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9月 02 2017

レベルの違い

10:33 AM ブログ

一昨日のことです。

前回のブログで「どこかの会社、ドンドン癌になる人が出ているようです」と書きましたが、あの日はまたどこかの会社の連中、ずっとキレているのがいて怒りっぱなしだったのです。

朝もそうだったんですが、ところどころで急にキレ出して午後からは昼休みにもまた何か起きたような感じでした。

それで一昨日、家を出て行く時に(その日は二時半ごろ出て行ったんですが)どこかの会社に向かい「今日は朝から四、五人、癌になったようだな」ときいたのです。

そうしたら、ガチャガチャやっていたのが急にシーンとなりました。(朝に一人、午前中に二人ほど、そうして昼にも一人か二人、みたいな感じで出ているように思えたのでそうきいたのですが)どうも大当たりだったようです。

その日は昼ばかりでなく夜もまたでかい音を立てていました。(ということは、四、五人ではすまなかったということです)

そうして昨日のことです。昨日も朝一から電話がかかってきたのです。(昨日は八時くらいでした)

その電話の後、またキレ出したのがいてでかい音を立てています。それから十時過ぎくらいでしょうか、またまた急に怒り始めてメチャメチャ怒っているのがいます。

しかし昨日は、その後がおかしかったのです。何か次から次に起きているようで、なんと開けていた窓まで閉めだす始末。(昨日は暑かったのにです)

それなのに会社の中ではキレているのがいます。恐ろしい現象が開けている窓を閉めれば止まるというものではありませんが、神の業に対し怒り狂っていながら、一方ではビビって窓を閉めているというのですから、やっていることがデタラメですね。(神の業が怖いのならしっかり神に頭を下げないといけないのです)

そうして昨日はそれだけではなく昼からもおかしかったのです。

私がパソコンを見ながらいろいろ質問していたのですが(どこかの会社の連中にです。様子が知りたいものですから会社に向かっていろいろ声をかけていたのです)一件電話がかかってきたら今度は急に静かになったのです。(それまでは何かガチャガチャやっていましたが。私がパソコンの前に座っているとこの連中、静かにしていた時がありません。誰か彼か大小の音を立てています。つまり私に対し嫌がらせのし通しであるということです)

また何か起きたなと思い「オイ、また何か起きたのか?」ときいたのですが、シーンとしてしばらく何もきこえてきませんでした。

次々に何か起きているような感じで、私が出て行く時も今一引いていました。

そうして夕方、帰って来ると烈火のごとく怒っています。(ガンガンでかい音を立てていました)夜も怒っていたようで、昨日の感じでは十人くらいの人が癌になったのではないかとさえ思えるような態度でした。

一日で、そんなに一変に癌になる人が出たら大変なんですが、そればかりか今日などもう朝から大騒ぎです。(朝の八時過ぎからでしょうか。町中に響くようなでかい音を三十分くらいの間ガンガン立てていました)

さすがに私も、もうこれ以上は相手に出来ないとほっときましたが(もうきりがないですから。あんまりうるさいようなら誰か警察にでも電話するでしょうし)どうもこの連中、起きている現象のレベルが違ってきたようです。

完全に恐ろしい現象の起きるレベルが上がっていますね。

この二、三日のこの連中のパニくり度はこれまでにない態度であるからです。(これまでは、ここまで連日のようにパニくってはいませんでした。そういう時もありましたが、今回は〔何せ、朝から晩までですから〕深刻度が違うような気がします)

それはこの連中だけに感じたことではないのです。

外に出て行っても、この二、三日だけでも雰囲気がずいぶん変わってきているように感じるからです。(メチャメチャ出ているのかもしれません。対象者が多すぎて今一分からないんですが)

それにしても、そんなに出るものですかね。癌になる人がです。

漫画でもこんなこと起きないと思うのですが、そういうことがどれだけ起きているのかはともかくです。

大丈夫ですか。いつまでも神の心に逆らい続けていてです。

神の心に逆らうなら逆らうだけ神は(天は)きびしい心の修行を、その人に課すことになります。(だから癌などになる人はなる方が悪いということです。そういう〔癌になるような〕心でいてはいけないからです)

だから、これから起きてくる現象は激しくはなっても弱まることはないのです。あまりに神の心を理解する人が少ないからです。

それをどれだけ私のせいにしたところで(もし私がそれだけ多くの人を癌にしているのなら、もうとっくに癌になっています。〔その癌が自分に返ってきてです〕どれだけ多くの人が癌になろうと私がぴんぴんしているのが、私が人を癌になどしていない何よりの証拠なのです)自分に起きてくる心の修行は変わりません。

自分たちがそれをクリアしない限り、その修行は続くのです。

いつまでも法を無視し、愛のない行いばかりしているから悪いことが起きてくるのです。法を実践して愛を出すなら自分たちに災いが起きてくることはありません。

法の実践を行ってはどうでしょう。(法を知らされた人はです)

そうすれば、その(周りに起き続けている)恐ろしい現象が自分に起きることはないからです。(嫌なら嫌でかまわないんですが、それなら起きて来る恐ろしい現象を私のせいにしないでください。せっかくよくなる方法を教えているのに、それをしようとしない自分が悪いのですから)

東京なども八月はメチャクチャな天気だったようですね。一ヶ月のうち二十七日間も雨が降り、その長雨、日照不足は記録的であったとか。

これも法を知りながら愛の実践を行わなかった最たる結果でしょう。

昨日、私は庄内川に行ってきたのですが、相変わらず愛ある現象がたくさん現れました。

私が川岸を歩いていると、鳥が一羽、私の歩いていく少し前の横の木にとまりピィピィ鳴いています。

そうして私が近くまでいくとすっと少し前の木まで飛んでいき、またピィピィ鳴いています。

しばらくその鳥は、私が歩いていく先の木、先の木にとまり私が歩いているのを(鳴きながら)見ていましたが(私もその鳥に「お前、この暑いのに元気だな」と声をかけながら歩いていました)そのうちにどこかに飛んでいきました。

そういう鳥があそこには何羽もいます。(入れ替り立ち替りすずめやら何やら、よくそういう鳥が私が歩いていると飛んでくるのです)本当に可愛いものです。

そうして南陽大橋の下にいき、川岸から声をかけていると、そこにいるカニやらトビハゼやらがたくさん顔を出し、魚や亀なども寄ってきます。(冬はそうでもないんですが〔冬は皆、冬眠しているようです・笑〕夏は本当に出てくる生き物がたくさんいます。だから最近は特に夏が好きになりました。〔笑〕)

昨日は声をかけていると、四~五センチの魚たちがたくさん跳ねだして水面近くまで上がってきているようでした。

声をかけるとあちこちでチョコチョコ小魚たちが跳ねるので、その場面を少し動画に撮っておきました。

法の実践を行い愛を出すならば、このような愛ある奇跡が次々に起こり、祈ればまた様々な奇跡が現れるのです。

その法を無視したり、逆らったりしている人たちには、凄まじい現象が現れています。

いい加減、反省されませんか?

そのような反省がないから、悪いことしか起きないのです。

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