12月 01 2017
本当に悪いのは誰か
いま現在、日本には数多くの災いが現れています。(激しい天変地変はもちろんですが、この辺りだけではなく、東京などでも起きている異常現象も含めてです)
しかし、このような現象の多くは防ぐことが出来るのです。法を実践する人が増えてくるならばです。
それを私が証明しているのです。
天変地変が起せるのなら、防ぐことも出来るし(例えば、今年、関東、東北では天気の悪い日が続きました。あのような天気も晴れにさせることが出来るし、逆に日照りが続いているところに雨を降らせることも出来る。台風などもコースを変えることが出来るということです。法を知っている人たちが皆で祈ればです)各地で起きている異常現象も止めることが出来るのです。(この辺りの現象は私のいうことをきくのなら止めることが出来ますし〔私のいうことに逆らっているからこういう現象が起きているのですから〕東京などで起きているポルターガイスト現象も法を実践する人が増えるのなら止まります)
実際に私がそのようなことを行っているのですから、これだけ確かなことはないのですが、これだけ重要なことを知らされているにもかかわらず、いつまでたっても知らん顔をしている人たちばかりだから、いつまでたってもよいことが起きないのです。
こう考えるのであれば、本当に悪いのは私なのでしょうか?それともこのブログを見ている人たちなのでしょうか?
私は神の命により、このようにやれば奇跡が起きる、このようにやれば災いが止まるという方法を実際に行い、ここに書いているのです。
それなのに、その大事さにいつまでも気づかず、ボケッとしているのはこのブログを見ている人たちなのです。
それどころか、この辺りの人たちなど、この法を伝えるじゃまはする、嫌がらせはすると私の足ばかり引っ張り、凄まじく危ない現象まで現されています。
それをすべて私のせいにして怒っているようですが、しかし、そういうことが起きるのも、当然といえば当然のことでしょう。
この教えを実践し伝えるのなら、どれだけ多くの人が救われるのか分からないからです。
そういう力が実際にこの教えにはあるのです。
それをいつまでも理解せず、この教えを潰そうとまでしているのですから、そんなことをすればどれほど神の怒りを買うのか分かりません。そんなことを平気でしていれば凄まじい現象も現されるのです。
少しずつでもこの教えを実践する人が出てくるなら、いま日本に起きている異常現象は必ず減っていくのです。
必ず減ります。何度もいいますが、そのような現象をすでに私は何度も現しているからです。
多くの人は、それが分かっているはずなのに、なぜ誰もやろうとしないのでしょう。この教えの勉強をです。
なぜ、自分のことばかりしているのですか。
それではあまりに無責任ではないでしょうか。すべての異常現象(災い)を止められる教えがここにあるのにです。
まだ理解できませんか?この教えの偉大さがです。
では、どれほどの現象が現れれば、この教えの偉大さが理解できるのでしょう。それをききたいくらいですが、このブログを見ている人たちが動けば、どれだけ多くの人を救うことが出来るか知れません。
心変わりしてもらうしかないのです。それが自分自身にとっても、多くの人にとっても、一番の幸せであるからです。(それが正解であると死んだ後でないと分からないようになっています。ここが難しいところなのですが〔だから心の修行になるのですが〕起きてくる現象で、それが正解か不正解かは分かるはずですが、唯物論が染み込んでいる人たちにはなかなかそれが理解できないようです)
今このブログを見ている人たちを例えていうなら、大きな川のほとりにある大きな街に住んでいる人々と同じなのです。
その街は仕事場から遊びまで何でも揃っているところなのですが、その街の人々は、その街にあるものにしか興味がなく、それ以外のことにあまり興味を示しません。
それは人命にかかわることであっても同じなのです。
その街に住んでいる人たちは、街にある仕事や遊びにばかり夢中になり、横の川では多くの人がおぼれて困っているというのに、そのことには無関心で助けようともしません。
そういう人たちをほっといて自分たちのことばかりしているのです。
その人たちは、その川でおぼれている人たちを見るには見て「頑張れ」と声をかける人もいますが、ほとんどは無関心で、何とか自力で川から上がって来た人には手を差し伸べる人もいますが、そういう人も本気でその人たちを救う気があるわけではなく、あくまでパフォーマンスとしてそれを行っているにすぎないのです。
なぜなら、その人たちが本気で川でおぼれている人たちを救う気があるのなら、皆を救えるよい方法をその人たちはすでに知っているからです。
しかし、それを誰もしようとはしないのですから、パフォーマンスといわれても仕方がないのです。
その人たちは川でおぼれている人たちを救うよりも、自分たちがしている仕事や遊びをすることの方がよほど大事で楽しいことであるからです。
もし、こういう人たちがいたとしたら、このような人たちの態度は正しいことなのでしょうか?
川でおぼれている人たちを救うより、自分たちのしている仕事や遊びの方が大事、そういうことをしていて果たしてこの人たちによいことが起きるでしょうか?
天なる神は、そのような自分のことしか考えない自分本位な人たちを気づかせようと、様々な現象を与えます。しかし、その人たちは何が起きても自分たちが悪いことをしているとは気づかないのです。
いつまでたっても起きてくることをすべて偶然でかたづけ、自分のことばかりしているのです。
このような人たちは最後にはどうなるのでしょうか?
まさかこういう態度を取っている人たちが、そのまま自分たちの人生をまっとうするとは誰も思わないでしょう。〔苦笑〕
人が困っているのを無視して、自分たちのことばかりやって楽しみ、困っている人たちを助けるふりだけはしますが、本気で助けようとはしない。(ほんと偽善者です)そうして神の気づきの現象まで現れているのに、それまで無視しているというのですから、こういう連中は、最後には横の川などが氾濫して神に滅ぼされる、と誰でも思うでしょう。
第三者の立場に立つと、そのような大きな間違いがよく分かるんですが、もうお分かりだと思いますが、これと同じことをしているのがこのブログを読んでいる人たちなのです。
これだけ日本には天変地変が起きているのです。
それにもかかわらず、それを止められる方法を知っていて(まさか今さらそんなの信じないとはいわせませんよ。自分が信じていないようなものを何年にもわたり毎日のように見ているのはおかしいからです)それを一切しようとせず、自分のことばかりしているのです。
この私のブログを読み続けている間にも多くの天変地変が起こり、多くの人が被害を受けているのです。それが分かっているのにこの教えを実践しようとせず、伝えようともしない、自分のことばかりしている。
それでは川でおぼれている人たちに無関心で自分のことばかりしていた、先ほどの例え話の人たちと同じなのです。このブログを読んでいる人たちは、そのような人の道から外れた行為をずっとし続けているのです。
だからいいことが起きないのです。
目の前の川で人が目の前を流されて行くというのに、手さえ差し出そうとしない、これは善でしょうか?それとも悪なのでしょうか?
そんなの誰だって分かります。悪なのです。
それと同じ行為をこのブログを見ているほとんどの人たちはしているということです。このブログを見ている人たちは、人を救えるチャンスがいくらでもあったのに、それを一切しようとしなかったのです。
では、本当に悪かったのは一体誰なんでしょう。
このブログを書きいろいろな現象を現した私なんでしょうか?それとも、そのような現象を見て、そのような現象は止めることが出来ると(何度も)教えられたにもかかわらず、それを無視し続け、その間にも多くの現象が現れ多くの人を見殺しにした、このブログを見ている人たちなのでしょうか?(このブログを見ている間だけでも天変地変などで多くの人が亡くなっているのです。その天変地変を止められるのに、止めようとしなかったのはこのブログを見ている人たちです。〔私ではありません〕では、このブログを見ている人たちは、その天変地変で亡くなった人たちを見殺しにしたのと同じなのです)
まあ、それでもお前(私)が悪いという人もいれば、自分たちが悪かったという人もいるでしょう。(少しはです。〔苦笑〕)
しかし正解は、このブログを見ている人たちが悪かったのです。だから、自分たちに悪いことが起きているのです。(私は悪くないから奇跡が起きているのです。それが答です)
人を救うチャンスがあるのに、それをしないのは悪です。そういう悪を重ねているから神から気づきの現象を次々に現されるのです。
このブログを見ている人たちは自分さえよければそれでいいのですか?
それではあまりに愛がないでしょう。
心を入れかえ、この教えを勉強し流布することに協力してくれませんか?そうすればその罪も許されるからです。
(もう罪人ですね。このブログを見ている人たちはです)



人目の訪問者です。

タクシーでの出来事で更に驚いたことがあるのです。運転手さんが地主さんであったのです。その方の話は「綺麗に整備された環境ですね。昔、山があり親父と木を切りに来て炭を作ったものです」というのです。続けて「先代の社長さんが売って欲しいと頭を下げられてね。自治会にも寄付を沢山頂き良い会社で良かったです。こうして整備されている環境を見ると良かったと思うしとても嬉しいです。」そう言っうのです。こうした生業にしていた山を売って頂き会社があると思うと心に響くものがありました。もちろんこの話は私が入社する前の話でありもしかしたら今の社長も知らない事なのかも知れません。そのような話を一社員が聞くこと自体が奇跡的な事であると思うのです。そして今回この話が聞けたのも腰が不調でありタクシーに乗ったことがあったからでありそのような布石を頂いたような感じさえもします。そうした事を振り返ると、会社がどうの社長がどうのこうのって思う自分が何やってんだろうと思いましたし、仕事をする事の意義であるとか感謝することの奥深さを改めて知ることとなり本当に良い順を頂いたと感謝しています。このような地主さんの思いもあり社長さんがいて仕事がもらえ生活ができている。又この法の勉強もできるのです。それが現実であるならばそのような方々に敬意を払って仕事をすべきであり、感謝をすることが至極当然であると思いました。いよいよ時期も師走になり今年一年の終わりには誠に善き気付きであり反省と感謝を通して新年への新たな心の切り替えとなり飛躍の年を迎えることができるよう気を引き締めて努めたいと思います。
やはり神の導きであったのですね。
よかったですね。知らなかった会社の歴史を知ることが出来てです。(笑)
そういう会社で仕事が出来ることに感謝して、これからも頑張ってください。