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1月 19 2018

愛と調和と中道

10:39 AM ブログ

今日は朝からサイレンがたくさんきこえていました。近くで火事でもあったんでしょうか?

同じように朝から怒っている人たちもたくさんいるし、相変わらずこちらは荒れ模様なのですが、この辺りだけではなく、来週からはまた猛烈な寒さとなり十年に一度の大雪になるところまであるとか。(十年に一度って…。〔汗〕)

荒れた天気はまだまだ続くようです。(無反省な人が多いですから)

昨日は堀川に行ってきたんですが、その帰りに一人の男子小学生とばったり会いました。(四年生くらいの子です)

その小学生は、少し前から何度か堀川の帰りに会ったことがあるんですが(下校時間が合うとです)私が唯一話が出来る小学生なのです。(その小学生も最初は私に嫌がらせをして来たのですが、私が懇々〔こんこん〕と話をしたら、最後は「すいませんでした」と謝って頭を下げて帰っていったものですから、それから堀川の帰りに会った時など、ちょこちょこ話をするようになったのです)

その小学生と昨日久しぶりに会ったものですから、少し話をして、家がこの近くだというので「分かった。じゃ、頑張って帰ってくれ」と肩をポンと叩いて別れたのですが「はい、さようなら」とその小学生は元気よく帰っていきました。

その小学生と別れた後です。私はその小学生が通っている小学校と同じ小学校(船方小学校)に小さい時に通っていたのですが(三年生までです。その後、引っ越しました)その小学校に通っていた時の前田という名前の先生のことをふと思い出したのです。

その当時、前田先生は船方小学校では一番有名な先生であったのです。

有名というか、生徒の間では一番人気のある先生がこの前田先生で、その一番人気がある前田先生が私が三年生の時にクラスの担任になったのです。

もう私たちのクラスは生徒全員、大喜びでした。(笑)

何でこの先生がそんなに人気があったのか?

もう時効ですので書いておきますが、この先生は自分の担任のクラスの生徒全員に菓子を買ってくれたり、夏の暑い日などアイスクリームを買ってくれたりするものですから、それで人気があったのです。

今なら考えられないでしょうが(その当時もそんな先生は他にいませんでしたが)この先生は、自腹でクラスの子全員に菓子やアイスなどを授業中に買ってくれるのです。(業者に頼んで学校まで届けさせていました。授業中にですよ。〔笑〕)

そういうことを度々していたから、生徒に大人気で前田先生のことは生徒間では噂になっていたのです。

まあ、今こんなことをしたら非難ごうごうで大騒ぎになるのでしょうが(えこひいきだとかいわれてです。〔苦笑〕)しかし、勉強嫌いだった私のような者でも前田先生が担任であった時は学校に行くのが楽しみで、学校に行くのがこれだけ楽しみだった時は、後にも先にもこの時だけでしたね。

後はもう嫌な時の方が断然多かったです。なんせ、勉強嫌いだったものですから。(笑)

まあ、こういうことがいいか悪いかは別にして、昔はこのような愛のある先生もいましたし(だからといって、前田先生は甘やかしてばかりの先生ではありませんでしたよ。授業中に話していてひっぱたかれたこともありましたし。そういうのも含めて楽しかったのです)またそういう話をきいても、めくじらを立てて今のように、えこひいきだの、あのクラスだけ特別だの、そういう小さなくだらないことをいう人も少なかったのです。(ゼロではなかったですけどね。そういう人がです)

生徒間でこれだけ噂になっていたのですから、学校中の人が(だから先生もということです)そのことは知っていたのです。

しかし、前田先生が問題になったことはありませんでした。

たまに「何であのクラスだけ」などという親がいて、それで校長先生に前田先生が注意されたということはありましたが(だから、授業中にアイスを食べたとか、そういうことはいうなと前田先生は生徒たちにいっていました)休み時間などに他のクラスの生徒が、そのクラスの担任の先生に「先生も前田先生みたいに生徒に菓子を配ってよ」などといって、その先生が「俺そんなに給料が高くないから無理だわ」とかいって笑っているくらいでした。

私が何をいいたいかといえばです。昔はこのようにおおらかであったということです。学校から何からすべてです。

しかし、今はどうでしょう。小学校などで、いま前田先生みたいな人がいたらつるし上げを食らうでしょう。

何でも四角四面で息がつまりそうです。

夏休み明けや冬休み明けに学校が嫌でよく生徒が自殺するのも、そういう面白みのない四角四面のところに問題があるのではないでしょうか。

あまりに愛がないのです。どのような世界にもです。

それは、いま問題になっている映画界のセクハラ問題でもそうでしょう。

たしかにセクハラは問題ですが、しかし、そのようなプロデューサーや監督、同じ俳優仲間には自分もお世話になったのです。

そういう人たちがいたから、今の自分はあるはずなのに、そういう感謝はせず(この辺りの人たちみたいです。〔笑〕)ずいぶん前のことまで許すこともせずにほじくりだして問題にするのはどうなのでしょう。

やはり、そのような問題もあまり極端にいい過ぎるのは愛がないのであって、ほどほど(中道)にするのがよいのではないでしょうか。

お互い様という部分は誰もあるからです。(だから、このセクハラ問題を批判している女優さんが一人、二人いますが、なかなかこういう時に声はあげにくいものですが〔ご自身も同じ女優であるからです〕ああいう方々は愛のある立派な方々であると思います)

それは日本も同じで、大相撲の問題でもあれほど騒ぐことなんでしょうか?(細かいとこまでです。〔話題だから乗っかったという部分はマスコミはあるんでしょうが〕)

しかし、あれも一人の親方があそこまで黙らなければここまで大きな問題となっていなかったように思います。

法の観点から見れば(愛、調和、中道)やはり黙っていた親方が、もっとはっきりいいたいことをいって、堂々と改革を進めるなら進めるでやってほしかったですね。

あのようなやり方は、調和できるようなやり方ではなかったからです。

昔は、わざわざそんなことをいわなくても、愛や調和や中道、そうして許しということは皆さんわきまえて、そのような中で生活していました。

だから、天気もこれだけ悪くなかったし、異常現象など起きていなかったのです。そういう(ほどほどの)心の人が多かったからです。

しかし、最近は、そのような大事なものがことごとくなくなり、愛も調和もなく、極端で許すこともしない、そのような人が増えてきました。

だから、このような極端な天気にもなり、異常現象も次々に現れているのです。

人としての大事な心(愛と調和と中道)を多くの人が忘れてしまったからです。

その心をもう一度思い出しませんか?

それ以外で今の異常現象を止める手立てはないからです。

追伸…昔は小学校など一クラス四十人ほど生徒がいたのです。(今は少子化でそんなにいないとききましたが)そのクラスの生徒全員にアイスを配る。(夏の暑い日などほんと嬉しかったです。当時はもちろん教室にクーラーなどなかったですから。そういう暑い中で食べるアイス。最高でしたね。〔笑〕)

一個百円として四十人で四千円。

そういうことを月に何度か前田先生はしてくれていました。いま考えると、決して安くない出費であったと思いますが、その出費以上に生徒の喜ぶ顔が嬉しかったのでしょう。

そういう愛のある先生もいたのです。

またそういう先生がいたから勉強嫌いの私でも学校に行くのが楽しみだったのです。

物につられようが何につられようがよいではないですか。バカな小学生が一人でもやる気を出すならです。(笑)

そういう愛のある先生が少なくなったから、自殺する子供も増えているのでしょう。

そのような愛を実践しないことには、この世は殺伐としよいことも起きなくなるのです。今がまさにそのような状況でしょう。

せっかくこのブログを読んでいるのです。もう少し愛を出す実践をされてはどうですか。

そうすれば(災いどころか)奇跡が起きてくるからです。

2コメント

2 コメント to “愛と調和と中道”

  1. ウナっしー2018/01/19 at 8:10 PM

    昨日の続きですが、私の職場の上司さんはとにかく素晴らしく成長されています。私が注文をつけるのは大抵、部下に対する上司の態度であるとか上司として口のきき方にです。それを指摘すると必ず怒って文句を言い放つのですが、翌日にはきっちりと修正してくるのです。もちろん全てではなくご自身が認めた部分だと思うのですが、それにしても翌日には直してくるスピード感といい、取り組み方には頭が下がります。ですから、返って私自身の方が何だか注文をつけるだけのことしかできていない、上司さんと比べるまでもない赤面ですね。こればかりではありません。実は他にも似たようなことはあるのですが、何気ない場面から心の反省が沸き起こるそんなことが多くなっているように思えます。

  2. gtskokor2018/01/19 at 9:50 PM

    神は様々な形を取って導いてくださいます。
    上司の方を通してウナッシーさんを導き、それと同時にウナッシーさんと縁のある上司の方も導く、神の愛の深さを感じますね。

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