7月 15 2017
異常気象を減らすには
ウナッシーさんからのコメントにも書いたんですが、昨日の犬山、小牧のゲリラ豪雨は凄かったですね。(そういえば最近ゲリラ豪雨とかいわなくなりましたね。何で?)
一時間に百二十ミリもの猛烈な雨が降ったものですから、あっという間にあの辺りの道路は冠水し、川が氾濫して浸水被害があちこちに出ました。
今日もまだそのような局地的大雨の心配があるそうですが、一昨日も同じような豪雨が犬山などでは降ったそうですが、同じような場所に同じような現象が現れるのは、そこに住む人たちの心が変わらないからです。
だから同じ場所に同じような現象が現れるのす。
マァ、そこに住む人たちの心が一日、二日で変わるわけがないと思う人もいるかもしれませんが、そうではなく、そういうひどい現象が現れることにより、神を恐れたり、自然を恐れもっと気をつけないといけないという心が出てきたり、こういうことが起きるから、普段から近所の人たちとは仲良くしないといけないと思う人が出てきたりすれば、その分、その場所に住む人たちの心は変わったということになります。(よい方にです)
そういう人が多いのなら、その場所に同じような災いが起きることはありませんが、そういう人がまったく出てこない場合(またはほとんどいない場合)そこに同じような災いが現われるのです。
その現象は、そこに住む人たちの心を変えるため、天が起されていることであるからです。
だから今回の犬山の場合は、そこに住む人たちが「こんな大雨が降ってこの野郎」とか「こんな豪雨は迷惑でしかない」とか、そのようにしか思わない人が(愛のないことしか思わない人が)多かったのでしょう。
だからまた同じような現象が現れたのです。そういう愛のない心を変えるため、そのような現象は現されているからです。
この前の九州豪雨は、あの猛烈な雨が降った福岡などの上空に異常なほどの水蒸気が集まってきて、それで起きたそうです。
一昨日の名古屋で起きた局地的大雨も(何もなかった)名古屋の上空に次々に雲がわいてきて、それであのような局地的な大雨となったそうです。
どちらにしても、気象庁の予報を超える不思議な現象が次々に現れ、そのような災いは起されているのです。
では、天気予報ばかりにあまり頼っていてもいけないということになります。
そのような予報よりも早く災いは起きてしまうからです。(昨日の犬山、小牧の大雨でも雨が降り出してわずか三十分で道路が冠水し、そこらじゅうに水があふれ出したそうですから。それでは予報などきいているまもなく身の危険は迫ってくるということになります)
もう一瞬で危ないことが起きる、そのような世の中になっているのです。
では、起きることを予想してとか何とかいっている場合ではなく、そのような恐ろしい現象が起きない努力をすべきなのではないでしょうか。
それほど激しい現象が現れる時代になったのなら、そういう現象が現れてからではすでに手遅れということにもなるからです。(昨日の犬山、小牧の豪雨でも、幸い亡くなった人は出なかったようですが、多くの田んぼが水浸しとなり、床上、床下浸水の被害もたくさん出ています。それだけでも大損害です)
だから異常気象は防ぐことは出来ないなどと、いつまでも時代遅れのことをいっているのではなく、心を入れかえればいいのです。
そうすれば異常気象は防ぐことが出来るからです。
先ほども書きましたが、そこに住む人たちの心が変われば、そこに起きてくることは必ず変わるのです。(実際に私に起きている現象と皆さん方に起きている現象は違います。なぜでしょうか?心が違うからです)
今のまま誰も心を変えようとしなければ、起きる異常気象は激しくはなっても減ることはないのです。
温暖化を止めようなどとトンチンカンなことをしている暇があるなら(無駄をなくして、温室効果ガスを減らそうというのは、別に悪いことではありませんので続けてもらえればいいのですが、温暖化と異常気象は関係ありませんから)心を入れかえることです。
その方がよほど異常気象は減らせるからです。
いい加減、私のいうことを信じてもらえませんか?奇跡が起きているのは私一人であるからです。
では、奇跡が起きている私のいうことを多くの人がきくなら、奇跡は起きても災いが起きることはないということになります。
災いが減るのであれば、異常気象も当然減っていくのです。
すべてのことは心のあり方で変わります。
だから私は心が大事であると何度も何度もいっているのです。
(この辺りの人たちもずいぶん引いているようですが、まだ心を入れかえませんか?心を入れかえないと、その起きている現象はひどくはなっても収まることはないからです。〔そのままだともっとひどくなるんですが…〕自分たちが悪いのに、それを全部私のせいにしたあなたたちが悪いのです。私に頭を下げ、ブログ代くらい払われたらどうですか?そうすれば、その起きている〔恐ろしい〕現象は段々減っていくからです)
追伸…二場所連続休場ですか……こうなるでしょうね。
先場所、中途半端な休場の仕方をしたからです。
先場所(もっというなら先々場所の最後の二番は取ってはいけなかったのです。だから私は無理をしてはいけないと何度もいったのです)完全に休んでいればまた違う結果となったのでしょうが、左腕がまだ治りきっていないばかりにこのような結果(左足じん帯損傷)が現われたのでしょう。
そのままやっていては短命横綱で終わってしまうからです。(その左腕のけがが原因でです)
横綱の責任もあってこれまで無理して出たという言い方も出来ますが、しかし、ここ二場所を振り返るなら、結局、横綱の責任を果たしていないのです。
横綱は客寄せパンダではないのです。出るのであれば、横綱の相撲をしっかり取れなければ横綱の責任を果たしたとはいえないはずです。
では、ここ二場所は横綱の相撲などまるで取れていないのですから、横綱の責任をまったく果たしていないといっても過言ではありません。
それでは横綱になった意味もないのではないでしょうか。
きつい言い方になりますが、だから横綱として、正しい判断をしなければいけなかったということです。
先々場所にです。(だから私は猪突猛進ではいけないと書いたのです。あの時はまず、その左腕をしっかり治さなければいけなかったのです。それほどの大けがであったからです)
もう同じ間違いを繰り返してはいけないのです。今度もし同じ間違いを繰り返すのなら、それこそ引退しなければいけなくなるからです。
もし、その左腕を治すことが出来なければもう横綱相撲など取れないでしょう。(ということは、引退ということになります)
左腕が治らなければ引退、それくらいの覚悟で、今回は(今回こそは)左腕の治療にあたっていただきたいと思っています。
本当の横綱相撲を期待しております。



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