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9月 10 2017

心を見直す

10:34 AM ブログ

今日の中日新聞の一面など、陸上男子百メートルの日本人選手が十秒の壁を破る(九秒九八)という記事がデカデカと載っています。(これでもかというくらいの大きな記事です。〔笑〕)

しかし、私は前からいっています。

このくらいのトップの選手は、その十秒の壁とやらを破るのは後わずか0.0何秒のことなのです。

そのくらいのタイムを縮めることは神の力を借りれば(心を変えれば)簡単に出来ますよ、とです。

このようなスポーツ選手などいまだ体を鍛えることばかりに集中し、心を鍛えようとしません。

それが大きな誤りなのです。

体を鍛えたのなら、それと同じくらい心も鍛えないといけないのです。そうすれば心と体のバランスも取れ、最高のパフォーマンスも出来るのに、その心を鍛えることはあまりしないで、体を鍛える方ばかりに比重を置いています。

だから心と体がアンバランスになり、自分の能力もあまり出せないでいるのです。

だって実際にそうでしょう。今回九秒台を出したこの選手、今回のレースなど足のけがなどもあってコンディションは万全には程遠く、このレースに出るかどうかも迷っていたそうではないですか。

それくらいの最悪のコンディションであったにもかかわらず、強行出場したら、こんな好タイムが出てしまったというのです。(では、体のケアってなに、ということになります。〔苦笑〕)

これまでは体のコンディションが万全の時が何度もあったのに、そういう時には十秒が切れず、万全でない時に限って、こういう好タイムが出てしまったというのですから皮肉なものです。

では、何が違っていたのか?ということになります。

体の調子が悪いにもかかわらず、その体の調子を凌駕(りょうが)する大きな(よい)原因があったから、この選手はそのようなよい成績を上げたのです。

では、体の調子以上によい成績を上げることが出来た、その原因はどこにあったのか、ということになりますが、どこだと思いますか?

このブログを読んでいる人たちならみな分かるでしょう。

それが心であるということです。

心に原因があったのです。その心がよかったがため、この選手はこのような好タイムを出すことが出来たのです。

体の調子がよくないのに何で心がよくなるのか?体のコンディションが悪ければ、心も落ち込むだろう、と普通は考えるのですが、この選手は落ち込まなかったのではないでしょうか。

私の推測ではありますが、この選手はダメ元でこのレースに挑んだのではないでしょうか。

ダメ元などというと何かやけくそのような感じですがそうではなく、ダメで元々と考えるなら、そのレースに余裕も出来ます。(ダメで普通なんですから。よければラッキーなのですから)

そういう余裕ある心で、そのレースに挑んだ、そうしたら、そのような好結果が現われた、これが真相なのではないでしょうか。

これまでこの選手が行ってきたレースは、どれも心が一杯一杯だったのではないでしょうか。

この選手はすでに高校の時に、この百メートルで好タイムを出し(日本歴代二位かなんかのタイムを出したんですよね)それがプレッシャーとなり、これまでは、どのレースも心を一杯一杯にして走っていたのではないでしょうか。

そういう心ではよいタイムも出ないのです。目一杯の心では体も堅くなり、自分の力も十分出すことが出来ないからです。

何でもそうですが(体も心も同じですが)腹八分目くらいが一番いいのであって、そういう少々余裕がある心の時が一番自分の力を出せるのです。

しかし、この選手は、その高校の時に出したタイムが足かせとなり、それからのレースは、そのような余裕のある心になったことがなかったのではないでしょうか。

いつもプレッシャーで一杯の心で走っていたのではないでしょうか。

それが今回は足のけがなどあってコンディションは最悪、その体の調子が悪いことが幸いし、心に余裕を持てた、その結果が、これほどのタイムに出たというわけです。

と、そのように私は考えられるのですが、このブログを読んでいる人たちはどう思われるでしょうか。

体の調子が悪いのであれば、後は心の問題としか考えられないのですが、他にどういう理由があるのでしょう。(その会場での好条件〔追い風1・8メートル〕とかもあるのでしょうが、そういう好条件はこれまでもあったでしょうし)

こういう点から考えましても、心のあり方がいかに大事であるかということが分かります。(ということはこの選手、体が万全になり心が整うなら〔心に余裕が出来るなら〕もっとよい成績が出せるということになります)

心をもっと整えれば、スポーツ選手はもっともっと成績が上がるのです。それを体を鍛える方にばかりいっているから故障などするのです。(あまりに体を鍛えすぎてです。やり方が偏っているのです)

法はそれ(心を整える)プラス祈り(神の力)まではいっています。

ここまですれば、当然神がかった成績は出るのです。(そういう成績を出した選手が現にいますし)

もう少し、心の面を見直してみませんか。

そうすれば、もっともっと成績は上がるからです。

追伸…昨日から前のマンションなどでもやたら怒っている人がいますが、また出ましたか?恐ろしい病がです。

しかし、私はこのブログをただで見ている人や私に嫌がらせをしている人などには、そのような恐ろしい現象が現れますと何度も断っているのです。

それを無視していて、恐ろしい現象が現れたからと私に怒るのもお門違いでしょう。

そういう現象が現れてほしくなければ、反省して私のいうことをきけばいいのです。そうすれば、そのような現象は現れなくなるからです。(恐ろしい現象どころか、私のいうことをきいて〔法を実践して〕奇跡が現われている人たちなどたくさんいるのですから)

結局、癌など前からこの辺りにはたくさん出ていたのでしょう。だから、あちこちの人が私に対し烈火のごとく怒っていたのです。

その癌をすべて私のせいにしていたからです。

しかし、よく考えてみれば、この辺りの多くの人が私のブログを読んでいながら、それには少しも感謝せず、嫌がらせをし続けていた。

そんな悪いことを続けていれば当然自分たちに罰は当たるのです。

そういう自分たちの行いをまったく考えようともせず、そのような人たちは、ただ悪いことを全部私のせいにしていた。

だから私に対して怒っている人がたくさんいたのです。そのような人たちはみな自分が悪いことをしているという自覚がなく、悪いことが起きているのはすべて私のせいと思い込んでいたからです。

しかし、そういう自覚があろうとなかろうと、悪いことをしているのは自分たちの方なのです。

では、自分たちが全部悪いのであって、そのような悪い行いをいつまでも直そうとしないから、引くほどの現象まで現れてきた。

だから最近は、怒っている人と引いている人が半々くらいになったのです。

起きている現象が激しさを増しているからです。

罰が当たっているのに、その罰が当たっている態度を直そうとしなければ、その罰はもっとひどくなります。

罰とは自分たちがしている間違った行いに対しての気づきの現象であるからです。

この辺りの人たちもいい加減(自分が悪いと自覚され)心を見直されませんか?

そうしない限り、その災いは止まらないからです。

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