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10月 09 2017

無明(無知)

10:41 AM ブログ

今日は(祝日で)休みにもかかわらず朝からガンガン音を立てて怒っているところがあります。(どこかの会社の横の会社でしょうね。おかしな爺さんいますから。〔苦笑〕)

昨日書いたブログの当て付けでしょうか?そういうことをしているから悪いことが起きるのです。

いつまで悪いことを人のせいにしているのでしょう。何回もいっているでしょう。この世は法則通りのことしか起きないのであるとです。

自分たちが悪いことをしているから自分たちに悪いことが起きているのであり、私はよいことをしているからよいこと(奇跡)が起きているのです。

自分たちに起きている悪いことを、どれだけ私のせいにされても状況は変りません。(むしろ悪くなる一方です。実際そうなっているでしょうが)

単に日ごろからしている自分たちの行いが自分たちに返ってきているだけなのです。それ以上でも、それ以下でもありません。

いつまでも悪いことを人のせいにしているのではなく、いい加減、それを理解されてはどうでしょうか。(もう何度もいっているのですから)

どれだけいっても分からない、理解できない人を無明(むみょう)な人というのですが(無明とは単に無知という意味なだけなんですけどね。〔苦笑〕)釈尊は一切の苦しみの根元は、その無明にあると説かれたのです。

その無明な人を釈尊は次の四つの言葉で現されました。

一、苦しみとはどんなものであるのかを知らない。

二、苦しみがどうして起こるのかを知らない。

三、苦しみをなくすことが出来るということを知らない。

四、苦しみをなくす方法を知らない。

以上のような人を釈尊は無明な人といわれたのですが、まさにこの辺りの人たちにピッタリ当てはまる言葉ではないでしょうか。

この辺りの人たちは(特にどこかの会社など典型ですが)苦しみがどんなものであるのかを知らないのです。(一)

だからどれだけ仲間が癌になっても、悪いこと(法の流布のじゃま)をやめようとしないのです。

それが苦しみと分からないからです。

そして、どれだけそれは自分たちの行いが悪いせいでそうなっているといっても、それを認めようとはしないのです。

その苦しみがどうして起こるのかを知ろうとしないからです。(二)

そうして、どれだけ悪いことをしてはいけないといっても、その悪いことをやめようとはしないのです。

苦しみをなくすことが出来るということを知らないからです。(三)

だから平気で悪いことをし続けるのです。

苦しみをなくす方法を知らないからです。(四)

釈尊がいわれた無明とは、まさにこの辺りの人たちをいっているのではないかと思えてなりません。

だからこの辺りの人たちは苦しみが続くのです。自分たちが無明であると自覚しないからです。(別に私は、すべてのことにおいて無明であるといっているわけではありません。こと神のことに関しては無明であるといっているのです)

釈尊はこの無明が苦しみの根元であるといわれ、その無明をなくせば(つまり知らないことを知れば)迷いもなくなると説かれたのです。

では、そうされてはどうですか?この辺りのすべての人はひどい苦しみの淵に沈んでいるからです。

それが分からないだけなのです。

この辺りの人たちは苦しみも、その苦しみが起きる原因も、その苦しみをなくすことも、その苦しみをなくす方法も、何も理解していないからです。

だから自分たちが苦しみの淵に沈んでいることさえも理解していないのです。知るべきことを知る努力をしようとしないからです。(知るべきことを知らないと、自分たちが不幸であることさえ分からないのです。不幸が普通であると思ってしまうのです。〔これだけ周りに災いが起きていてもです〕本当に哀れです。無明な人たちは不幸さえ分からないからです)

無明をなくす努力をされませんか。(もう少し私のいうことをききなさいということです)

そうすれば迷い(災い)もなくなるからです。

自分がどれだけ正しいことをしていると思っていても起きてくることが悪いことなら、それは悪いことをしているのです。

そのような原因、結果、作用反作用の法則は確実に存在しているからです。

その法則を理解するのであれば、自分たちの行いを正すことが自分たちが幸せになる道であると分かるのです。

知らないことを知る努力をしないことには苦しみから抜け出ることは出来ないのです。(その苦しみさえよく分かっていないようですが、この辺りの人たちは本当に苦しい世界〔地獄〕にいるのです)

法を知ることだけが、その苦しみから抜け出せる唯一の方法なのです。

知るべきことを知る努力をされませんか。そうすれば、その苦しみから(苦境の世界から)逃れることが出来るからです。

追伸…来年放送の大河ドラマ「西郷どん」の出演者の(不倫問題などの)ドタバタが続いているそうですね。(昨日のその大河ドラマの「女城主 直虎」も面白かったんですが、ちょっと最後の草履〔ぞうり〕を投げて揃えるシーンは「ハァ?」と思ってしまいました。〔笑〕)

残念ですね。来年の大河は私が尊敬する西郷さんだということで楽しみにしていたのですが、そんな問題がたくさん出てくるとちょっと引きますよね。(ほんとドン引きです)

何でそんなことが起きているのでしょうか?きっと西郷さん(園頭先生)も怒っていられるのではないでしょうか。

法の流布に誰も協力しようとしないからです。(苦笑)

2コメント

2 コメント to “無明(無知)”

  1. ウナっしー2017/10/09 at 11:33 AM

    久しぶりに新幹線に乗りました。最近は祈る事もだいぶ修得してきたのか、乗り合わせた縁のある方々の無事を祈っていました。自分を過大評価するわけではないですが、きっと今はそんな祈りをすりのは私位であろうと思います。人は皆縁があるのであり、知る知らないとか仲が良い悪いとかではないと思います。今出来ることをやる事が大事であり、気付きによって進む事が出来るのであると思うからです❗かんしゃ、感謝。今後も祈りを実践して参ります。

  2. gtskokor2017/10/09 at 1:52 PM

    頑張ってください。

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