7月 16 2018
進むべき正しい道
災害は忘れた頃にやってくるといわれますが、現在の日本は災害など忘れないうちに(もっというなら災害が起きている最中に)次から次にやってきています。
本当に異常ですね。
いま現在、日本に次々に起きている異常現象など私から見たら、神の怒り以外の何ものでもないのですが、いつまでたってもこのブログを見ている多くの人たちは、それに気づかないようです。
気づいていても(さすがにこれだけ異常現象が起きたら分かるでしょうから)いつまでも知らん顔をしているのなら、どんどん悪いことが起きてきますが(もちろんあなたたちのせいでです)それでもよろしいのですか?
どれだけそれを認めなくても事実は事実です。だから、この辺りもこれだけの現象が現れているのだし、日本全体を見ても(他国では考えられないほどの)異常現象が次から次に起きているのです。
いい加減、罰当たりな態度を改めたらどうでしょう。そうしない限り、日本に起きている災いは止まらないからです。
などと書いても、今日も朝からそうです。家の前のアパートに住む婆ちゃんが(六時前ですよ)ほうきを持って、道を掃除するふりをしてバンバンほうきを地面に叩きつけていました。(ほんと朝からうるさい)
この婆ちゃんはいつもそうなのです。(自分にとって)面白くないブログを書かれると、その翌日は朝から怒って掃除にかこつけて、でかい音を家の前で何度も立てて嫌がらせをして来るのです。
八十過ぎの婆さんですが、本当に迷惑なことです。そんなに怒るなら、このブログを見なければいいのにです。(八十過ぎの婆さんから小学生まで見ている。考えてみれば凄いことですね。本当の神の教えとはです。すべての人が見るべきものであるからです)
このブログを読んで心が救われたことにはまったく感謝しないで(この婆さんに感謝されたことなど一度もありませんから)自分に都合が悪いことが書いてあると烈火のごとく怒る、こういう人ばかりです。
いつになったら、自分たちが悪かったと反省できるのでしょう。本当にまだ先は長そうです。(この辺りは小さな子供からこのような年寄りまでこういう傲慢な人たちばかりです)
怒っているばかりでなく、自分たちの責任は(自分たちの不遜な態度のせいで多くの災いが起きている)まるで感じていないのでしょうか?
だとしたら、相当無責任です。
法に縁があった人たちが、まじめに法の勉強をしないからこういうことになっているのであって(それを全部私のせいにしていますからね。この辺りの人たちはです)このような人たちが自分本位なことばかりしているのではなく、少しでもこの教えのことを考え、この教えを勉強しさえすれば自分も救われると、そうして、この教えを拡げるなら、その教えをきいた人たちも救われると、だから、やれる範囲でこの教えを勉強し拡げていこうと、そう思ってくれていたのなら、こんなことにはなっていなかったのです。
また、そういう態度を取る人たちは確実に救われているのです。(ウナッシーさんなどいい例です。ウナッシーさんは自分のやれる範囲でこの教えの勉強をして伝えています。それだけでも十分、奇跡は起きるのです)
それにもかかわらず、自分たちの責任は一切無視して、すべて責任転嫁して怒っているだけ、本当に救われません。
これほどの神の怒りを鎮(しず)めるには、法に縁のあった人たちがまじめに法の勉強をして拡げてもらうしかないのです。
そのような人たちがいつまでも法を無視し続けるなら、神の怒りは激しくなるばかりであるからです。(本当に最後は南海トラフです)
従ってください。私のいうことにです。特にこのブログをもう何年も前から見ている人たちはです。
それに、そんなに頑なに拒否しなくてもです。自分のやれる範囲で結構ですからしてくださいといっているだけなのですから(ウナッシーさんのようにです)それくらいすればいいでしょう。
そうすれば楽しいこともたくさん起きてくるからです。
別にこの教えは、あれをやってはいけない、これをやってはいけないなどという教えではありません。酒もタバコもOKです。
そうして何を食べても自由ですが、ただ、度を越すのはいけないというだけの話しであって、中道の範囲なら、何をしてもいいのです。(もちろん悪いことはしてはいけませんけどね)
そのような法に合わせた中道の生活をしているのなら、様々な奇跡が現れてきます。
何かあった時には祈れば解決の道がついてくるし、黙っていてもよい方によい方にと導かれていくのです。
よいことばかりなんではないですか。この教えを勉強すればです。
それに、仮に何か悪いことが起きても、後になってみるとその悪いことが起きたことがよかったと、あれで自分が成長することが出来たと、そう思えるような人生を送れるのです。
どこをどうとってもよいことばかりで(何かおかしな宗教の勧誘みたいで、こういういいことばかりいうのも嫌なんですが事実は事実ですから)そんなに頑なに拒否している意味が分かりませんが、そういうこと以外でも不思議で楽しい奇跡も次々に現れてくるのです。
例えば今日は海の日で、名古屋港では港祭りがありますが(だから今日は名古屋港の辺りは屋台もたくさん出て人で一杯でしょう。花火もたくさん上がるからです)その名古屋港でのことです。
少し前に私は、あそこでユーマを見たと書いたことがありますが(大きくて真黒な生き物)そのユーマの正体が分かったのです。
二、三ヶ月前の話です。名古屋港に行って海を眺めていると、前に見た黒くて大きな生き物がまた頭を出していました。
少し沖の方に二頭いて、一頭は海から出ている頭が小さいのです。だから、あれは多分、親子だろうと思ったものですから、私が岸から、その頭を出している生き物に声をかけたのです。
「お前らこっちに来い」とです。あんなに沖にいたら、どんな生き物かよく分からないからです。
すると、頭の小さな子供の方がその声に反応してその辺りでバシャバシャ泳ぎ始めました。(親の方はジッとしていて動きませんでした)
海にもぐったり、また海面に頭を出したりして段々こちらに近づいてきたのですが、そのうちに私のまん前でバシャバシャ泳ぎ出したのです。
だからはっきり、その生き物が分かったのですが、どうも見た感じ「すなめり」のようでした。
絶対にそうかどうかは分かりませんが、そこにきていた親子の生き物は多分すなめりでしょう。子供の方は私の目の前で泳いでいたので、全身が見えたからです。(しかし、前に見たのはもっと大きかったのです。二~三メートルくらいあったと思いますが…そんな大きなすなめりがいるんでしょうか?)
その子供のすなめりに声をかけていると(お前元気だな、とかです)嬉しそうに私の前を何度も何度も泳ぎまわっていました。
そのうちに親のいる方に戻っていって、そうしてもぐってどこかにいってしまいましたが、本当にかわいいものです。
私の声に反応してわざわざこちらまで来てくれたからです。
ご存知のように私には、このようことが毎日のように起こります。従って家で動物を飼う必要がないのです。
そんなことしなくても、外に出て行けば(別に家にいてもすずめなど寄ってくる時がありますし)いろいろな動物から愛をもらえるからです。
この教えを実践するなら、このような不思議な愛ある現象もしょっちゅう起きるようになります。
それはそれで楽しいですよ。そこらじゅうで動物を飼っているの同じことだからです。(そこらじゅうの生き物が自分になついている、こんな楽しい人生もないでしょう)
自分たちがしている生活がすべてではなく、それ以上の生活が、この教えを実践するなら得られるということです。
その教えを無視している、これだけもったいない話はありませんし、また、このブログを見ている多くの人たちは、この教えを勉強し実践して拡げてきますと約束して生まれて来ているのです。
そんなことは知らないではなく、その知らないことをここで教えているのです。その知らなかったことを(忘れていることを)ここで知らされたのです。
では、それをするべきではないですか。それをしないために(その約束を多くの人が守ろうとしないために)神がこれほどの怒りを見せているからです。
私がいっていることが正しいか正しくないかは、いま現在日本に起きている異常現象を知るならばもう分かるはずです。
正しい私の言葉をいつまでも無視しているから、これほどの異常現象が現れているのです。
もうこれ以上の無視は出来ないのです。無視すればするだけ、大きな現象が現れてくるからです。(本当にそうなっているではないですか。いい加減認めてください)
神の側に一歩踏み出せば、ずいぶん、楽になるのです。その一歩がなかなか踏み出せないのですが、出せば天国、出さねば地獄です。
このまま地獄の道を進むより(これだけ異常現象が起きてはねぇ、どう考えても地獄です)天国の道を進みませんか。
それこそ神の子の人間として進むべき正しい道であるからです。
追伸…私たちは進歩していかないといけないのです。同じところにい続けていても、それではダメなのです。(不幸になるのです)
園頭先生が正法誌に「人間がいくら神を否定しても、人間は神の計画、神の慈悲によって、必ず魂を進歩させなければいけないことになっているのですから、素直にそれに従う方が幸せになれるのです」と書かれています。
このブログを見ている多くの人が、いつまでも同じところにいるから、不幸になるのです。
先に進みませんか?
そうしない限り、幸せにはなれないからです。



人目の訪問者です。
