6月 27 2017
多死社会時代の到来
この辺りは相変わらず怒ったり引いたりしている人が多いんですが(今日はわりと引いています。昨日は烈火のごとく怒っていたのにです。どこかの会社などです)しかし、他のところではさすがに青い顔をしている人たちが増えて来ましたね。
というのも、あまりに怒っている人が多いものですから、最近は「時代が変わった」「多死社会になった」という話ばかり辻説法でしているからです。
「多死社会になったのを知らないのか。もう日本中で死ぬ人が増えているんだぜ。だから火葬場が一杯なんだ。田舎の方など火葬するのに三日待ちならいい方で、一週間待ち、十日待ちというところまであるらしいぜ」
「何でこんなことが起きているんだ。自分たちの心が現れる時代になったからだよ。だからこんなに死ぬ人が増えているんだ。心が悪い人が多いからな。だから俺には鳥が寄って来るような奇跡が起きているんだ。心がきれいだからな。そういう自分たちの心が現れる時代になったんだよ」
「その時代が変わって起きて来たことをこの辺りの人たちはすべて俺のせいにしたんだ。だからこの辺りはよけい危ないことが起きて来たんだ。時代が変わって自分たちの心が現れる時代になったにもかかわらず、その自分たちの心が悪いために起きて来た悪いことをみな俺のせいにしたんだからな。そんなことをすれば汚い心がよけい汚くなる。それでこの辺りはよけい危ないことが起きだしたんだ」
「起きている現象を見れば、俺のいっていることが正しいか間違っているかは分かるだろう。いっていることが正しいから奇跡が起きているんだ」
「もうそこらじゅうで悪いことが起きているんだぞ。それなのに大丈夫か、その悪いことをいつまでも俺一人のせいになどしていてよ」
などと話すと、先ほど書きましたが、もうほとんどの人が青くなるわけです。
実際に、多死社会になっているのは事実であるのだし(私がいっていることはすべてテレビでいっていることですから)周りの人たちに次々に災いが起きているのも事実です。
そうして、私に鳥が寄って来るような愛ある奇跡が次々に起きているのもまた事実なのです。
すべて事実なのですから、それが時代が変わったからこういうことが起き出したと奇跡が起きている私にいわれたら、もう否定のしようがないわけです。
自分たちには悪いことしか起きていないからです。
悪いことしか起きていない自分たちでは、仮に私がいっていることを否定したところで「何の奇跡も起きていない者に何が分かるのか」といわれたら、それ以上はいいようがないからです。
何の奇跡も起きず口だけで私のいうことを否定する人と、実際に奇跡が起きている私がいうこととでは、それは奇跡が起きている私のいっていることの方が正しいと、誰だって分かるはずであるからです。
では、私のいうことをもっと信じてはどうでしょう。そうすればよいことが起きて来るからです。
災いが起きている人のいうことなど、たとえ百人にきこうが千人にきこうが、そういう人たちのいうことをきいていては、災いしか起きないのです。
その災いが起きている人たちは、自分たちの考えが間違っているから災いが起きているからです。
しかし、奇跡が起きている人のいうことは、たとえその人が一人であっても、その人のいうことをきくべきなのです。
奇跡が起きているということは、その人の考え方が正しいから奇跡が起きているからです。
人数が多い少ないではないのです。その人のいっていることが正しいのか、それとも正しくないのかなのです。
その判断は、もう(時代が変わりましたので)起きて来る現象で分かるということです。
間違っているのは悪いことが起きている人たちの方なのです。
だから悪いことが起きているのであり、正しいことをしているのなら悪いことは起きないのです。(その悪いことを私のせいにしているなど言語道断です。そのような間違いをしているから、たくさんの災いが起き出すのです。罰が当たっているのに、その罰が当たっている行為を反省しなければよけい罰が当たるのは道理であるからです)
それは釈尊しかり、キリストしかりです。
あのような偉大な方々は偉大であったから奇跡しか起きなかったのはなく、自分たちが正しいことしていたから奇跡が起きたのであり、間違ったことをしなかったから悪いことが起きなかったのです。
自分たちによいことが起きるのも悪いことが起きるのも、自分たちの心と行い次第なのです。
その自分たちの心と行いさえ正せば、悪いことは起きないのです。
しかし、その心と行いの正しさの基準を知っているのは奇跡が起きている人だけだということです。
多死社会の時代がすでに到来しています。(亡くなる人がドンドン増えています)
それだけ恐ろしいことが次々に起き出しているのに、自分たちの間違いをいつまで人のせいにしていてよいのですか?(本当に危ない)
そのように責任転嫁している間は、絶対に起きている災いは止まることはないのです。
その災いを止めたいのであれば、奇跡が起きている人のいうことをきくしかないのです。
追伸…ウナッシーさん、そんなに体がお悪いのに黙っていたらダメですよ。(先々、目が見えなくなるということでしょうか?)
ウナッシーさんにはいろいろお世話になっています。(いろいろコメントをいただけたり、誰も布施してくれないのに、毎月布施してくれたりです)そういうお困りの時にせめて祈りでもさせてもらわなければ、その御恩をお返しする術もありません。
そのようにお体が悪くなった時は(コメントしずらいならメールをいただければ結構ですから)必ず、連絡ください。
せめて祈りくらいはさせていただきますから。
そのご病気も進行性だからと諦めるのではなく、禅定をされた時にでも自分の体のことはお祈りください。
その祈りは「目がよくなりますように」という祈りではなく「神よわが心に光をお与えください。安らぎをお与えください。わが肉体細胞に光をお与えください。調和と安らぎをお与えください」と祈り、そうして自分の体が神の光に包まれているイメージをして(自分の体より少し大きめの黄金色の光の輪が体を覆っているようなイメージです)「自分の体は目も耳も鼻も体もすべて健康である」と、自分の体に悪いところは一つもなく健康体である、という健康な自分を心にアリアリと描くのです。(目だけよくなりますようにという祈りではなくです。体全体の健康を祈るのです)
しばらくそのような祈りをして「神よありがとうございました。ありがとうございました」と祈りを終えられればいいのです。
そのような祈りをたまにで結構です。されるといいでしょう。(出来るだけ病気のことは思わず、健康な自分を思ってください)
そうすれば、肉体を健康に健康に神が導いてくださるからです。
どこか悪くなっても法の勉強は出来ます。
これからも共々に頑張って参りましょう。



人目の訪問者です。

有り難う御座います。では是非そうさせていただきます。このようにして私は周りの理解や協力があって日々を送っているのです。ですから感謝をしない日は無いですし、人の愛が心に染みるのです。しかし、私が心の大事さを知ったことは本当に良かったと思っていますし、さらに心の大事さが分かった様な気がします。
はい、これからも頑張りましょう。