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12月 04 2017

男の生き方

11:02 AM ブログ

だから男であるなら、周りがどう思うが正しいことなら一人でもやる、というそのような気概は必要なのであり、それを実践しているから私たち(私やウナッシーさん)には奇跡が起きてくるのであり、男はそういう心を忘れてはいけないのです。

周りばかり気にして、皆がしているのなら自分もやろう、皆がやらないのなら自分もやらないではなく、それが正しいか正しくないかを自分で判断して、自分が正しいと思うのなら、他の人がどうであろうが自分はやるべきなのです。

それが男の心を磨く、男を成長させる道であるからです。

最近は多様性をいわれ、あれも認めろこれも認めろと、何でもOKのような風潮になりましたが、その多様性の中に間違ったものも入っています。

いろいろな人がいるから何でも認めるのではなく、特に男は、よいものはよいが悪いものは悪いという正しい判断が出来るようにならないといけないのです。(前に書きましたが、男が先で女が後だからです。先の男が間違えると後の女も間違えるからです)

その正しいことは、男は男としての進むべき道を進み、女は女としての進むべき道を進まないと分かってこないということです。

今のように男の進む道なのか、それとも女の進む道なのか分からないあやふやな道を進んでいるようでは、正しい判断はいつまでたっても出来ないということです。

神は人間を男と女に分けてつくられているからです。

では、それぞれに使命、役割があるのであり、それにあわせた教育をしなければ、当然ではありますが、その使命、役割には気づきません。

だから、それぞれ男女の教育はすべて同じで出来るわけがないということです。同じ教育をされては、別々の使命、役割にはいつまでたっても気づかないからです。

それを男女平等の名の下にみな同じにしてしまったから、今のように男らしくない男が増えてきたのであり(それでは男の使命と役割は果たせません。男としての使命、役割が果たせなければ正しい判断も出来ません)昔のように小さな時から男は男としてしなければいけないこと、女は女としてしなければいけないことは、やはり別々に教えるべきであったのです。

男と女を同じように教えるものと、男と女を分けて教えなければいけないものがあるのに、それを最近は男と女のそれぞれしなければいけない教育を無視して、男女を同じように教えてしまった、その結果、男のような女や女のような男が増え、同性愛まで認め始めたため、今のような性別など二の次の男なのか女なのかよく分からない、化け物のような人々が増え出したのです。

しかし、神は人間を男と女につくられたのであって、それ以外の人間を認めていません。(神が同性愛を認めているのですか?認めていないから神はソドムとゴモラの町を七大天使を遣わして滅ぼされたのです。日本も同性愛者が増えるのなら七大天使に滅ぼされるのです)

では、今のように多様性などといって神が認めていないものまで人間が勝手に認めれば、そのような人たちには当然天罰がくだります。

だから、続々とその天罰がくだっているのです。(日本だけではなく世界中にです)間違っている人があまりに多いからです。

その天罰の対象の一つが、今のような神がつくられた男と女をグチャグチャにする(男女平等)という教育の仕方です。

だから、左翼(日教組)のいうような教育の仕方を、いつまでもしていてはいけないのです。そのままでは罰が当たるからです。(間違ったことをしているからです。だからもう当たってますけどね。多くの罰がです)

だから昔のようにです。男と女と別々に教育するところと、男女を一緒に教育するところはちゃんと分けないといけないのであり、そうして男は男らしく、女は女らしく(だいたいこういう言葉自体、最近は死語になりました)なっていかないと、このような時代になると、今のように頻繁に悪いことが起きるようになり、そうしてその悪いことを平気で人のせいにするようになるということです。

自分が間違っているということが理解できないからです。(これが多様性の怖いところです。何でもよいというものですから、正しい判断が出来なくなるのです)

しかしまあ、今さら大人に教育が悪かったといっても仕方がないのですから、そういう間違った発想は早く反省され、あまり多様性という言葉に騙されないよう、正しいものは正しいし、間違っているものは間違っているという、正しい判断をしていってもらいたいものです。

そうしないと何度もいいますが、天罰がくだる時代にすでになっているからです。

だから、今回、男のことだけに絞って書くなら、男は男として正しく生きないと、正しい判断は出来てこないのであり、男であるなら、最初に書きましたが、自分一人でも正しいことはするという気概を持たないといけないのであり、そうして男なら(若い時は仕方がありませんが)三十すぎたら、日本のことや世界のことまで考えて行動できる広い心を持たなければいけないのであって、いつまでも自分のことばかりやっていてはいけないのです。

それには普段から大きな考えを持っていなければいけないのであって、だから、あまり細かいことばかり気にしていてはいけないということです。(この辺り多いですから、そういう細かいことばかり気にする男の人がです。〔苦笑〕)

このように二、三あげるだけでも男の生き方と女の行き方は違います。(とはいえ、別に女だから日本や世界のことを考えなくていいといっているわけではありません。その主たる考え方が違うといっているだけです。男は外〔世界〕を女は内〔家庭〕を主に考えないといけないからです。そういう別々の使命が男女にはあるからです)

だから男ならです。あまりセコイことはしない方がいいでしょう。それでは心は広がらないからです。(苦笑)

大きなことをしないと男は心が広がっていきません。それにはこの法の協力は最適なのです。

この法が世界に拡がれば世界中の人々が救われていくからです。(ねっ、これ以上世界に貢献できることはありません)

男であるなら、たとえ一人でも正しいことをしませんか?(法の協力以上の正しいことはありませんよ。なんせ、奇跡が次々に起きているのは法を実践している私たちだけなんですから)

そうしない限り、男は成長していかないのです。

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