6月 06 2017
心のレベル
昨日(六月五日)は熱田祭りでしたが(もう熱田神宮など人で一杯だったでしょう。花火も上がりますから)本来、祭りには霊を鎮めたり邪気を払ったりするご利益があるはずですが、そのようなご利益もこの辺りにはまったく効かないようです。
どれだけ名古屋で盛大な祭りが行われても災いは減るどころか、増える一方であるからです。
大丈夫でしょうか?この辺りの人たちは、そんなお祭りなんぞに行っている暇があるなら、この法を勉強して実践された方がよいのではないですか。
どこの祭りに参加するより、またどこの有名な寺や神社に参拝するより、法を勉強し実践した方がよほど安全であるからです。
それを一番肌で感じているのがこの辺りの人たちなのではないでしょうか。
そのようなところ(寺や神社、祭りなど)に行き、何かご利益がありましたか?
この辺り(名古屋を始めとした東海三県など)で起きている、ここ数年の災い(サイレンなどのです)その間にお経を上げた人もいれば、お墓にお参りした人もいたでしょう。
お寺や神社に参拝した人もいれば有名パワースポットに行った人もいたでしょう。昨日の熱田祭りのような大きな祭りに参加した人もたくさんいたはずです。
しかし、そういう人がどれだけいても災いはちっとも収まらないのです。
ご先祖に頼もうと、有名、無名な神様に頼もうと、パワーがあると有名なパワースポットに行こうと、どこに行っても、また誰に頼んでもこの起きている災いは止まらないのですから、では、そのような場所には何のご利益もなかったといっても過言ではないのではないでしょうか。(または効かなかったといった方がよいのでしょうか?どちらでも同じです。悪いことが止まらないことには変わりがないからです)
もし、そのような場所に何かご利益があるのなら、そういうところに行っている人たちはたくさんいるのですから、この起きている災いは減って行かないといけないのです。
しかし、実際は減るどころか、増えているところがたくさんあるのです。(どこかの会社の人たちなど大変そうです)
これが現実なのです。残念ではありますが、これまでしてきた信仰など何のご利益もなかったのです。
これまで多くの人がして来た信仰と思っていたことは、実は信仰とは名ばかりの本当の正しい信仰ではなかったからです。
そのようなことを私はこれまでこのブログに何度も書いて来ました。(お寺や神社、仏像にお参りしても意味はない。パワースポットも同じ)そのことが奇しくも名古屋で証明されているのです。
しかし、私や私が説いている法を実践してる人たちには奇跡が起きているのです。(もちろんその奇跡は、自分たちが法を実践した程度によって起き方は違いますが)
では、どちらが正しい信仰なのかはもう火を見るよりも明らかなのではないでしょうか。
後はそれをいつ認めるのかということだけなのです。多くの人たちがです。
この教えの正しさを認め、古い信仰を捨て、この正しい信仰をすることが出来るか否か、それが自分が救われるかどうかの別れ道であるということです。
最近、若い時から天才的な才能を発揮する人がたくさん出てきました。(野球はもちろんですが、今やっている卓球やテニス、ゴルフやサッカーやスキーやスケート、将棋に至るまでです。若いのに天才肌の人がたくさん出てきました)
しかし私は、こういう人たちがこれからたくさん出て来るということをすでにこのブログに書いていました。(もうすぐこの日本に菩薩界が誕生しますとです。〔あの世の菩薩界から出てくる人がたくさん出て来てです〕そうして、その菩薩界から出て来る人たちは、小さな頃からすでに天才的な部分がある人たちで、そういう人たちがこれからたくさん日本に生まれて来るとです)
そのような人たちが実際出てきているのです。
そうして、そういう人たち(菩薩)が中心となって、これから世の中を変えていくのですが、それもこれも、この法を勉強しないと意味がなくなるのです。
法を勉強しないまま、形だけ菩薩界から出て来た人が中心となり物事を進めても、うまくいかないからです。
特にこれからは正法の世が深まって行きます。法を知らないまま何かを進めても悪いことが起きてうまくいかないのです。(それをこの辺りで起きていることが教えているのです。この辺りで起きていることは、これから日本が菩薩界になって行くための正しい順序を教えているのです。このようにやっては〔法から離れていては〕うまくいかないとです)
だから菩薩界から出て来た人たちは必ず、この法に巡り合うチャンスがあるのですから(だから、そういう人たちですでにこのブログを読んでいる人も多いと思います。それは過去世からの法との深い縁が菩薩界の人たちにはあるからです)それを活かさないと本当の自分の使命は果たせないということです。
しかし、それはなにも若い人たちばかりではありません。
年には関係なく、この教えに異常に興味がある人などやはり法に深い縁がある人たちであり、心のレベルの高い人たちであるのです。(菩薩界、神界クラスの人たちであるということです)
しかし、そのような人たちは(法に深い縁があればあるほど)この教えをよく勉強し実践しないと、自分の本当の力は現れてこないのです。(だから、この法を知っただけで実践しないでいる人たちの中に〔ほとんどそういう人たちばかりなんですけど・苦笑〕まだまだ素晴らしい力を持っている人がたくさんいるということです)
では、やってはどうですか?そうしないと自分の本当の使命は果たせずに終わってしまうからです。
都合のいいところだけやるのではなく、私がこのブログを読んでいる人は布施位しないといけないと書いたら、即それを実践するのです。(ウナッシーさんのようにです)
そうすることが法の実践になるのだし、またそういう心のレベルの高い人たちがまず手本を見せないと、それより低い人たちがやるはずがないのです。
心のレベルの高い人たちは何でも自分が率先してやって、多くの人たちを正しい道に導く、そういう使命もあるからです。(心のレベルの低い人たちは悪いことをどんどんやって不幸になりますが〔それをまねした周りの人たちも不幸になります。つまり心のレベルの低い人たちは自分だけではなく、この世のレベルも下げるということです〕逆に高い人たちはよいことをどんどんやって、それを周りの人に見せ、周りからそれをまねする人たちをたくさん出さないといけないのです。〔それが人を導くということですから〕よいことをする人が増えれば当然この世のレベルは上がります。そのこの世のレベルを上げるということもまた菩薩の使命としてあるからです。〔菩薩とはそういう心のレベルの人たちなのです〕菩薩が自分さえよければよいなどといっていたら、どこまで自分の心のレベルを下げるか分からないのです)
私のいった通りのことが次々に起きています。(ということは、私のいっていることは正しいということになります)
では従われてはどうでしょう。
正しい意見に従うことは一番幸福になれる方法であるからです。
(先ほども書きましたが、心のレベルの高い人は、自分で判断し、よいことは一人でも行わないといけないのです。それが自分の心のレベルを上げる、唯一の方法であるからです。もう心のレベルが高ければ高いほど、普通のよいことをしていたくらいでは自分の心のレベルは上がらないのです。〔元々のレベルが高いからです〕法に協力することがこの世で一番のよいことなのです。では、されてはどうですか?それが嘘ではないということくらい心の高い人たちなら分かるはずであるからです)



人目の訪問者です。

最近は夜風が心地良くなって来ました。私は夜に外に出て夜空の月明かりを見ては限りない宇宙の広さを感じながら夜風に癒されています。すると自然に感謝の想いが湧いていきてその場で腰を降ろし反省を始めるのです。勿論私の住む自治会の皆に届く位の大きな想いでの反省や感謝となるようにしています。また私は最近になり夕方にウォーキングしていますが、すれ違う人や視界に入る全てに神への想いが届くように大きく働きかけています。(まだまだ未熟なゆえ声が出ませんが想いは大きく持っています)色々気が付いたことをやってますが、静かな夜に外での反省も自然と一体感があり良いものです。あっ、そう言えばこの辺は最近はめっきり救急車のサイレンがへっているように感じます!外にいる時以前のように聞かなくなりました。何が変わったのか知りませんがそれもそのうち分かるの時がくるのかも知れませんね
そうですね。その調子で頑張ってください。