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6月 08 2017

知ったかぶりの危なさ

11:18 AM ブログ

何か凄いですね。

何が凄いかって、あちらでどえらい怒っている人たちがいるかと思うと、こちらにはどえらい引いている人たちがいて、両極端な人たちがたくさんいるからです。(中には両極端なところもあるし…どこかの会社などです)

これまでは、どちらかというと怒っている人たちばかりだったんですが、最近は顔を引きつらせて引いている人がたくさんいます。

そういう状況を見るとです。

もう、ただ怒ったり引いたりしている場合ではないのではないですか。引いている人たちなど、早くその災いを止めないといつもう自分たちに災いが現れるか分からない、そういう状況のようにも見えるからです。(それは怒っている人たちも同じなんでしょうが、怒っている人たちは態度が悪いんでよく分かりません)

自分たちが間違ったことをしているから悪いことが起きているのです。それは大人であろうと子供であろうと同じなのです。

どれだけ怒っても(引いていても同じなんですが)よいことをしていないからよいことが起きないのです。

とりあえず、人に嫌がらをせするのはやめた方がいいのではないですか。

そのような態度ではもうどれだけ悪いことが起きるか分からないからです。

たちの悪い小学生がたくさんいるようですが……悪いことが止まらないんでしょう。だからキレている小学生が多いようですが(そういうところは大人も子供も同じですね。最近は子供までキレているか、引いているかの両極端です)それは自分たちが悪いからです。

私のせいではありません。(お前ら人に散々嫌がらせをしておいて、そのこと忘れたんかい。よく考えみろ。そういうことが本当に人が起こせると思うのか?〔人が起こせると思うのならお前らやってみろ〕人以外の何かの力が働いて災いが起きているんだ。それが神に力だといっているんだ。いい加減、神を理解し神の力を畏れろ。そうしないと〔それだけ傲慢だと〕どれだけ災いが起きるか分からんぞ)

天罰に大人も子供もありません。

天変地変が起きて、子供だから助かるということがあるのでしょうか?天が起こす災いに大人も子供もないのです。

天が現す災いは、心が悪ければその悪いなりの現象は肉体に関係なく現れるからです。

だから、子供だからとあまり甘やかしてはいけないと(今のような過保護な教育はよくないと)私はいっているのです。

そういう教育をしていて、礼儀も知らない子供が増えれば(この辺りに一杯いますけどね。上の者に対する態度がまったくなっていない子供がです)これからは天がかわって、そのような子供の間違いを正すことになるからです。

天が正すのであれば、先ほども書きましたが、大人も子供も同じように心の在り方一つで取り返しのつかないことにもなりかねません。

だから、少なくとも子供はしっかり教育しておいた方がいいのではないでしょうか(人としての常識くらいはです)後で泣くことになってもいけないからです。

それはともかく、特に神に関することは、これからは正しい行いをしないと即、罰が当たることになります。

ですから、これからは神のことだけは正しく知っておかないといけないでしょう。そういう時代になっているからです。(すぐに天罰がくだる、正法の世にです)

多くの人は、そういう時代に変わったにもかかわらず、その神のことをよく知らないがために次々に罰が当たっているのです。(それが多死社会のような形で現れているということです)

この辺りの人たちは、その時代が変わったために起きて来たことをみな私のせいにしているだけなのです。

日本の人々は神のことなど誰も知らないのです。(もちろん本当のです)

これまでは無神論の人たちがほとんどであったわけだし、神を知っているといっている人たちでも何の奇跡も起きないような間違った信仰を正しいと信じ(または、悪魔が起こした業を神の業と信じ)これまで行ってきたような人たちばかりなんですから、それでは本当の神のことを知らないといっても間違いではないのです。

だから本当の神の力が現れ出すと、みな右往左往して責任転嫁しているのです。

本当の神の業を知らないがために何が起きているのか、まるで分らないからです。

それなのに知ったかぶりして、悪いのはお前とすべて私に罪を擦り付けています。(悪いことを何かに責任転嫁しているということです。この辺りだけではなく全国の人たちがです)

本当に危険なことです。

そのようなやり方(すべて責任転嫁)は神から観たら一番してはいけないことであるからです。

それが証拠に、そんなことをしてる人たちに次々に災いが起きているのです。

口でどうこういうより、その起きている災いが、自分たちがまったく間違ったことをしているという何よりの証拠なのです。

私は正しいことをいっているから奇跡が起きているのです。これだけ起きていることが違うのです。

もう観念して「自分たちが間違っていました。助けてください」といいに来てはどうでしょう。

それ以外で救われる道はないからです。(特にこの辺りの人たちはです)

多くの人は自分の間違いに気づいていないのです。(自分が何も分かっていないからです。または気づいていても認めないかのどちらかです)

早く自分たちが何も分かっていないということに(神のことに関してです)気づかないといけないのです。

それに気づいていない人が多いため、多死社会となっているのです。(多くの人が神の心から遠いため自分の使命をしっかり果たさないうちにあの世に引き上げられているということです。分かりやすくいえば強制的に学校から退学させられているということです。この世は心の勉強の場であり学校のようなものだからです)

二、三日前の話ですが、私は庄内川に行きました。

その庄内川は、最近工事をしていつも歩いている川岸ばかりでなく、反対側の川岸もきれいになり歩きやすくなったものですから、最近は、同じ岸ばかりを歩くのではなく川を渡った反対側も歩くようにしているのですが、その反対側でも私が川の近くを歩いていると、小魚たちがたくさん出て来てピチャピチャやっています。

その時もそうだったのですが、しかし、その日は歩いていると川の真ん中の辺りでもたくさんの魚が跳ねていました。(十数センチくらいのです)

「今日はよく跳ねているな」と思い「お前ら相変わらず元気だな」と声をかけながら歩いていたのですが(ちょっとそういう場面も動画に撮りました)その帰りに橋を渡って向こう側に帰ろうとして下にある庄内川を見るとです。

なんと、水面近くに凄い数の魚が泳いでいるではありませんか。

来る時には下の庄内川にはまったく魚など見えなかったのにです。(普段通りの川が流れていただけでした)

しかし、同じ橋を渡って帰ろうとしたら、行きとはまったく違い、いつのまにか多くの魚たちが水面上に上がってきていて水面近くを泳ぎ回っているのです。(大きな鯉も数匹上がってきていたし、なんとエイまで上がってきていました。〔やはり庄内川にはエイがいるようです〕)

それが橋の上からよく見えるのです。

行きと帰りでこうも違うのかと驚きましたが、これだけ魚が上がって来ていたらよく跳ねるわけだと妙に納得してしまいした。(笑)

川底にいた魚たちが、私が川岸を歩いているといつの間にかたくさん川面近くに上がってきて、泳ぎ回り跳ね回る、このような不思議な愛ある奇跡が私には毎日のように起きているのです。

神の心を知って実践するなら、このような愛ある奇跡がそこかしこで起こります。

しかし、神の心を無視して、まったく的外れな(神から観たらです)毎日を過ごすのであれば、もうどれだけ危ないことが起きるのか分からない、そういう時代になっているのです。

少し謙虚になり、神の心を学ばれてはどうでしょう。

多くの人たちは、その神の心を知ることの大事さを知らないでいるだけなのです。

追伸…ずいぶん現れているようですね。この辺りに災いがです。(それをこちらは肌で感じています。もう多くの人の私に対する態度がずいぶん変わってきているからです)

この辺りの人たちは私に相当悪いことをしています。(それこそ大人も子供も含めてです。相当嫌がらせをされていますから)

それでは悪いことは起きるでしょうね。そのような態度ほど罰当たりな(的外れな)態度もないからです。

それを反省しろといくらいってもしない人はしないんでしょうが、高校生以上の人はともかくです。(そういう人は自分で判断すればいいのですから)

中学生以下の子供は、親が判断してあげた方がいいのではないですか。子供一人では正しい判断もなかなか出来ないと思うからです。

この辺りの親は、私に嫌がらせをしているのか、していないのか、そうして、このブログを読んでいるのか、いないのかを子供にきいた方がいいのではないでしょうか。(このブログはずいぶん子供も読んでいますから)

そうして、もし、自分の子供が私に嫌がらせをしていてブログまで読んでいるようなら、私に少しくらいの詫びと(感謝の心で)布施位はされた方がいいのではないでしょうか。

それをしないと、そのような子供には遅かれ早かれ必ず災いが起きるからです。(態度があまりに不遜で罰当たりがすぎますから)

中学生以下の子供が自分から進んでそういうことが出来るとは思えません。では、親がしてあげてはどうですか。

それが親の愛であるからです。

そうして、それだけ(そういうことが実践できるだけの)子供に対する親の愛があるならば、その子に災いが現れることもないからです。(その親の愛がその子を守るのです)

マァ、神も信じなければお前のいうことも信じないと、そういうのであればそれはそれでかまいませんが、そのような私のいうことを無視している結果が、今のような多くの災いをこの辺りに現しているのです。

親が気づかなければ子供も気づきません。

もう少し親の愛を出されてはどうでしょう。そうすれば、この辺りで起きている災いも段々収まって行くからです。

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