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9月 12 2011

祈りの大切さ

10:23 AM ブログ

“祈り”というと現在の日本ではお寺や神社など行き、お賽銭を上げてお参りをするというのが一般的ですが、しかし、多くの人はそれも昔からの宗教儀礼の一つで、形式的にやっているという人と、あとは自分の欲望(家内安全、交通安全、給料が上がりますように、よい結婚ができますように、などなど)を祈っているという人がほとんどで、それも祈っても祈らなくても、さほど変わらないと思っている人も多いようです。

しかし、高橋先生は「祈りとはあの世の天使との会話である」と言われておりました。正しい祈りは天に通じ多くの光の天使を動かします。ですから正しい祈りはきかれることになるのです。(逆に前に書いた丑の刻参りのように、相手を呪うような祈りは地獄界に通じ地獄霊を呼び寄せます)

多くの人の祈りがきかれないのは、それは祈り方が正しくないのか、自分の欲望を祈っているのか、のどちらかであるということです。ただ、たまに、正しくない祈りでもきかれることがありますが、それは、その人がそれをやるために生まれているからそうなるのであって、祈った通りのことが起きたからとはいえ、祈りがきかれたかどうかは、その人の祈り方と心を知らなくては分からないのです。

祈りは、お寺や神社、あるいは教会などに行って特別に祈らなくても、どこにいてもどんな時でも天に向かって祈れば正しい祈りはきかれますし、逆にどこに行ってどのような特別なことをされても、正しくない祈りはきかれることはありません。

ただ、執着の塊のような人がその執着心まるだして祈ると、その念の強さに応じて自分の祈りが(仮にそれが欲望であっても)きかれる時がありますが、しかしそれは一時的にきかれるだけで、後でそれ以上の不幸に見舞われます。(その祈りは、その人の反省を促すためにきかれたに過ぎないからです)

祈りなどしてもしなくても同じだとか、祈りを自分の欲望だけに利用することは、やはり正しいことではありませんので、祈りを軽く見ないで、祈るときは正しい思いで祈ると、その恩恵は計り知れないものとなるでしょう。

しかし、祈りもその人の心に応じてきかれることになっています。大きな祈りをするのであれば、自分の心も大きくしていかないと、その祈りも実現しないでしょう。

私が今している祈りは、このブログを通して世に法が拡がっていきますように、という祈りであり、このブログの正しさを多くの人々に様々な現象を通し証明せしめ給え、という祈りでありますので、これは正しい祈りですので当然きかれます。しかし、私の心に応じて、その祈りはきかれる(天上界の光の天使たちが動いてくれる)ことになりますので、どの程度の現象が現れるかはさっぱり分かりません。

私は前に、心の中から『おまえはまだ未完成である、発展途上である』という思いが出てきたことがありますので、大きな現象を出したいのであれば、私も自分の心をもっと磨いて広く大きくしていかなければなりません、まだまだ先は長そうです。

聖書に出てくるモーゼやキリストの祈りは凄まじいものがあります。

(天変地変を自在に操った)モーゼの大奇跡は有名ですが、キリストも癒しだけでなく、わずかしかなかったパンや魚を、数千人の人々の腹を満たすくらいに増やしてみせたり、ガリラヤ湖の嵐を一瞬で鎮めたりと、その祈りが即座に天に通じきかれています。

キリストやモーゼの祈りが私たち人間の最たる祈りであるならば、私の祈りなど、自分で祈って何が起きるか分からないのですから、まだまだ、子供のような祈りと言われても仕方がありません。

私も、もっと心を磨いて、自分の祈りがどのような結果が出て、それを自在に操れるようにならなければいけないと思っています。(それくらいにならないと高橋先生や園頭先生の教えを継ぐなどいえないでしょう)

キリストやモーゼあるいは高橋先生や園頭先生の祈りが、人類最高の祈りであるならば、それに向かって努力することは当然のことであるといえましょう。

園頭先生は、祈りに始まり祈りに終わる、という生活を続けていられました。私もそれにならい、自分の未熟な祈りに磨きをかけるという意味もありますが、どちらにしても今のままでは法も拡がらないし、長くやれそうもありません。私は何の力もありませんし、一人でやっているのですから、天に頼る以外法を拡げる方法もありません。

どっちみち天に道を開いてもらう以外、進む道はありませんので、これから何が起きてこようと道が開くまで、祈って祈って祈り続け、祈りで道が開くのであるということを証明したいと思っています。

多くの人は祈りの大切さを知りません。しかし、私たちがこの世を渡っていく上で祈りは欠かせません。(天の協力を得るということでもありますので)

自分が困った時だけ祈るとか、自分の欲望ばかり祈っても、そんな祈りはきかれることはありません。

常に正しい心で祈るということは、私たちにとって大変重要なことであり、また必要なことでもあります。正しい祈りは世の中も救い、そして自分自身の魂も向上させることになるのです。

今日は十五夜です。こんな夜は月のパワーも大きくなります。せっかくですので、かぐや姫のように月に向かって祈られたらどうでしょうか?

月のパワーを感じられるかも知れません。

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