11月 29 2017
大悪党
昨日はブログを書いたのですが、途中から次々に気づきをもらって段々内容が変わってきて、それで時間がなくなってブログを書くのを諦めました。
それで今日はその続きを書いているのですが、しかし皆さん、本当にお怒りです。(ほんと、そこらじゅうで怒っています。普段あまり歩かないところを歩くと凄いですよ。昨日は金山に行っていましたが、あちこちの人からちょっかいをかけられ大変でした)
そのように怒っているばかりでなく誰か折れる人はいないんでしょうか?自分たちが折れない限り(悪かったと反省しない限り)どれだけ怒っていても災いは終わらないからです。
多くの人が、私のブログを読んでいるにもかかわらず、感謝一つせず一方的に嫌がらせをしているのです。
それで悪いことが起きて、それを私のせいにされても、それはどう考えてもそういう態度を取っている、そちらの方が悪いでしょう。
何でそれを私のせいにし続けているんですか。
どこをどうとっても、そんなのは人のブログを読むだけ読んで心が救われているくせに、少しも感謝せず嫌がらせをしている方が悪いからです。
それなのに、その自分たちがつくっている悪い原因を全部スルーして、なぜ私に、その悪いことが起きている原因をすべてかぶせてくるのでしょう。
本当に不思議ですね。誰が見ても悪いのはそちらの方であると分かりそうなものだからです。
しかし、この辺りの人たちは、自分たちが悪いとは一切認めず、私が悪いといい続け、嫌がらせをし続けているのです。どれだけ悪いことが起きてもです。
他の地域の人たちは不思議ではありませんか。この辺りの多くの人が、これだけ頑なな態度を取っていることがです。
冷静に見ればです。これだけ悪いことを一人の者のせいにしなくてもいいだろうと、少しくらいは自分たちも悪いと、それを認めてもおかしくはないのではないかと思う人も多いのではないでしょうか。
他の地域の人たちから見たらです。
ところが、この辺りの人たちはそれを一切認めないのです。自分たちは少しも反省せず悪いことを私のせいにし続けているのです。
もう何年にも渡ってです。(凄まじい執念です)
そのせいで(あまりに頑ななせいで)すでに多くの人が病気になっているようです。しかし、それでも自分たちが悪いとは認めないのです。
この辺りで病気になる人が多いのは、自分たちが悪の原因をつくり続けているにもかかわらず、その罪を誰も認めようとせず、全部私にかぶせているからです。
そのような悪を反省しない限り、起きている現象は止まらないのですが、そういう現象がなお一層、この辺りの人たちを頑なにしているようです。
しかし、なぜこれだけ頑なな人が多いのでしょう?
この辺りの人たちは、特別、頑固な人たちが多いとでもいうのでしょうか?
そうではないでしょう。この辺りの人たちがなぜこれほど頑ななのか、それは簡単な話なのです。
この辺りの人たちは皆、私のことをこれほどの悪党はいないと思い込んでいるからです。
だから、大勢の人が自分の悪いことを認めないのです。一番の悪党に少々の悪いことをしてもどうということはないでしょうし、自分が反省することよりも、まず大悪党のお前が先に反省しろと思っている人が多いからです。
だから、自分が悪いと認めることも出来ないし、反省することもないし、まして謝ることなど出来るわけがないのです。
そんな大悪党にそんなことをすれば悪の軍門に自分がくだったことになるからです。
そんなことをすれば、自分の正義の心が汚されるとでも思っている人が多いのではないでしょうか。(笑)だから、どれだけ悪いことが起きてきても、自分たちが頭を下げることはないのです。
そんな大悪党の軍門にくだるくらいなら死んだ方がましだからです。
だから、何が起きようと悪いのは私であり大悪党の軍門には絶対にくだれないと、みな命がけで自分たちの正しさを押し通しているつもりなんでしょう。
まあ、それが自分たちなりの正義なんでしょうが、残念ではありますが、そういう態度が実は大間違いなのです。(間違いも間違い、凄まじい勘違いです。よくこれだけこの辺りの人たちは勘違いが出来ます)
しかし、そのような大間違いをするのも無理はないのかもしれません。
大雨は降らす、地震は起こす、台風は呼ぶ、おまけに人を次々に病気にしている、などという噂が流れていたらです。
それで不幸になっている人がたくさんいるなどときいたら、皆いきり立って、そんな悪党を許せるかということになって、そんな悪い奴のいうことなどきけるかということにもなるでしょう。(なんかメチャクチャですね。私って。〔苦笑〕)
しかも、そんな悪い奴にもかかわらず、なんと鳥や魚がたくさん寄ってくるというのです。
大雨や地震を起こしてあちこちメチャメチャにして、人を病気にして多くの人を不幸にしているのに、何でそんな悪い奴に動物たちが寄っていくのかとよけい腹が立ち、それで自分の悪など棚に上げ私の顔を見れば嫌がらせをしてくるのでしょう。
正義の心だけではなく、ねたみやひがみの心も入り混じり(正義の人がねたんでいてはいけませんが。〔苦笑〕)だから、自分たちが仮に悪いことを私にしたところで別に悪いことではないと、そういう大悪党をこらしめているのだからむしろよいことであると、そう思っている人が多いのです。
そういう気持ちも分からないではありません。私もそんなメチャクチャな奴がいたら嫌がらせをするかもしれないからです。(苦笑)
だから、みな私を親の仇のように思い、私のいうことなど一切きかないのでしょう。そうして自分の悪も認めないのです。
親の仇(というより多くの人たちの仇ですね。実際にそういう悪いことが起きているのですから)のいうことなどきけるわけがないですし、親の仇に少々の悪いことをしたところでどうということはないからです。
だから、この辺りの誰もどれだけ悪いことが起きても、自分が悪いと認めないし、私に対し嫌がらせをやめようとしないのです。
私を人類の敵であると思っている人が多いからです。(苦笑)
また、そのように思う人たちがこの辺りだけではなく、東海三県辺りにまで広がっているというのですから、もう目も当てられません。
しかし、ちょっと待ってください。そういう発想はあまりといえばあまりの発想なのではないでしょうか。
少し考えてみれば、そのような噂はおかしいとすぐに分かるからです。
そうではないでしょうか。まず(私がいつもいっていますが)そんなに悪い奴に鳥や魚などの動物たちがそれだけ寄ってくるのはおかしいからです。(そうですよね。何でそれほど悪い者に鳥や魚が寄って行くのですか?)
それにそれだけメチャクチャなことを私がしているのなら、そのメチャクチャなことは自分に返ってこないといけません。
因果応報という法則は必ず作用するからです。そんなメチャクチャなことを私がしているのなら、私はただではすまないはずです。
私の家がグチャグチャになるのはもちろんですが(私は人の家などグチャグチャにしているんですよね。大雨や地震で。なら自分の家もそうならないとおかしいのですが、しかし、別に私の家はそういう天災で壊れてはいません。壊れているに近い家ではあるんですけどね。古くてぼろいから。〔苦笑〕)私自身も病気にならないとおかしいのです。(私は多くの人を病気にしているんでしょう)
しかし、私は何年たってもピンピンしているのです。そうして悪いことが起きるどころか、次々に奇跡が起きています。(それはこのブログでいろいろ書いていますのでお分かりの人も多いと思います)
なぜでしょうか?善因善果、悪因悪果という法則があるなら、私に災いは起きても奇跡が起きるのはおかしいはずです。
しかし、私に災いなど起きていないのです。それどころか次々に奇跡が起きているのです。
そうして、そのような現象面ばかりでなく、もし私が、それだけ多くの人を不幸にしているのなら、さぞ私はおどろおどろしい雰囲気になっていてもおかしくはないはずですが、そんな雰囲気の者にあの臆病な鳥や魚たちが寄ってくるわけがないですし、そればかりか年寄りから小さな子供にいたるまで平気で私に寄ってきて、嫌がらせをしていくのです。
私がそんな凄まじいことをして多くの人を不幸にしているのなら、凄まじい雰囲気になっていてもおかしくはないはずです。
しかし、私にそんな雰囲気など微塵も感じられないようで、だから、動物たちにせよ、年寄りにせよ、小さな子供にせよ、平気で寄ってくるのです。
それこそ、どこをどうとっても、そういう噂と私の置かれている状況が合わないのです。
だから、少し考えればその噂はおかしいとすぐに分かるといっているのですが、なぜでしょうか?
なぜ、これだけいわれている噂と私の状況が乖離(かいり)しているのでしょうか?
これこそ、そのような噂が間違っている何よりの証拠なのです。しかも間違いも間違い、大間違いなのです。
そのような噂はです。(私は大悪人ではなく大善人なのです)
だから、私に起きている状況がまるっきり違うのであるし、そんな間違った噂を信じている人たちに悪いことが起きているのです。
大間違いな噂を真に受け愛ある(愛があるから鳥や魚が寄ってくるのです)大善人に(自分でいうのも何なんですが)嫌がらせなどしているからです。
それでは当然罰が当たるのです。(だから私は書いているのです。凄まじい勘違いであるとです)
口ではどうとでもいえますが、その噂がまったく違っているということは、そのような私に様々に起きている現象が証明しているのです。
その起きている現象を信じ、そんなデタラメな噂をこの辺りの多くの人たちは信じていけなかったのです。そうすれば、これだけの災いは起きなかったからです。
もうクドクドもうしませんが(これまでもいろいろ書いていますので)とにかくです。そういうバカげた噂を信じるのではなく、私に起きている現象を信じてください。
その方がよほど正しくよいことも起きてくるからです。私を悪く思うのは間違いなのです。私は善人なのです。(愛の深いです)だから、鳥も魚たちも寄ってくるし、奇跡も起きるのです。
それだけのことです。私を悪人と思うから起きている現象の説明が出来ないのです。私を善人だと思えば起きている現象の意味も理解できるはずです。(善人であるから、鳥や魚も寄ってくるし奇跡も起きる)
私が悪いといっている人たちは、間違っているのです。だから、そのような人たちに災いが起きているのです。
大間違いをしているからです。
最近起きだした様々な現象は私が説いている法を勉強されるなら、段々分かってきます。なぜ、こんなことが起きだしたのかということはです。
ただ、一ついえることは、このような現象は決して人が起せるものではないということです。このような現象は神が起こされているのです。人ではありません。
では、このような現象を人のせいにするのは間違っているのではありませんか?
そういう様々な問題が入り混じり、今このようなことが起きているのですが、このような時は、人がいうことより起きている現象を信じることです。
そうすれば間違うことはないからです。(特に現代は多くの人が多くのことを発信します。よけい何を信じていいのか分からなくなるのです。だからこそ、その人に起きている現象を信じることです。起きる現象に嘘はないからです)
また、どこかの会社も怒りだしたようですが、しかし、残念ですね。
その起きている恐ろしい現象は、私が祈れば止まるかもしれないのにです。
そうではないですか。(皆さんは認めたくはないのでしょうが)これだけ善行を行っている私が(だから奇跡が起きるのです)神に祈るのです。
神はその願いをきき入れてはくれないのでしょうか?
誰もそれを頼みに来る人がいないのですから、そういうことを書いていても仕方がないのですが、しかし、法を理解している者が祈れば何か奇跡が起こります。
いま災いが起きているところがこの辺りにはたくさんあるはずです。
そういうところを私が祈ったのなら、まず、そのようなところの多くは災いが起きなくなるのです。(まあ、そこらの坊さんや神主が祈るよりは私の祈りの方が効くと思いますよ。起きてくる現象が違いますから)
もし、このブログを読んで心変わりをする人がいるのなら、そういう人は連絡ください。私が祈れば奇跡が起きるからです。
私をいつまでも憎んでいても、一つもいいことは起きないのです。
そのきいている噂はまったく違っているからです。起きている現象を信じてください。
もし、私のいうことを信じるならば、その人には必ず大きな奇跡が現れてくるからです。
(私のいうことを信じないからそれだけ大きな災いが現れているのです。信じてみませんか?私のいうことを信じ行った人で奇跡が起きた人はたくさんいるからです)



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