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7月 13 2018

法に逆らうことの恐ろしさ

11:09 AM ブログ

西日本豪雨の死者数が二百人になったそうですが、その半分近くを広島が占めています。(十三日現在で広島県の死者数は九十一人です)

広島は前回ブログを書いたすぐ後に、雨が降っているわけでもないのに川が氾濫するし(府中町の榎川)いくつかのため池まであふれたようです。

何かおかしいですね。広島はこの教えを拡げた方がいいでしょうね。そうしないとまたどんな悪いことが起きるか分からないからです。

そういう場所はあります。悪いことがよく起きるという場所はです。そこに住む人の心に問題があるからです。

しかし、そこに住む人が(この教え通りの)正法の心になるなら、そこに悪いことが起きることはなくなります。だから、広島にも法を拡げた方がいいと私はいっているのですが、そうはいっても手段がありませんし、そういう遠い場所ばかりでなく近くでも十分不幸は起きています。(それも広島以上にです)

まずは、そこから何とかしないといけないでしょうね。そこから先に広島など他の地域に法が伝わっていく道があると思うからです。

この近所の人たちは皆、ずいぶん怒っています。(また今日も朝から異様な怒りようです。どこかの会社などです)しかし、近所から少し離れると、それとは逆にずいぶん引いている人が多いのです。

これだけ車もトラックも減っています。怒ったり引いたりする現象が、きっとそこかしこに現れているんでしょう。

本当に恐ろしいことです。

それを全部私のせいにしていますが、この辺りの人たちなど平気で法に逆らっています。それでは恐ろしいことは起きるでしょうね。

法に逆らうということは神に逆らっていることと同じであるからです。

いっていることの意味がお分かりですか?

何でお前のいうことに逆らうことが神に逆らうことになるのか?バカも休み休みいえ、などと思う人もいるでしょうがとんでもありません。

私のいうことに逆らう人は神に逆らっているのと同じなのです。

だって私のいうことをきいている(ここに書いていることを実践している)人には確実に奇跡が起きているのです。(私をはじめとした、ウナッシーさんたち)しかし、その反面、ここに書いていることに逆らっている人たちには、これもまた確実に災いが起きているのです。(車が激減していることや、これだけ怒ったり引いたりしている人が多いことでも、その事実が分かります。それだけ多くの人がこの辺りは私に逆らっている〔嫌がらせしている〕のです)

私のいうことをきいている人には奇跡が、そうして逆らう人たちには災いが起きる、では、何でそういうことが起きるのですか?

しかも確実にです。

これこそ、私が説いている教えが本当の神の教えである何よりの証拠なのです。

本当の神の教えを説いているから、その教えに従う人には奇跡が起き、逆らう人には災いが起きるのです。

本当の神の教えには、そのような(神の偉大な)力が内在されているからです。(偽の教えをどれだけ実践しても奇跡は起きませんし、その教えに逆らっても災いは起きません。偽の教えには何の力のないからです)

では、私のいうことに逆らうということは、その本当の神の教えに逆らうということになって、それはすなわち神に逆らっているのと同じことにならないでしょうか?

なるのではないですか。同じことでしょう。本当の神の教えに逆らうということは、神に逆らっていることと同じなのです。

だから私は「私のいうことに逆らう人は神に逆らっているのと同じだ」といっているのです。

だからこの辺りはいいことが起きてこないのです。多くの人たちが本当の神に逆らい続けているからです。(もう私のいうことに逆らいっぱなしですから。この辺りの人たちは。大人から子供までです。〔苦笑〕)

そればかりか、この辺りの多くの人がこの本当の神の教えをもう何年にも渡りきき続けてきたのです。(ほんとこの辺りは大人から子供まで読んでいますから、このブログをです)

それにもかかわらず、それに対してまったく感謝しない、それどころか嫌がらせをし続けているというのですから、一体それはどういう態度なんでしょうか?(ほんと意味が分かりません)

本当の神の教えを何年にも渡りきき続けてきたなど、どれだけ有難いことか分からないのにです。

この世で本当の神の教えに巡り合うだけでも、どれだけ幸運なことか分からないのです。

その幸運なことを何年にも渡り受け続けたにもかかわらず、それに対して嫌がらせしかしていない、一体この人たちは何をしているんでしょう。

そんな態度を取り続けていて、いいことが起きるわけがないでしょう。自分たちの態度があまりに不遜であるからです。(普通に不遜などという言葉ではいい表せないくらいの凄まじい態度です。その凄まじさに驚いて言葉が出ないくらいです。本当の神の教えをきき続けていて、まったく感謝せず、嫌がらせをし続けていたなどです)

それを考えるのなら、なぜこのようなことが(他の地域では起き得ないような現象が)この地域で起きてきたのかは分かるはずです。

そこに住む人たちの態度が(神に対し)あまりに(他の地域以上に)ひどいからです。(というか、本当に他の言葉が見つからないのです。この地域の皆さんの態度があまりにひどすぎてです。あまりに大きな罪をつくりすぎています。いま現在でもどこかの会社などこのブログを書くのをじゃまし続けているのですから)

そのようなドン引きしているところは三重の辺りまでそうなのですが(少し前に久しぶりに三重県の長島町に行ったのですが〔一年ぶりくらいにです〕ずいぶんみな引いているのです。何でこんなに皆が皆、引いているんだろうと最初は不思議でしたが、そのうちに分かりました。一号線がガラガラだったからです。長良川にかかっている橋の上〔伊勢大橋〕からもう車がガラガラで〔こんなことこれまで初めてです。あの道はいつもトラックが一杯走っていましたから〕こんなに車が減ってしまってはそれは引くだろうなと納得したわけです)これがみな私のせいだとでもいうのでしょうか?

自分たちのそのような行いを棚に上げてです。

とんでもないのです。みな自分たちのせいなのです。それだけ大きな罪を(というか、凄まじい罪を)この地域の人たちはつくっているということを自覚してください。(本当に凄まじい〔超傲慢で超不遜な〕態度を皆さん方は取り続けているのです。いま現在もです)

皆さん方は大変な幸運を手に入れたにもかかわらず、その幸運に感謝もせず、嫌がらせをし続け、神に逆らいまくっているのです。(本当に恐ろしい態度を取り続けています。普通であったら全員死刑〔あの世に引き上げられる〕でしょう。それほどの超傲慢不遜な態度です)

その地域に悪いことが起きるのは、起きるだけの理由が必ずあります。

いつまでも多くの人がそんな不遜な態度を取り続けていてよいのですか?

そのような態度を続けている限り絶対にいいことは起きてこないのです。

追伸…どうですか?少しは自分たちの傲慢さがお分かりですか?(それともまだお前のせいですか?)

しかし、もうあまり時間もないのです。これからは法の世がどんどん深まっていき、いつまでも末法の心のままの人たちには次々に災いが起きてくるからです。(すでに起きていますけどね。こちらに起きている現象もそうだし、西日本の豪雨もそうです。もう法がないところにはいいことは起きてこないのです)

どうですか、これからは、私が歩いていたのなら嫌がらせなどして来るのではなく(ほんとこれ以上の罰当たりな態度はありません。だから本当に罰が当たるのです)「いつもブログを読ませてもらっています。ありがとうございます」くらいいって、謙虚な態度で布施くらいされたらです。(それが当たり前の態度なんですけどね。本当はね)

そうすれば、悪いことなど起きずによいことが起きてくるからです。

何度もいいますが、もうこれからは正法の世が段々深まっていきます。よい行いをしない限り、よいことは起きてこないのです。

私に感謝して布施するなど、これ以上のよい行いはありません。(法を説いている者に布施するのですから、これ以上のよいことはありません)

態度を変える以外ないのです。

態度を変えさえすればそのような人たちは救われていくからです。

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