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6月 09 2009

大天災と奇跡

5:19 PM ブログ

聖書の中にはいろいろな物語がでてきます。アダムとエバ(イヴ)から始まって、人が
増え始めると、ノアの箱舟現象が起こって人が減り、そうしてまた増え始めると減ると
いうことも書かれてあります。
このような現象は、私達人類の歴史とも不思議と一致します。人類の歴史も人が増えると
大天災が起こって急激に人が減り、また増えると減るということを繰り返しているからです。

人類の歴史を見る限りでは、なぜ人が増えると大天災が起こるのか分かりませんが、聖書
の中には、大天災が起こる理由が書かれてあります。

ノアの箱舟で有名なノアの時代、地上の人口はもう十分に増えていました。しかし、人々は
汚れきり、考えることといえば悪事ばかりでした。そして世の中も暴力に満ちていました。
神は地上に人間をつくったことを後悔し、すべての人間を地上から消そうと考えます。ただし
ノアの一族だけは神を敬い、行いも正しいので救おうとされます。そうしてノアは神の言葉に
従い大きな箱舟を作り、ノアの一族とすべての生き物をのせます。その七日後、神は地上
に大洪水をおこします。この大洪水で、ノアの箱舟にのっていた以外の地上のすべての
生き物が死に絶えます。


アブラハムという心清き人がおりました。この人の前に旅の僧の格好をした、三人の主から
の御使いが現れます。この三人とは七大天使であるミカエル、ガブリエル、ラファエルです。
三人の御使いはアブラハムにいいます、「ソドムとゴモラの罪はひどく重い、という叫びを
聞いた。だから私は町に下ってそれを確かめるつもりだ」このころソドムとゴモラの町は
快楽とはてしなく続く肉欲と同時に、すべての欲が絡み合っていました。ソドムとゴモラの
町は地獄に等しく悲しく壮絶な光景であったのです。しかし、三人の御使い達はアブラハム
に、ソドムとゴモラの町に十人の正しい者がいれば、その十人のために町を滅ぼすことは
しないと誓われます。翌朝アブラハムが丘の上に立ち、ソドムとゴモラの町の方を見ますと
町は跡かたもなく消え去り、地面からはちょうど竈の煙のように、無数の硝煙が立ち上って
いるだけでした。

この聖書の物語は何を物語っているのでしょうか?それは大洪水が起こった原因、ソドムと
ゴモラの町が滅びた原因、それらはすべて人がつくったということです。
ノアの時代、ノアの一族以外で心正しき人がたくさんいたならば、大洪水など起こりません
でした。ソドムとゴモラの町の人々に正しい人が十人いたならば、ソドムとゴモラの町は滅
びませんでした。ノアの時代の人々にせよ、ソドムとゴモラの町の人々にせよ、自分達の
滅びる原因をつくったのは、心と行いが間違っていたからであり、自分達の心がそうした
のです。神や御使い達が人々を滅ぼしたように、聖書には書いてありますが、自らの心が
それを招いたということを知るべきです。

聖書の中には、どのような心になったとき奇跡が起きて、どのような心になったとき大天災
が起きるのかが書かれてあります。現在の私達は奇跡を起こす心の人が多いのでしょうか、
大天災を起こす心の人が多いのでしょうか。もし、奇跡を起こす心になれば、奇跡はすぐに
でも起きるのです。

たとえば私は前にプロ野球選手の話を書きましたが、あのような勝負の世界に生きる人達
にも、私は闘争心を前面にだすようなアドバイスはしておりません。それよりも野球選手に
とって、一番大事なものに感謝しなさいとアドバイスしたのです。相手と喧嘩する心と調和
する心、どちらが強いのかといえば、断然調和する心の方が強いのです。喧嘩する心の
方が強いように感じますが、それは違います。野球でいうなら、自チームに感謝するのは
当然のこと相手のチームにも感謝することです。野球は相手がいて初めて野球になるの
です。バッターはピッチャーがボールを投げてくれて野球になり、ピッチャーはバッターが
立ってくれて野球になります。バッターが立ってくれなければ、ピッチャーがどれだけボー
ルを投げても、それはただのキャッチボールにしかすぎません。
であるならば相手チームは敵なのでしょうか?敵ではありません。周りに敵など一人も
いないのです。相手チームの選手は自分の野球のレベルを上げてくれる、同じ野球仲間
であるということです。そのように調和する心がでてまいりますと、奇跡が起きてきます。
奇跡を起こす心とは大調和の心なのです。勝負の世界は相手に打ち勝つ心や、負けず
嫌いの心が大事だといわれておりますが、一度調和する心になられてみるとよいでしょう、
結果がどのようになるかは、自分が一番よくわかるからです。

聖書にでてくる救世主といわれる方々は、闘争心丸出しで奇跡を起こされたわけではあり
ません。神を信じ人を愛する、愛と調和の心で奇跡を起こされたのです。一人一人が愛と
調和の心を持つことにより、自分自身を救い、そのような小さな救いが、ひいては世界を
救っていくことになるのです。どのような心になった方がいいかは、申しあげるまでもない
でしょう。








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