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11月 10 2017

正しい信仰

11:01 AM ブログ

今日も朝からお怒りでした。(八時過ぎくらいでしょうか、ガンガンやっているのがいました)

本当に呆れますが、昨日は怒っているばかりでなくずいぶん引いているところも多かったです。

怒っているところは烈火のごとく怒り、引いているところはおもいっきり引いている(いろいろな会社なんですが)本当に極端です。

ソロソロ本当の神の教えに帰依されてはどうでしょう。そうしないともういいことは起きてこないと思うからです。

多くの人が私のブログを見ているのです。(最近は、このブログを見ている人が千人を超える日もあるんですが…しかしおかしいな。表にはってある訪問者の数字とまったくあわないんですが何でだろう?)

では、もう多くの人がこの教えを知っているということになります。この教えこそ本物の神の教えなのであり、この教えこそ唯一正しいのです。

その本物で、本当に正しい教えを、すでに多くの人が知っているのです。

ちょっと考えたら凄いことですよね。多くの人がすでに本当の神の教えを知っているというのですから。

ところが知ってはいても、そのほとんどの人が、その本当の神の教えを実践しようとしない。だから、恐ろしい現象がこれだけ現われるのです。

それだけ罰当たりで不遜な行為もないからです。(本当の神の教えを無視しちゃダメでしょう)

もう偽の教えなどいくら信仰しても通用しない時代になったのです。

日本の人々は無神論の人は多いのですが、無信仰の人はいません。皆、何がしかの神への信仰はしているのです。

ただ日本の多くの人は、その自覚がないだけなのです。

日本の多くの人は、一方で無神論をいってはいますが、しかし、そういう人でも仏壇に線香など上げ、お経を上げたりしている人はいますし、お寺や神社などに行ってお参りしている人もいます。

逆に、そういうことを一度もしたことがない人などいないのではないでしょうか?無神論をいっている人たちでも、みな一度や二度は、仏壇や、お寺や神社など行って手を合わせたことがあるはずです。(初詣などもそうですし)

残念ではありますが、こういうことは皆、神への信仰なのです。

無神論をいいながら、一方ではそのいないはずの神に手を合わせて祈る、やっていることがデタラメなのですが(矛盾もいいとこです。〔苦笑〕)マァ、それはともかくです。

日本に無神論の人はいても無信仰の人はいない、それだけは確かでしょう。

では、同じことなのではないですか。(信仰していることには変わりがないのですから)そのしている(間違った)信仰をこの正しい教えに合わせればいいのです。

そうすれば間違った信仰が正しい信仰になって奇跡が起きてくるからです。

間違った信仰を続けているから悪いことが起きるのです。では、正しい信仰をすればいいのです。

そうすれば悪いことなど起きなくなり、奇跡が起きて幸せになれるからです。

仏壇に線香を上げ、お経を上げている暇があるなら、心を落ち着けて禅定し、日ごろの行いの反省(またはこれまでの行いの反省)でもすればいいのだし、お寺や神社に行ってお参りするくらいなら、どこでもいいので静かなところに行き天に向かって祈ればいいのです。

後は自身の日ごろの行いです。その行いを正し、愛ある行いをしていけばいいのです。

それで信仰は事足りるからです。

それなのに間違った信仰を続け、なおかつ心を正そうともせず、日ごろの行いも悪いまま(犯罪まではしなくても、悪口はいうわ、少し気に食わないと嫌がらせなどするわ〔今よく話題になる不倫なども、もちろんそうです〕などなど、それも十分悪いことです)それではいいことは起きてきません。

もう、そういう(悪いことが現象として現れる)時代になっているからです。(だからいいことが起きてこないのです。特にどこかの会社などです。〔このブログを書いている最中だけでも大変そうですが大丈夫ですか?〕間違った行いをし続けているからです)

すでに時代が変わっているのだから、そんな(間違った)生活を続けているのなら、悪いことは起こります。

それをいくら責任転嫁(私のせいや温暖化などの天気のせいに)しても悪いことは止まらないのです。その悪いことは、自分たちの間違った行いが現していることであるからです。

だからもう正しい信仰をしないといけないのです。正しい信仰をしない限り、日ごろの行いは改まらないし、日ごろの行いが改まらない限り、悪いことは止まらないからです。

結局、神などいないとか、宗教などに頼っている人は心が弱いなどと強がったところで、その根本には皆、神があるのです。

だから、その神の心である何がしかの信仰を皆がしているのであり(それが熱心かどうかは別にして)そうであるならもう格好(かっこう)をつけていても仕方ないでしょう。

その信仰を正しいものとすればいいのです。そうすればみな幸せになれるからです。

特別な信仰はしていなくても、どうせ皆さん、神社や寺など行ってお参りするんでしょう。(それも信仰なんですが……)そんなところにいくら行っても、いま起きている災難からは逃れられません。

しかし、正しい信仰をするのなら、そのような災難から逃れることが出来、なおかつ奇跡まで起きるのです。

考え方一つなのです。自分たちはこれまでも信仰をしていたのだし、これからも信仰はしていくのです。

だからといって、これまでの信仰を変えたら罰が当たるなどとはもう考えなくていいのです。

なぜなら、すでに罰など当たっているからです。(これだけ激しい罰はありません。凄まじい天変地変にこの辺りなど次々に人が病気になる、そんじょそこらの半端な罰ではないのです)

これ以上何の罰が怖いというのでしょう。いま起きている罰の方がよほど怖いのです。

このままこの天罰を放置しておけば、これからまだどれだけ多くの人に災いが現われるか分からないのです。

ご先祖様に申し訳がないなどもう考えなくていいのです。正しい信仰を行い奇跡など起きてくれば、そのご先祖様も喜んでくださるからです。(釈尊やキリストが説かれた本当の神の教えを勉強するのが何が申し訳ないのですか?申し訳ないどころかご先祖様は喜ばれるのです。よくぞ正しい教えに辿りついたとです)

毒にも薬にもならない、これまでのような信仰は(毒にも薬にもなりませんよね、祈ろうが何をしようが何も起きないんですから)もう捨てないといけないのです。

またそのような信仰を続けていても、これからはそのような(間違った)信仰は毒にしかならないからです。(もう間違った信仰を続けていては罰が当たる時代になりましたから)

どうせ信仰をするのなら、正しいものをされませんか。

そうすれば、本当の幸せが現われてくるからです。

(正しい信仰をしないともう幸せは来ないのです。間違った信仰をしていることがどれだけ災いかを早く気づいてください)

追伸…二年前に歴代最高得点を連発し、神がかり的なフィギュアスケートを行った、あの選手が、今度は練習で転倒してけがをしたそうですね。

今日から開幕のグランプリシリーズに出場するかどうかは分かりませんが(ニュースで転倒を見た感じでは無理っぽいんですが…大きなけがにつながっていないか心配です)それにしても、あれから(神ががり的なスケートを見せてから)段々つきがなくなっていますよね。あの選手…。

ちゃんとお礼をしないからそうなるのです。

心を入れかえ少しくらいのお礼をしたらどうでしょう。そうすればまた神がかり的なスケートも出来るようになるからです。

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