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12月 14 2017

結婚初夜に夫に性病を移された女性②

10:57 AM ブログ

こういう女性に対し、正法(法)ではどういう解決方法を取るのでしょうか?

同じく正法誌の1980年十月号から抜粋します。

<ある教師夫人の手紙

先月号に「正法は一体これをどう指導するのか」ということである教師夫人の手紙を載せておいた。

(中   略)

この教師夫人の手紙のように、夫は自分が浮気するだけでなく妻にも浮気をすすめる、という人に対して霊能に偏った考え方をする人たちはそれは憑依霊のせいであるというであろう。しかし、この問題は憑依霊のせいではない。性に対する心理的なコンプレックスである。

われわれが人を見る場合、過去が立派であったという人はそれはそのまま讃嘆(さんたん)すればよいが、過去に失敗した、罪を犯したという人があったとしたらその人の過去の失敗や罪によって現在のその人を評価してはならないのである。愛とは相手の欠点を温かく真綿で包んでその傷にふれず、その人の本当の魂を見つめていくことである。どんな人もみな神の子である。

過去の失敗によって現在のその人を悪い人だと見てはならないように、自分自身についても過去に失敗したからといっていつまでも自分を罪人だと思ってはならないのである。人の罪を赦すと同時に自分自身の罪も自分で赦さなければならないのである。

過去にどうあったかということによってその人を評価することはやめなければならない。その人が現在どうあるかということを大事にしなければならないのである。

私はその教師夫人にあって次のような話をした。

「あなたはこんなひどい主人はいないと思っていられるでしょうが、ご主人に浮気をさしているのはあなたなのです。結婚初夜の晩にご主人に性病を移されたあなたの悲しみがどんなものであったか、男の私でも想像できます。そのことでご主人はあなたに大きな負い目を感じてしまわれたし、妻に性病を移したという罪悪感を持ってしまわれたわけです。

あなたはそれ以来、ご主人を拒否してしまわれた。妻に拒否されてしまった男はどこかにか掃け口をみつけることになります。金があれば金で女を買うでしょう。金がないとなれば自分たちの行為を自分たちで正当化する理由をつけてどこかで発散することになります。

悪いと知りつつ自分を正当化しようとすることがどんなにつらいものであるか。女に弱目を見せたくない男は虚勢を張るものです。どんなに愛する努力をしても妻がその努力に対して喜びの表現をしてくれない場合、男は、自分には妻を愛する力はない、自分は妻を愛する資格はないと思うのです。愛するがゆえに別れたくないと思っている夫は、自分の行為が妻を喜ばせることができないならば、妻の喜びのために妻が喜ぶ自分以外の男性を妻に提供しよう、そういう機会をつくってやろうと思うのです。酔ったご主人を送ってこられたその友人と関係せよと迫られたということは実はご主人があなたを心から愛していられるその愛の倒錯した表現なのです。普通の人は表面だけを見て心の奥にどういう心が働いているのかを知りません。

夫が自分の代わりに妻を満足さしてくれる男を選ぶという場合、その男は自分の分身として自分でも好感を持つことが出来る男性を選ぶのです。

自分の血も肉体も汚されたという悲しみと怒りとがあなたの心の中にはあるでしょう。実は夫を赦さないあなたの心があなたの家庭を暗くし、娘が男の人と家出したというその原因も実はあなた自身がつくってしまったのです。四回も手術して自分の身体はずたずたになってしまったと思っていられるでしょう。しかし二人も立派な子供さんが生まれていられるということは、既にその病気は治っているということではないでしょうか。

われわれはこの肉体を使い、この地球という環境で魂を偉大に成長させるために生まれてきたのです。死んだ時に一番最初にあの世の入り口できかれることは「あなたは、どれだけ人を愛してきましたか」ということなのです。愛の行為こそが私たちの魂を偉大に成長させるのです。この肉体は、愛の行為を実践することによって魂を成長させるための道具なのです。肉体をどんなに清潔に保ったとしても、心が暗かったら地獄行きです。この肉体がどんなに性病菌によってずたずたに汚されて灰になったとしても、自分をご主人の前に完全に投げ出されることによってご主人の心が満たされ、ご主人のそういう行為がなくなり、ご主人の心が安らかさに満たされたとしたら、その方が人生の勝利です。あなたが自分のすべてをご主人の前に投げ出されれば、そこから家庭の中に明るさが甦り、娘さんの問題も全部解決します」

「しかし、先生、私の身体はもう主人を受け入れることは出来ないのです。身体が固くなってしまっているのです」

「それはあなたの夫を赦さない心の固さが肉体の固さとなっているのです。赦す心になれば肉体はやわらかくなります。われわれは魂を磨くためにお互いに相手を選んで生まれてくるのです。肉体はどこでどういう方法で朽ちて灰になってもいいのです。魂が救われて魂が生まれてくる時よりもひと回り大きく成長していけばそれで人生の目的を達したことになるのです」>

追伸…昨日はたくさんの人に待ち伏せされました。(苦笑)

小、中学生の団体さんが(三~六人)三、四組、それにオッちゃんが二、三人でしょうか。

昨日など庄内川から歩いて帰って来る三、四十分の間だけでそれだけいました。もう相当出ているのではないでしょうか?危ない現象がです。

しかも大人から子供までです。

もう分かりますからね。待ち伏せしている連中はです。だから先に声をかけるのです。

昨日など暗いところに座って(夕方の六時頃でしたのでこの時期はもう真っ暗です)資料を見ているオッちゃんがいました。(この寒いのにです。だいたい、そんな暗いところでは資料が見えないでしょうし。〔苦笑〕)

その向こうを見ると中学生たちが三人かたまって話しています。暗いところで資料を見ているおっちゃんといい、暗い中でかたまって話している中学生といい明らかに不自然です。(苦笑)

だからそちらに向かって歩きながら「あんたらみたいな人たち見たこともないけど、見たこともない祈ったこともない人たちに何かあっても俺のせいなのか。悪いことをみな俺のせいにしているようだけど本当に大丈夫か」と声をかけます。

そのとたん、ビクッとして、何か私にしようとしていた人の動きが止まります。そこで畳み掛けます。

「人のブログを読んでいながら、感謝もせず、嫌がらせなどしていたら悪いことは起きるぜ。あなたたち自分のそういう行いを考えたことがあるのか?」「もう心が汚いと悪いことが起きるの。そういう時代なの。心が汚いにもかかわらずそんな行いまでしていたら、悪いことは起きて当然だろう。それが何で俺のせいなんだ」「いちいち、自分たちに何か起きたからと俺のところに八つ当たりをしに来ても悪いことは止まらんぜ。お前のせいではなく、助けてくださいなんだよ。もう汚い心のままでは悪いことが次々に起きる、そういう時代になっているからな」「人のブログを読んでいるのならもっとしっかり読めよ。自分たちが間違っているから悪いことが起きているんだぜ。こっちは正しいから奇跡が起きているんだ。とりあえず、心を救われた者には感謝しないといけない。そういう自分たちの態度をまず改めないといいことは起きんわな」

と立て続けに話しました。

そういう話をしながら歩いていくと、そのオッちゃんも中学生たちも嫌がらせをしたくても出来ないようで(自分たちが悪いと分かるので)少々かたまっているようでした。

しかし、段々増えていますね。こういう人たちがです。(プラス怒っている人、プラス引いている人ですから)しかも、昨日など子供の待ち伏せがこれだけ多いというのですから、もう大人だけではなく子供にまで恐ろしい現象が次々に現れているということになります。

この法を実践している私たちのような心にならない限り、悪いことは止まらないのですが……それでもまだ自分たちの態度を変えようとはしませんか?

頑なに「お前が悪い」を続けますか?

しかしそれでは、悪いことは起きてもよいことは起きないのです。(そういう態度がいかに間違っているのか?明日のブログを読めば分かります。そういう責任転嫁の間違いを園頭先生がしっかり解説してくれるからです)

子供も(私のブログを読んでいる子供が多いのだから)私にあったら頭ぐらい下げて感謝しないといけない。(最近はこういう子供はゼロではありません。ほんの少しですがいます。そういう〔心の〕子に悪いことが起きることはないでしょうが、大半は私の顔を見ると怒って嫌がらせをしてきます。これでは子供に起きる悪いことは止まらないでしょう。その子たちは大間違いをしていて心が悪いままであるからです)

大人はもちろん、感謝して布施くらいしないといけない。(ほとんどの人が私のブログを読んでいるのですから)

それが災いが起きない秘訣(ひけつ)なのです。

それが出来ないというのであれば、何が起きても私のせいにしないでください。(いちいち私のところに来られても迷惑です…嫌がらせしかしないんだから)自分の行いが悪いからです。(どこかの会社も人が変わったように静かになってしまいました…相当やばそうです。〔汗〕)

よい行いをしない限り、よいことは起きてきません。自分のことだけしていても悪いことは起きるのです。(自分のことだけしているなど悪いことだからです)

よい行いをしませんか。それ以外救われる道はないからです。

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