11月 20 2017
確実に現れる奇跡と災い
前回、私が近くを通るとガンガン音を立てて嫌がらせをしてくる大工たちのことを書いたんですが、補足して書いておきますと、その大工連中でも何もしてこないところには何も起きていないようなのです。
たまに私が歩いていても、何もしてこないところもあって(本当にたまにですけどね。めったにそういう大工はいませんが)そういうところはいつまでたっても態度が変わらないからです。(まあ、静かにしているんだったら態度も何も分からないだろうと思われるかもしれませんが、雰囲気で分かります。何か起きたところは雰囲気も変わりますから)
ところが、そういう(静かな)大工たちでも嫌がらせを我慢しているところもあるのです。
私も何かしそうなところには(そういうところは、もう遠くからガチャガチャ音を立て始めますから)歩きながらいろいろいうので(「何かしたら、百パーセント悪いことが起きるぞ」とか「俺に何かして何も起きなかったところはないぞ」とかです)すると中には静かにしているところもあるのです。(しかし、ほとんどの大工は私のいうことを無視してやってきます。ほんと愚かです。私は大工たちのためにいっているのにです)
そういう嫌がらせを我慢するところもあるにはあるんですが、そういうところは一度や二度、私が通っても何とか我慢するんですが、それ以上、私が近くを歩いているともう我慢ならなくなるのでしょう。途中からガンガンやり出すところもあるのです。
そういうところは「なんだよ、この前まで何もしていなかったのに」と思うんですが、バカな噂しか信じていない連中なんだから仕方がないとも思い「じゃあ何が起きても知らないからな」とことわって、そのまま私は行ってしまうんですが、次にその場所を通る時は必ず静かになっています。
そんなことをしたとたん、その大工連中に何か起きるようで、それで一変に雰囲気が変わり静かになるようなのです。
嘘のような話ですが、これは本当のことなのです。(体験談です。だいたい、このブログに嘘など書けませんし)
とにかく、この辺りで家をつくっている大工連中が、それまでは何も起きていなかったのに、私に嫌がらせをしたとたん何か起きるのは事実のようで、その後、私に同じような嫌がらせをしてきた大工たちはいません。
ただ、たまに少し間をおいてから急にまた私が通ると怒りだす大工連中がいます。
そういうところは、その後もまた何か起きたのでしょう。だから怒りだしたのでしょうが、私に嫌がらせをしたばかりに何か起きたからと、それを私のせいにして私の悪口ばかりいっていれば、その後もまた悪いことは起きるのです。
その悪いことが起きたのは私のせいではなく、悪口をいっている自分(大工)たちのせいであるからです。
だから、そういうことが起きた大工さんたちは、私に嫌がらせをしたのが悪かったと、私を悪く思っているのが悪かったと反省し、それだけ現れる神の力を畏れないといけないのです。
まあ、そういう人たちは普段からの(悪い)クセで、神など二の次にして(自分たちの嫌がらせなどの悪い行いは棚に上げ)悪いことが起きるとすぐにそれを責任転嫁して人の悪口などいってしまうんでしょうが、そういう悪いところを直すため、その現象は現れているのです。
そうであるなら、そういう現象が現れたのなら人のせいにするのではなく、自分が悪かったとしっかり反省しないといけないのです。
それが出来れば、その後、そのような人たちには必ず奇跡が起きるからです。
それが出来るか否かが、その人たちの心の修行であるからです。
とりあえず、大工連中だけをピックアップして書いてみましたが、これに加えて昨日書いたあっちこっちの会社の連中や学生連中、それにあちこちの家の連中から運転手連中まで(こんな感じだから運転手連中はすごいと思いますよ。メチャメチャ起きているんじゃないですか。ずいぶんブシュブシュやられましたから)私に嫌がらせをして、災いが起きている人が一体どれくらいいるのか想像できないくらいなのです。
それくらい多くの人たちが、私に嫌がらせをしてきたからです。
大工連中を見ても分かりますが、私に嫌がらせをしてきた人(ところ)にはまず災いが起きるのです。(すぐに起きない人もいますが、そういう人は自分ばかりでなく身内にそれが現れたり、すごく運の悪いことが起きたり、何か不幸なことは必ず起きるのです)
まして何度も私に嫌がらせをしているところなど(この近所にはたくさんありますけどね。そういう会社や家など)すべて何か不幸が起きているはずなのです。
それだけの悪行もないからです。
私に対する(多くの人の心を救っている者に対する)嫌がらせなどの悪いことは、それだけ大きな罪になるからです。
だから、それだけの災いが起きるのです。それだけ大きな罪を自分たちでつくっているからです。(自分たちがまったく自覚がないだけでです)
そういうことを無神論の人たちは知らないだけなのです。(いつまでも理解しないだけという方が正確ですが)
この世で神のことを教え心を救うことほどの徳行はないのです。
それにもかかわらず、多くの人たちは、その行いを軽く見て認めようとしません。(自分たちは心が救われているにもかかわらずです)それでいて変わったことが起きると、それには反応して怒ったり嫌がらせしたりだけはしてくるのです。
こういう態度を取り続けている人がほとんどなのです。これではいいことが起きるわけがないのです。そういう態度が根本的に間違っているからです。
もう何度もそのような話は書いていますので、これ以上は書きませんが、その起きてくる現象の違いは明らかなのです。
私に悪いことをしてくる人には必ず災いが起き、私によいことをしてくる人には必ず奇跡が起きるのです。
そうして、その肝心の私には次々に奇跡が起きているのです。
それだけは確かなのです。
これだけたくさんの例が現れているのですが、それでもまだ態度を変えずに今のような(罰当たりな)態度を取り続けるのですか?
それは本人の自由ですが、しかし、態度を変えない限り、自分たちに起きてくることも変わらないのです。
自分を救うのは自分しかいません。周りはどうあれ自分一人でも態度を変えませんか?
その態度を変えた人から救われていくからです。
(どこかの会社が異様な静けさなんですが……終わりましたね)
追伸…何度もいいますが、これだけの災いが現れているのです。この法に逆らう人たちにです。
では、この法に従う人たちがたくさん出てくれば、たくさんの奇跡が現れてくるということになります。奇跡も災いも神の力には変わりがないからです。
後は多くの人たちの行いを変えるだけなのです。いま法に逆らっている人たちが、法に従うなら多くの奇跡が現れてきます。
自分を救うということでも、多くの人を救うということでも、このブログを見ている人、一人、一人の行いが大きな意味をなしてくるのです。
少しでいいので法に従ってもらえませんか。
そうすれば少しずつでも奇跡は現れてくるからです。



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