8月 11 2017
救われていく道
今日はどこかの会社も休みのようです…この連中、最近はおかしいのに拍車がかかっています。
ずいぶん出ているんでしょうね。(もちろん恐ろしい現象がです)朝から晩までテンパっているのがいますから。
それは恐ろしい現象がたくさん出ると思いますよ、この会社にはです。だってずいぶんこのブログを読んでいる人がいるようだからです。
このブログを読めば心が救われるのです。では、多くの人の心を救っている、このブログを書くことのじゃまをし続けているどこかの会社に罰が当たらないわけがありません。
だから最近は罰が当たるのがまた一段と増えたのでしょう。それだけ多くの人に影響を与えているこのブログのじゃまを天が許すはずがないからです。
昨日もたくさんいましたね。私のブログを読んでいる人たちがです。(もうそこらじゅうで確認していますから。〔苦笑〕)
昨日は堀川の辺りを歩いていたのですが、あそこを歩いている人たちはみな私のブログを読んでいるようです。
本当に呆れてしまいました。私に散々心を救われていながら、この人たちは嫌がらせしかしなかったというのですから。
それでは悪いことが起きるのが当たり前です。何でこんなことが分からなかったんでしょうか?皆いい年をした大人ばかりであるのにです。(昨日あの辺りを歩いていた人たちは爺ちゃん婆ちゃんが多かったものですから)
あの辺りは私もよく歩いていましたので、私の顔を見ると本気で怒っている人がたくさんいました。(そりゃ悪いこともたくさん起きたでしょう。悪いこと〔嫌がらせ〕をして来る人が本当にたくさんいましたから)
しかし、自分たちの行いが悪いから、そういうことが起きていると考える人は一人もいなかったんでしょうか?
いなかったんでしょうね。昨日も私が「何であんたら俺のブログを読んで心が救われているくせに、嫌がらせなんかしていたの」ときいても、答えられる人は一人もいなかったんですから。
皆(顔を引きつらせて)黙り込むか、逃げるように歩いていくかする人たちばかりであったのですから。
よく考えてみれば分かりますよね。このブログのことを知れば誰でも読むとです。
だって、天まで動くブログなどそうはないからです。(というか、このブログだけでしょう。そんなブログはです)では、このブログのことを知れば読む人も多いでしょう。
また、誰にでも読めるような書き方をわざとしています。
だから難しい漢字はあまり使わず、出来るだけ分かりやすく書いているのです。大人から子供まで読めるようにです。
実際に大人から子供までこのブログは読んでいます。ある意味そこはねらい通りですね。
しかし、ねらいではなかったことは、まさかこのブログを読んでいる人たちの多くが、感謝もせずに嫌がらせをして来るとは思いもしませんでした。
そのようなことを多くの人がしたばかりに、凄まじい災いが現われたのです。
最初私は、法を知る人が増えるのなら奇跡が起きてくる人も増えると、それしか頭になかったのです。(だからそのようなブログの書き方をしたのです。大人から子供まで法を知ってほしかったからです。その法を素直に知って行うなら、大人から子供まで奇跡が起きて来るはずだからです)
しかし、この辺りは時間がたてばたつほど逆の現象が次々に現れて来るのです。
何でこんなにこの辺りは災いばかりが起きてくるのか不思議でしたが、この辺りで私のブログを読んでいる人が増えたのはいいんですが、その人たちが誰も私に感謝せず、嫌がらせをしながらこのブログを読んでいたというのですから、それでは奇跡が起きるわけがありません。
そんなことを大勢の人がしてしまったばかりに、奇跡どころか、凄まじい災いが起きだしたのです。
法に従えば奇跡が起きますが、その法に逆らうなら災いが起きるからです。
法を伝えてもらっている人に感謝もせず、嫌がらせを続けながら、その法を学んでいる(私のブログを読み続けているということはそういうことになります。私に法を教えてもらっているのです)これだけ法に逆らっている行為もないのです。
その間違った心と行いを直さない限り、このブログを読めば読むほど災いが起きてきます。
心と行いが間違っているのに、どれだけ正しいことをきいても、その間違った心と行いをし続けている間は、正しいことは出来ないからです。
自分たちが間違ったことをし続けている限り、どれだけ正しいことをしても、それは正しくはならないからです。
間違ったことをやめて、正しいことだけをしないと、正しいことをしているとはいわないからです。
つまり、私に嫌がらせをしながら(悪い感情を持ちながら)このブログを読み続けている人は意味のないことを続けているということです。
意味がないどころか、そういう人はどこかで災いが起きるのです。そういう間違った心を正すのがこの法であるからです。
その災いとは気づきの現象であるからです。
だから、この辺りでたくさんの人が私のブログを読んでいるということはよいことでありますが、私に反目するような心で読んでいるようでは、決してよいことは起きてこないということです。
そういう心を直されたらどうですか。せっかく奇跡が起きる教えを教えられているのですから。
これまでのことを反省し、私に感謝して(そうしてもちろん神にもです。この法とめぐり合わせてくださったのですから)このブログに書かれてある心になるなら(そういう法の心に〔それは即ち神の心〕なればなるだけ)多くの奇跡が現れてくるのです。
では、そうされたらどうですか。そうしない限り(奇跡が起きない限り)この法を知った意味も価値もないからです。(この法を知って周りに奇跡が現れてこないようでは法を知った意味がないということです)
そうして心がきれいになり、そのような心が死ぬまで持続できるなら死後の世界は確実に天上界に行けるのです。
このブログは年寄りの人もたくさん見ています。そういう人たちは死後の世界はもうすぐそこに迫っているのです。
決して(若い人たちのように)無視してよいという問題ではないのではないですか。そういう人たちにはです。(別に年寄りに限ったことではありませんが)
もう死後のことを真剣に考えなくてはいけない世代なのです。(ただ怖がっているだけではなくです)
お経をどれだけ上げても、どれだけ有名な仏像に祈っても、天上界には行けないのです。
それは、そのようなことをした後、何の奇跡も起きないということがその事実を物語っています。
本当によいことをしたのなら、その後に奇跡が起きてこないといけないのです。そのような奇跡が起きる心にならないと天上界には行けないからです。
だから心をきれいにしないといけないということです。(お経や仏像にどれだけ祈っても心はきれいになりませんから)
心をきれいにするなら奇跡は起きてくるからです。奇跡は心で起こすものであるからです。
それは釈尊やキリストを知れば分かります。
釈尊やキリストが天上界に行かれていないはずがありませんが、釈尊もキリストもお経を上げたり仏像に祈ったりしたことはないのです。(お経も仏像も釈尊がいられた時にはありませんでした。釈尊滅後につくられたものです。キリストももちろんそうです。キリストがお経を上げるわけがありませんし、祈りもキリストは天に向かってされていただけです。決して〔仏像のような〕物に向かってされてはいなかったのです。〔偶像崇拝〕)
ただ祈りと反省をされて心をきれいにし、そうして数々の奇跡を起こされたのです。
では、その釈尊やキリストに習えば天上界には行けるということになります。(そうして奇跡も起きるということになります)
だから、意味のないお経や仏像を拝むより、心をきれいにしなさいと私はいっているのです。(法ではいっているのです)
釈尊やキリストと同じことをいっているのは、ここに書かれてある法(正法神理)だけなのです。
だから天まで動くのです。釈尊やキリストが説かれた神理は天まで動かすからです。
最近の天気予報など見ると、一変に天気が悪くなっています。(何か梅雨に戻ったかのような天気の悪い〔雨や曇りの〕日がこの後も続くようです)
この時期は一番天気が安定し晴れが続かないといけない時期なのに、それがこれだけ悪い天気が続くということの意味を分かっているのは、このブログを読んでいる人たちだけなのです。
即ち法を知っている人だけなのです。
少し前の天気予報は梅雨明けのこの時期は、今年は暑い日が(ということは天気のいい日が)続くと予想されていたのに、それがこれだけ外れるのは、もちろん法を知っている多くの人がこの法に非協力的であるからです。(それはもう前からいっています)
今のまま、多くの人が法に対す態度を変えないでいるなら、この天気が悪いのはまだまだ続き、また凄まじい現象を(この前の台風五号のようなです。あまりに皆さんが動こうとしないとまた天の怒りが爆発するからです)現されることになるのです。
それが分かっているのもまた、このブログを読んでいる人(法を知っている人)だけなのです。(だから私に布施する人が増えれば一変に天気もよくなるということです。やってみたらどうですか。私がいっていることが嘘か本当かはやってみればすぐに分かるからです。どちらにしてもこの辺りの人たちはそのままでは罰が当たります。〔ずいぶん嫌がらせをしましたよね、私に〕布施くらいはしないといけないのです)
このブログを読んでいる人が(法を知っている人が)心を入れかえ行いを変えるしか、この先、自分たちも日本もよくなる道はないのです。
それももう、このブログを見ている多くの人たちはご存知でしょう。
心を入れかえ、行いを変えませんか。このブログを見ている人たちが(法を知っている人たちが)それを行わない限り、日本がよくなる道はないからです。



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