなんで私のせいなんですか?

おまけに火事や何かの事件もすべて私のせいなんですよね。(だってサイレンは全部私のせいなんでしょう。では、消防車もパトカーも私のせいということになります)

いくら何でも責任転嫁が過ぎませんか?何でもかんでも悪いことを私のせいにしているなんてです。

もうほとんど被害妄想レベルなんですが(笑)この辺りの人たちは、そういう被害妄想の人ばかりだというのですから笑い事ではありません。(ほんともう病気です)

そんな発想の人たちばかりだからよけい悪いことが起きるのです。

被害妄想の心を持っているのなら、その心の通りの(悪い)ことが起きるのが法則であるからです。

だからこの辺りは特に悪いことが集中して起きているのですが、しかし、もう悪いことは全国レベル(多死社会)で起きているのです。(その中でもこの辺りはトップクラスでしょうが…)

どこかの会社だけではなく、早くこの辺りの人たちは気づかないといけないのです。

自分たちの心と行いの悪さにです。

それを直さない限り不幸は止まらないからです。

昨日、私は堀川に行ったんですが、堀川沿いを歩いていると前からいろいろな人が歩いて来ます。(あそこは散歩コースですから)

昨日も前から見たことがあるようなオバちゃんたちが歩いてきたなと思ったら、案の定、私とすれ違う瞬間に足を地面にザッとすらして嫌がらせをして行きました。

そのオバちゃんたちに見覚えがあったのは前にも同じようなことをされたからです。

このオバちゃんたちは前に祈ったことがありますので、祈ってばかりいても仕方がないと(それに我の強い人たちは祈ってもなかなか現象が現れませんから)歩いて行くオバちゃんたちに後ろから声をかけました。

「オバちゃんたち見てみろよ。鳥ばかりではなく川の魚まで俺には寄って来るんだぜ」

そういうと、珍しくそのオバちゃんたちは私のいう通り、歩きながら横の堀川を見ていました。(私が声をかけても無視して行ってしまう人がほとんどですから)

堀川には、あちこちの水面に細かい魚たちが固まって浮いてきていて(数十匹から数百匹くらいの集団です)元気よく泳いでいるのもいます。(私は堀川に来るとすぐに川に向かって声をかけます。すると魚が跳ねたり、このような細かい魚たちがたくさん浮いてきたりしますので〔冬場はダメですが、暖かくなってくるとこういうことは普通に起きます〕この時すでにそういうことが起きていたのです)

その魚たちを見て、オバちゃんたちは歩くのをやめて川を見ながら何か話しているようでした。(こちらまでその話し声がきこえてきたわけではありませんが、たくさん小魚が浮いて来ているとか何とかいっていたんでしょう)

そのうちに私が見ている前の川の水面が急にざわざわしだして凄い数の小魚たちが上がって来たのです。

その小魚たちは先ほどの数十、数百匹の集団レベル程度ではありませんでした。

二、三メートルの幅で水面が凄い勢いでピチャピチャしだして、その二、三メートルの幅のピチャピチャが数メートルも続いているのです。

だからもう数えきれないくらいの細かい魚たちが一変に水面に浮いてきて、その細かい魚たちの集団が私に向かって泳いでくるのです。

「凄い数だな」とさすがに私も驚きましたが(これだけ一変に細かい魚たちが水面まで上がってくるのも珍しいものですから)その小魚の集団は私のすぐ前まで泳いできましたが、そのまま横に向きを変え、今度はオバちゃんたちが見ている方に泳いで行きます。

さすがに、その光景にはオバちゃんたちも驚いているようで口々に何かいいながら、その小魚たちの集団を見ていました。

私は「こういう愛ある奇跡が起きている者が悪人なのか。俺にはこういう魚たちばかりでなく鳥まで寄って来るんだ。そんな悪人に鳥や魚が寄ってくるわけがないだろう。あなたたちが間違っているんだよ。だから悪いことが起きるの。俺のせいじゃないんだ。いつになったらそれが分かるんだよ」と声をかけましたが、そのオバちゃんたちは私の声がきこえているのかいないのか、私のいうことを無視してずっと川を凝視していました。(よほどその光景が珍しかったんでしょうか?)

しかし、こういうことが起きるのも奇跡だと思います。

いつも私一人が川をのぞいている時は、これだけ集団で小魚が水面まで上がって来るということもそうはないのです。(ゼロではありませんが。たまにこういうことは起こります)

それがオバちゃんたちが川をのぞいている時に限ってこういうことが起きるのです。

しかもその上がって来た多くの小魚たちが、私の前に一度泳いできて、そうして、そのままオバちゃんたちの方にまで泳いで行くというのですから、これだけ分かりやすい奇跡もないのです。(私とオバちゃんたち両方の目の前を多くの小魚たちが泳いで行くというのですから)

この光景を見ていたオバちゃんたちも気づいてほしいものです。

なぜ、こんな奇跡が目の前に現れたのかということをです。(もちろん、この奇跡はこのオバちゃんたちが法に気づいてもらうために天が現したものです。そうでなければ川底にいる多くの小魚たちが急に水面に上がって来るわけがありません。〔しかもわざわざ私の前にです〕偶然こういうことが起きるわけがないのです。すべてそこには神の力が働いているのです)

この法に従うなら、こういう奇跡が次々に起きてきます。

しかし、逆らうなら、何度もここに書いていますが災いが次々に起きて来るのです。

災いが起きるのは自分たちが行いを間違えているからであって、人のせいではありません。

そうして奇跡が起きるのもまた自分たちの行いが正しいからであって、これも人のせいではないのです。

私のいう通りのことをしたら(川を見てみろ)とたんに奇跡が起きた、この事実が私のいうことの正しさを何より物語っているのです。

このような奇跡はたまたま起きたものではありません。法に従えば、このような奇跡が次々に起きるのです。(現に私には起きていますから)

この法に従いませんか?

それが唯一の正しい道であるからです。

(お前のせいではないのです。自分が間違っていました。どうやったら救われますか?なのです。そういう心にならなければ救われる道はないのです。自分たちの考えだけでは〔末法の考えだけでは〕もう悪いことしか起きないからです)

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