10月 20 2017
この教え以外になし
大丈夫でしょうか。(どこかの会社など相当やばそうです。朝一から何から次から次に電話がかかってきています)怒っている人や引いている人は増える一方だし、それに最近は中学生まで怒っています。
しかも、その怒っている中学生たちは、私に何かしてきた中学生ではなく何もしていない中学生たちなのです。
そんな知らない中学生まで怒り出したというのですから、いよいよ中学生にまで激しい天罰がくだりはじめたようです。
なにか非常に悪い状況になっていませんか?悪いことが起きている人たちが、この辺りドンドン増えていっているようだからです。(それ全部、私のせいですか?信じられない発想ですね)
心を入れかえないと本当に危ないですよ。この辺り、そこらじゅうで(しかも大人から子供まで)天罰がくだり始めたようだからです。
もうそういう時代になったのです。心が汚いままだと(あまりに無神論がひどいと)天罰がくだる、そういう時代にです。
それを多くの人たちは理解していないだけなのです。何度もいっていますが、いまだ神を信じない人が多いからです。
だから、神の怒りが(神の力が)みな理解できないのです。
あちこちで起きだした激しい天変地変、今回きている台風でもそうでしょう。明らかにおかしいではないですか。
そういうおかしなことが次々に起きているのです。
ここ数年の間に起きた天変地変などの異常現象でも考えてみて下さい。
激しい地震や火山の噴火、超強力で超大型な台風や次々に起きる激しいゲリラ豪雨、異常な暑さや寒さ、長雨など、どう考えてもこれまでとは違うレベルで天変地変が起きているのです。
それ以外でも、考えられないくらいの(数百軒も一変に焼けた)大火事は起きる、考えられない規模の山火事は起きる、その他、これまでには起きていなかったようなおかしな現象が次から次に起きているのです。
何もこの辺りだけではないのです。よく考えてみればこの数年だけでも、すでに日本中のあちこちで異常な異常現象が次々に現れているのです。
いくらなんでも起きすぎていると思いませんか?異常な異常現象ばかりがです。
これが神の怒りだと私はいっているのです。
一つ一つ見ていれば何がしかの説明はつくのでしょうが(温暖化だの、地震の活動期だの、風が強かっただのです)こういうことが一度に起きているから私は神の怒りであるといっているのです。
いくらなんでもこれだけ運の悪いことが一度に(わずか数年間に集中して)起きるなど考えられないからです。(数十年、数百年に一度くらいしか起きないといわれていることが、ポンポン起きているのですから)
こういうことが立て続けに起きていて、これを偶然とか、たまたまとかいうのはあまりに不自然でしょう。
何か大きな力がかかっているからこのようなことが起きているのです。そうでなければこんな悪いことばかりが続けて起きるわけがないのです。
だからそれが神の力であると私はいっているのです。(科学者がなぜ神を認めないのか分かりますか?それは単に力が巨大すぎて分からない〔把握できない〕からです。自分たちが〔今の科学力では〕把握できないから科学者は神など存在しないといっているだけなのですが、しかし、そのような超巨大生命である神〔という名で私たちは読んでいるだけで、超巨大生命でも超巨大意識でも呼び方は何でもいいのです〕は存在し、その超巨大な力を常にこの世界に現し続けていられるのです。もっと科学が発達するなら、神の存在は嫌でも理解されていくのです)
その神を日本の人たちは認めていないのです。(何度もいいますが)そういう考えが神に対しどれだけ冒涜しているのかお分かりでしょうか?
そういう心をもうずっと持ち続けているから、これだけ悪いことを次から次に起こされるようになったのです。
もうそんな神を冒涜するような心でいてはいけない時代に入ったからです。(正法の世)
本当の神の教えを勉強されたらどうでしょう。そうしないともうその起きている天罰を止めることは出来ないのです。
そういう神を冒涜する心が染み付いている人たちばかりであるからです。
そういう心では天罰は食らうのです。そうして、その天罰は私のせいでも温暖化のせいでもないのです。自分たちの心が悪いから、そのような悪いことが起きているのです。
いい加減まじめに考えませんか。いつまでも安易に責任転嫁などしていないでです。
すでにもうその天罰は日本中で起きているのです。
私のせいにしようが何のせいにしようが、そういう異常で恐ろしい現象が次から次に起きているのは事実なのです。
では、どうするのですか?その事実を放置したまま何をいっていても仕方ないでしょう。口だけでは、そのような災いが止まるわけではないからです。
そういうことをいっている間にも災いは起きているからです。(もう、どこかの会社などにぎやかなものです。ジャンジャン電話がかかってきて怒ったり、引いたりしているからです。つまり、このブログを書いている間だけでも次々に災いは起きているということです)
何度もいいますが、その災いを(その天罰を)止めることが出来るのは、この教えだけだと思いますが、どうでしょうか?(ほんと何度でもいいます。皆さん方が理解するまでです)
この教えを実践すれば周りに次々に奇跡が現れてきます。祈ってもそうです。そればかりか、この教えを伝えた人にまで次々に奇跡が起きるのです。
こういう教えが他にあるのでしょうか?
有名で多くの人が信者となっている教団はたくさんありますが、では、これだけ次々に奇跡が現れる教えを説いている教団が他にあるのでしょうか?
ないでしょうね。そんな教団が他にあるなら、もう日本中の、もっというなら世界中の(この時代、日本中の話題になるなら世界中の話題になりますから)話題になっていてもおかしくはないからです。
しかし、そんな話など(次々に奇跡が起きるなど)きいたことがありません。では、そんなに奇跡が起きている教団などないのでしょう。
実際、そうであると思います。この辺りに大きな宗教団体はたくさんありますが、この辺りで起きた異常現象(サイレン)を止めた教団など一つもなかったからです。
そのような宗教団体の信者がみな(そのサイレン〔異常現象〕を起こした原因であると思われている)私に怒って嫌がらせをしていたくらいであるからです。
それが何よりの証拠です。自分たちの教えに何の力もないと、その信者たちが私に教えてくれているのです。
そうでなければ(自分たちの教えでどうにかなるのであれば)それだけ私に怒ってくることはおかしいからです。
では、そんな教えではこの異常現象に対処できないということであり、では、どうするのでしょうか。
現在ある神の教えを説いているところでは、いま起きだした異常現象を止めることは出来ないそうであるからです。それを信者自らが認めているからです。
では、いま起きている災いを防ぐためには、それ以外のところに頼むしかないということになりますが、奇跡が起きない教団では災いを防ぐことは出来ないのです。
この災いを防ぐことが出来るのは奇跡しかないからです。
つまり、奇跡を起こせる人にならないと災いを防ぐことは出来ないということです。
奇跡が現れるということは、それだけ神の光がその人に降りているということだからです。その神の光以外、災いを止める防護壁とは(バリヤーとは)ならないのです。
では、その奇跡を起こせるところはどこなのか?ということです。
その奇跡を起こす(神の光を降ろす)ことが出来るのは、この教えしかないのです。
この教えを実践するなら、どれだけ多くの奇跡が現われるか分からないのです。しかし、それが知られていないのは、その教えをしっかり実践する人があまりに少ないからです。(何せ、実質二人だけですから)
だから、知られていないだけで、この起きだした異常現象に対処できるのはこのブログに書いている正法神理だけなのです。(だから、これだけ災いが起きているこの辺りでも私一人には奇跡が起き続けているのです。この辺りでは私一人が正法神理を実践しているだけであるからです)
これだけ多くの異常現象が現れだした現代。その災いを防ぐことが出来るのはこの正法神理だけなのです。
それでもまだ多くの人たちは、この教えを無視するのですか?
しかし、この教えを無視している間は(そのような心が汚い間は)いつ自分に天罰がくだるのか分からないのです。
追伸…衆院選の選挙日(二十二日)くらいから台風の影響で大荒れの天気になるそうですね。
その台風をそらす手立てがあるのですか…これだけ書いてもまだ、このブログを読んでいる人たちは布施する気になりませんか?
相当重症ですね。
(東京などまた昨日電車が止まったそうですね。〔停電で〕おまけに昨日は六十年ぶりの寒さであったとか。その電車が止まり足止めをくらった人たちはさぞ寒かったでしょう。弱り目に祟り目ですね。東京でこのブログを見ている人たちはあまり東京に迷惑をかけないようにしてくださいね。神に逆らい続けてです。〔苦笑〕)



人目の訪問者です。

最近は家内の見方が変わって来ました。これまでは妻と言えども他人様でしたが妻と言えども神の子である、そんな言葉にすれば簡単なことが心の次元となるとかなり大きな変わりようとなったのです。妻も一人の神の子として自らの目的と使命を持ち、与えられた環境で心に応じた生活をしているのです。私から見た家庭のなかの妻と妻から見た家庭の中の夫(私)は当然違うのであり私の思いなど今は知るよしもないのでしょう。妻として私に努めてくれるのは有りがたいが心の段階を観てその事を受けないとストレスになると分かりました。妻は理想としてこうでなければならんと自身を追い込むところがあるからです。これまでもそのストレスはしっかり私に返って来てましたから。そんな家内ですが私が心で分かったことことですから、これからは気持ちを受け取りながら心の成長を見守っていきたいです。
夫婦は今生だけの縁ではありません。
そういう意味でもあまり短絡的に見ないで、お互いに心の勉強をしている昔からの最高の友であると思って(夫婦は最高の友であると園頭先生はいわれていましたから)夫婦生活を続けてください。
そういう長い目で観るなら、ちょっとしたことで腹も立たなくなると思うからです。