10月 31 2017
法の理解度
昨日は全国的にずいぶん風が強かったようですね。(木枯らし一号が吹いたそうですが)
その強風のせいで飛行機が着陸するのに手間取ったり、看板が飛んだりしていましたが、そのような強風ばかりでなく急に寒くもなって雪が降ったところまでありました。(北海道などずいぶん降ったところがあるようです)
本当に天気が安定しませんが、これだけ極端で荒れた天気になったのも、台風二十二号が温帯低気圧に変わり、それが急発達して爆弾低気圧になったからということになりますが、しかし、それは表面上だけのことであり、実際に、その爆弾低気圧を現したのはこのブログを見ている人たちです。(この爆弾低気圧も日本近海でこれだけ急発達するのは珍しいそうですから。凄まじい災いぶりです)
何でこれだけ悪いことが起きるのか?
それは法を知らされている人たちが、いつまでたっても自分の心と行いを直そうとしないからです。
何度ひどいことを起されれば分かるのでしょう。(ほんと重症ですね。何度、悪いことを起きても神の心を理解しようとしないのですから)とにかく、法を知っている人たちの心が悪すぎるのです。だからこんな天気も現われて来るのです。
最近、歩いていると周りに誰もいないのに視線を感じるのです。
誰かいるのかとキョロキョロしていると止まっている車の中に人がいて、こちらをジッと見ているのです。
よく見ていると、あちらの車の中にも、こちらの車の中にもみたいな感じで、よく止まっている車の中から私のことを見ている人がいるのです。
見ているというよりにらんでいる感じですね。皆、相当、怒っている(というより恨んでいる)ようなのです。
歩いていて信号待ちなどしていると、たまに道路の向こう側でやはり信号待ちをしている女性などいるのですが、そういう女性がよく私のことをチラチラ見ているのです。
「何だ、何だ、気があるのか」などと思いながら、信号が変わったので歩いていくと、そういう人は百パーセントすれ違いざまに嫌がらせをしていきます。(足をザッとすったり、この前など持っている傘を地面にガンガン叩きつけながら歩いていくネエちゃんがいました。相当、怒っていました)
よく考えてみれば五十をこえたおっさんに若い女性が気があるわけがないのですが(苦笑)チラチラこちらを見ているのは、みな怒ってにらんでいるようなのです。(ただ、たまにです。たまに頭を下げていく子もいます。本当に少ないんですけどね。〔苦笑〕)
まったく参りますね。相変わらずブシュブシュやっていく運転手も多いですし、あちこちの人が、何から何まで悪いことを私のせいにしているようだからです。
これまで起きていないような悪いことが次から次に起きて来るので、ある程度は仕方がない面がありますが、しかし、この人たちは皆、法を知っている人たちばかりなのです。(私の顔を知っているのだからブログを見たことがある人ばかりでしょう)
そういう人たちが、いつまでたっても法を知らされたことには感謝せず、逆恨みして怒っているだけだというのですから、それでは天も怒るでしょう。
そういう態度を取るのは、その人たちが法をしっかり理解していない何よりの証拠であるからです。
法を知らされているのに(昨日今日、法を知らされたというのならともかくです)何年たっても、その法をしっかり理解しようとしないでは天は怒ります。
これでは、次から次に異常現象が現れ、荒れた天気になるのもある意味、当然なのです。
何年も前から、法を知らされていながら(この世でこれ以上の幸運はないはずなのに)いつまでたっても無理解で無反省な人が多いからです。
法を知らされていて、それだけ進歩のないことではいけません。
だからこれだけ悪いことが起きているのです。法の理解度があまりに低い人が多いからです。
しかし、これだけここに書いていることが起きているのです。ここに書かれている法をいい加減、もっとしっかり理解しませんか(信じませんか)そうすればよいことが起きてくるからです。
よく考えてみてください。ここに書いたことが起きてくるということは、ここに書いていることは天の意志なのであり、だから、ここに書いたことがこれだけ起きてくるのです。
もし、個人の考えだけでここに何か書いているのなら、一度や二度、書いたことが当たることはあっても、そんなに何度も書いたことが起きるということはないはずだからです。
しかし、ここに書いていることは何度も起きているのです。
なぜでしょうか?
それはここに書かれたものが個人の意志で書いているものではないからです。だから書いたことが何度も起きてくるのです。
このブログは天の意志で書かれて(書かされて)いるのです。だから、このブログに書いたことが次々に起きるのです。(だから、このブログをじゃまする者たちには特にひどいことが起きているのです。どこかの会社の連中はもう悲惨の一言です。次から次に何か起きてくるようで引きたくっています。天の意志を現すのをじゃましているのです。当然そうなります)
それを多くの人たちは理解していないのです。だから、平気で無視できるのです。このブログに書かれてあることをです。
そのような人たちは、このブログを私個人が書いていると思っているからです。
しかし、個人のブログでここまで書かれたことが実現することはないのです。それ以上の力がこのブログの中に働いているから、このブログに書いていることが次々に実現していくのです。(だから、このブログに書かれたことを実践すると奇跡が起きるのです。天の力がこのブログの中には働いているからです)
法の理解度が低い人は、それがいつまでたっても分からないのです。
どれだけ書かれたことが起きても、それがどうしたとか、たまたま当たっただけだとか(そういう人は何回たまたまが続けば、たまたまじゃないと理解するのか知りませんが)あまり深く理解しようとしないのです。
表面上だけで簡単に流してしまうのです。だから、このブログの不思議さ、奥の深さが分からないのです。物事を深く考えないからです。(だから、こういう人は一事が万事そうなのでしょう。考え方が浅いのです)
しかし、物事を深く考える人は(たとえばウナッシーさんのような)最初はおかしなことを書いているなと思っても、よく読んでみると案外ここに書かれてあることは深いのではないか、と気がつくわけです。(実際、深いのだから気がつく人は気がつきます)
そうして、法の理解度を深めていくうちにここに書かれたことはすばらしいと理解して、それで実践されるわけです。(すると奇跡が起きるとこういうわけです)
しかし、このブログを見ているほとんどの人は、そこが今一深まらないのです。深いところにいったり、浅いところにいったりして、行きつ戻りつしているわけです。(そういう人が、このブログを長く見ているだけの人たちです。そういう人は、自分の都合のいいところだけ実践したり、時には怒ったりしているわけです)
そうしてこのブログを浅く見ることしか出来ない人たちが、私に怒りの心を持って恨んでまでいる人たちでしょう。
そういう人たちは、見方が浅いので悪いことが起きてきたのは(自分たちの心は一切かえりみず)みな私のせいと単純に思っているわけです。
それで私のことを怒っているわけですが、その怒っている人たちの中には、悪いことが起きたからと、それを逆恨みして私に怒っている人も多いのでしょうが、それもまた見方が浅いから、そういう思いが出てくるのであり、もっと法をよく知るなら、自分が悪かったからこういう悪いことが起きたと理解(反省)できるのです。
だから、理解しないといけないのです。この法をもっと深くです。
そうしないと、中途半端に法を知ったところで不幸になるだけであるからです。
だから、ここに書かれてあることは天の意志であると理解して、布施くらい進んでするのです。
そうすればよいことが起きてくるからです。
それを頑なに拒否しているから、これだけ荒れた天気を現され、周りに悪いことも起きてくるのです。
天のいうことをきかないから、天(気)が悪くなる、これは当たり前のことだからです。
天のいうことをきくなら天気もよくなるのです。
もっと深く法を理解されませんか?
そうすれば必ずよいことが起きてくるからです。
追伸…何度もいいますが、ここに書かれたことは天の意志なのです。私の意志ではありません。
個人的なことを書いていて、これだけ書いたことが実現するわけがないからです。
それを理解するか、しないか、それで自分が幸せになるのか、それとも不幸になるのかが決まるのです。
ここに書いていることを理解し行うなら奇跡が起き、無視し逆らうなら災いが起きます。
なぜ、このようなことが実際に起きているのにいつまでも無視しているのですか?
くだらない意地などもう捨てないといけないのです。



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