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7月 23 2017

許しの心

10:25 AM ブログ

今度は東北などで大雨になっているようですが(秋田など記録的大雨になっているそうですね)また大きな被害が出るんでしょうね。

いつまでたっても悪い現象は止まらないようです。(心を入れかえる人がいないんですから、それはそうなんでしょうが)

それはこちらも同じで、最近は引いている人たちが増えてきたばかりでなく、引いている会社もずいぶんあるようです。

しかし、怒っているところは相当怒っているようで、もうくどいくらい私が通ると嫌がらせしてくるところもあります。

呆れたものです。自分たちの行いはまったく反省せず、悪いことをみな私のせいにして怒っているだけであるからです。

しかし、どれだけ怒って私に罪を擦り付けても自分たちが幸せになることはありません。そのように人に怒りをぶつけている間は、よいことが起きることはないからです。

どれだけ嫌っている者であろうと、どれだけ憎んでいる者であろうと、その者を許さない限り、自分たちに幸せが来ることはないのです。

それが法則であるからです。

自分が人を憎んでいる間は、その憎んでいる心は常に自分に返ってきます。だから自分が幸せになることはないのです。

その返って来る憎しみの心がさらに自分を不幸にするからです。

泣きっ面に蜂、弱り目に祟り目、などという言葉がありますが、そのような悪い心を持ち続けていると、本当にそのようになるのです。(不運に不運が重なる)

だから、どれだけ自分に悪いことが起きても、いつまでもそれを根に持つのではなく(広い心でそのような罪を許し)心を変えないといけないのです。

心がいつまでも悪いままだとさらに悪いことが起きるからです。(そういう人がこの辺りたくさんいますけどね)

だから、仮に私が百パーセント悪かったとしてもです。(そんなことありえませんが)その私を許さない限り、自分たちが幸せになることはないということです。

私を憎んでいるその心が、自分自身を不幸にするからです。

もし、自分たちに何か悪いことが起きて、例えそれが人のせいであったとしてもです。

そういう(悪い)縁をもらったのも自分の不徳のいたすところであると、自分の不徳を反省し、その不徳を神に詫び、また心を入れかえて生活していくのならば、その人に同じ悪いことが起きることはないのです。

しかし、多くの人は悪いことが起きると怒ったり、憎んだりします。(それを人のせいとか、運命のせいとかにしてです)

だからよけい悪いことが起きるのです。許して心を入れかえるということを知らないからです。

しかし、怒りや憎しみの心をいくら持っていても幸せになることはありません。

許すという心を忘れてはいけないのです。そうすれば、その人には必ず幸せが訪れてくるからです。(それは他人に対してばかりでなく身内に対しても同じなのです。例えば女性が父親を憎んでいたりすると生理が重くなるのです。〔前に書きました血を汚く思ったり、女に生まれて損をした、という心以外でです。この父親を憎むという心もダメなのです〕とにかく怒りや憎しみの心は百害あって一利なしなのです)

キリストは次のようにいわれています。

「立ちて祈る時、人を怨むことあらば赦せ、天にいます汝らの父は汝らの過ちを赦したまわんためなり。

汝ら自ら心せよ。もし汝の兄弟が罪を犯せばこれを戒めよ。もし、悔い改めなばこれを許せ。もし一日に七度汝に罪を犯し、七度『悔い改む』といいて、汝に帰らばこれを許せ」

すでに神は私たちの(多くの罪を)許していられます。

許しの心を忘れてはならないのです。

(私は嫌がらせをしてきた人を憎んでなどいません。〔とっくに許しています〕だから奇跡が起きるのです)

追伸…ちょっと勘違いしている人がいるといけないので書いておきます。

布施についてです。

最近、ちょこちょこ母親が菓子をもらってきたりしているのですが、もし、このようなことを布施だと思っている人がいたとしたらそれは大きな間違いなのです。(私の母親のことを知っている人はこの辺り多いので、その中にブログを読んでいる人がいて、母親に菓子を渡せば〔それを私も食べるだろうから〕それで私に布施したことになるだろうなどと思ってです)

私の母親にいくら菓子をあげても、それは母親に対する布施にはなっても私に対する布施にはならないのです。

それは単に母親に菓子をあげていることに過ぎないからです。

私に布施するということは、あくまで私に直接布施をしないと、布施したことにはならないのであり、そういう遠まわしのやり方は意味がないということです。(ただし、私の母親に「これを布施として〔私に〕渡してください」と一言つけくわえるのならまた話しは別です。そういう心と行いがあるのならそれは私に布施したことになるのです)

だからそれは、お中元やお歳暮でも同じなのです。

お中元はお中元であり、お歳暮はお歳暮であって、布施ではないということです。

布施してくれるならちゃんとしてください。そうしないと意味がないからです。

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