9月 12 2017
正しい判断の基準
今日の名古屋は朝から雨です。
雨が降ると(特に最近など)嫌な予感がするんですが、その予感は当たっているようで、すでに奈良県など一時間に百二十ミリの激しい雨が降ったところがあり、あちこちで大変な雨になっているようです。(あと三重県や四国の高知などでも大雨になっているようです)
まだこれから雨がずいぶん降るそうですから、今日もまた大きな被害があちこちに出るんでしょうね。
本当に残念です。(残念な人が多くてです。そういう人たちばかりだから、これだけ大きな被害が出ているんですから)
何かこんなことばかり書いていますが、こちらの皆さんは、そのような雨にもかかわらず(雨が降ろうが槍が降ろうが)ずいぶんお怒りのようですが(相変わらず少年、少女合唱団はお怒りのようで物とか投げたくっています)どれだけ怒ろうが、泣こうが、わめこうがその恐ろしい現象は止まりません。
心を入れかえない限り止まらないのです。(恐ろしい病気もこのような大雨被害もです)
特にこちらの人たちは早く心を入れかえた方がいいでしょう。恐ろしい病気がいつ自分に現われるか分からないからです。
そういう人たちがずいぶん増えているようだからです。(もうやたら怒っている人がそこらじゅうにいますから)一度そのような人たちは、私に相談しにきたらどうでしょう。
もう自分たちだけではどうにもならないと思うからです。
死んでも嫌ですか?私に相談するなどです。(苦笑)しかし、そのような人たちばかりでなく、最近は私の顔を見ると頭を下げる人も増えてきました。(やっと辻説法がきいてきました)
しかし、そのような人たちは、そういう態度を私に取るなら、もう一歩進んで布施されてはどうでしょう。
そういう行いが出来て(報恩の行為)はじめてその人たちは救われるからです。
そのような行いが出来ない間は(私に頭をどれだけ下げても)この辺りで現われている恐ろしい現象は、自分にもいつ現われるか分からないからです。
あなたたちは皆、私のブログを読んでずいぶん心が救われている人たちばかりであるのです。
その救われたことに対して私に頭を下げているだけでは感謝したことにはならないのです。(何度もいいますが、感謝するとは感謝の心と報恩の行為、この二つが揃ってはじめて感謝したといえるのです)
自分の心が救われているのに、その救われた人に何の感謝もしないでは、そのような人たちによい事が起きるわけがありません。
だから、そのような人たちにもよいことが起きてこないのです。そのような人たちは(私に感謝しない人たちは)人の道から外れた行為をしているからです。
そのことに早く気づかないといけないのです。そのような正しい道から外れている間は、天はその人に気づきの現象を現し続けるからです。(この辺りで起きている恐ろしい現象や激しくなっている天変地変はすべてそれなのです。そのようなあまりに人の道から外れた行いをしている人が多いからです。それに多くの人は気づいていないだけなのです。その程度のことはどうということもないと、自分勝手に軽く判断しているだけなのです。しかし、どうとでもないことでこれほどのことは起きないのです。それに早く気づかないといけないのです。感謝の心と報恩の行為、それをしっかりやれる人がほとんどいないから、このような恐ろしいことが日本中で起きているのです)
しかし、その人が反省し、自ら心と行いを(よい方に)かえるのなら、今度は奇跡をその人に現し続けてくれます。(それは私やウナッシーさんを見てもらえれば分かります)
天はその人の心の通りの現象を自分の周りにずっと現し続けてくれるのです。
だから、その周りに現われる現象で、自分のしていることの善悪の判断をしないといけないのです。
それを多くの人たちは責任転嫁しています。(この辺りの人たちは、そのような恐ろしい現象をすべて私のせいにして、その他の地域の人たちは激しくなった天変地変などを温暖化などのせいにして)だから、自分がしていることがよいことなのか、悪いことなのかが分からないのです。
正しい判断の基準を自らごまかしているからです。
だから多くの人が、人の人生はよいこともあれば悪いこともあると(それが当り前であると)したり顔でいっているのですが、しかしそれは単に正しい基準が分かっていないだけなのです。
正しい基準は、自らの周りにちゃんと現われてくるのです。(因果応報、善因善果、悪因悪果)
その現われてきたことで、自分がしていることの善悪を判断しないといけないのです。
そういうことをしない人が多いから、これだけ悪いことが起きているのです。自分のしていることが、よいことなのか、それとも悪いことなのか、まるで分かっていない人が多いからです。(というか、自分がしている悪いことまでよいことであると思い込んでいる人が多いからです)
どれだけ自分がよいことであると思っていても、自分に返ってくることが(自分自身や周りに起きてくることが)よくないことであるのなら、その人はよいことをしていないのです。
それを自分自身でよく理解しないといけないのです。
それが理解できるなら、反省することも出来るからです。しかし、それを(自分が悪いと)理解しようとしないなら反省など永遠に出来ません。
では、その人は永遠によくなることはないということになります。
それではあまりに哀れでしょう。
だから正しい基準は自分の周りに現われると(責任転嫁などしていないで)しっかりと理解しないといけないのです。
結局それが(その理解が)自分を幸せにしてくれるからです。(それを理解しようとしないから〔認めようとしないから〕これだけ不幸が続くのです)
今なぜこれだけ悪いことが日本には続いているのですか?
それは日本の多くの人々が善悪の判断を正しくしていないからです。
では、このブログを見ている人たちだけでも正しい判断をしてください。
そういう人が増えてくるなら、黙っていても日本はよくなっていくからです。



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