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8月 12 2018

お盆

10:37 AM ブログ

さて、お盆も始まりました。

このようなお盆に家族、親戚が集まって、故人を思い出し昔話に花を咲かせて楽しいひと時を過ごす、時にはそのようなこともいいでしょう。

しかし、現在の日本は次々に災いが起き、毎年そのような災いで、命を落とす人、家族や知り合いをなくす人、住む家までなくす人は数知れず、不幸になる人が続出しているのです。

そういう現実を無視して、自分たちだけの昔話に花を咲かせていたところで、現実がよくなっていく(災いがなくなっていく)わけではありません。

では、どうしたらよくなっていくのでしょうか?

そういうことを、こういう時にこそ真剣に話し合うことが、自分はもちろんですが、家族や親戚のような縁ある人たちを守る方法でもあります。

どうやったら、日本に起きている災いはなくなるのでしょうか?真剣に考える時が来ています。

このようなお盆の時にこそ、本当のお盆のいわれを実践する、これもまた自分たちを守る一つの方法でしょう。

これからは本当のお盆のいわれを実践されてはどうでしょう。そうすれば、日本に起きている災いも確実に減ってくるからです。

何度か書いていますが、本当のお盆のいわれを簡単に書いておきます。(今後の参考にしてもらえれば幸いだからです)

二千数百年前の話です。

釈尊の弟子であった目蓮(もくれん)はある時、死んだ母を思い出し、そういえば母はどこにいるのだろうかと霊視してみました。(この目蓮は釈尊の高弟です)

すると目蓮の母は自分の家のすぐ近くに一人たっていました。

母は水がほしそうであったので目蓮が、その母に水を与えようとすると、不思議なことにその水が母のすぐ手前まで来るとボッと火に変わってしまうのです。

何度やっても水が火に変わり、喉がかわいているであろう母にどうしても水をやることは出来ませんでした。

それで、なぜこんなことになってしまうのだろうと目蓮が釈尊にきくと、釈尊は「目蓮よ、そなたの母はバラモンの家に生まれたため、気位が高く周りの者たちに威張りちらしていた。人から布施をもらっても感謝の心も行為もなく貧しい人を見ても慈悲の心もなかった。生に執着して死を嫌がった。そのような心のまま死んだため死後に火炎地獄に堕ちたのだ」と答えられました。

「では、どうしたら母を救うことが出来ますか?」と目蓮が続けて釈尊にきくと「母を救いたいのであれば、そなたの母が生前行わなかった貧しい人への布施の行為を一年のうちにせめて三日ほどは、そなたがやってあげなさい。そうすれば、そなたがする慈悲の行為を母が見て、自分の生前の行いを反省し、今いる地獄界より救われていくであろう」といわれました。

それから目蓮は釈尊にいわれたことに従い、一年のうちに三日の日を決めて、その三日間は貧しい人への布施を行うようになったのです。

それがいま日本でいわれているお盆の期間なのです。

元々、お盆の期間は生きている人へ布施をする期間であったのですが、それが長い年月をかけて釈尊の教えである仏教が(インドから)日本に伝わってくるまでの間に、お盆とは死んだ人へ布施すること(仏壇などにお供えをすること)と変わってしまったのです。

そういうことはままあることですが(長い時間がたつと内容が変わってしまうということなどです)しかし、本当のお盆とは生きている人に布施することこそ正しいのです。

またそうしないと本当の慈悲の心、愛の心は出てこないのです。(生きている人への布施でなければ、本当の慈悲の実践、愛の実践にはならないからです)

では、それをされてはどうですか?(貧しい人や困っている人などへの布施)そのような正しいお盆のあり方を実践する人が増えてくるなら(それは慈悲の実践をされる人、愛の実践をされる人が増えるということになりますから)日本に起きている災いは必然的に減ってくるからです。

とにかく現在の日本は神を思わず(しかも全然です)自分本位な人が多すぎます。(自分だけ金儲けして、自分だけ遊んでみたいなです)その結果が、このような多くの災いを呼ぶということになるのです。(そのような自分本位な心が災いを呼ぶのです)

本当のお盆の意味を知り、それを実践される人が増えてくるなら、日本に起きている多くの災いも減って来ることになります。(それは神理を実践することになりますから)

このお盆の期間に、少しでも正しいことを知って正しい行いをしてもらえる人が増えることを願ってやみません。

追伸…お盆とはいえ、昨日などまだやっている会社がいくつもありましたね。

昨日あんなブログを書いたのです。札つきの会社(私が通るとよく嫌がらせをして来る会社)など、さぞ怒っているのだろうなと予想していましたが、意に反し、ずいぶん引いているところが多かったですね。

これまでなら、昨日のようなブログを書いた日に通れば、必ず怒って嫌がらせをして来たような会社の連中がです。

「なんでだろう?」と不思議だったんですが、よく考えてみれば、そういう会社の連中が引いていたのも分かります。

要は、昨日のブログが『図星であった』ということでしょう。

つまり、どこもそうなんでしょう。この辺りのどこの会社も(そういう会社の連中は)血尿が出る人が多いのです。だから、みな引いていたのです。

昨日書いたことが当たっていたからです。

それはそうでしょうね。自分たちは私のブログを散々見ていながら(とういうことは、本当の神の教えを私から散々きいていながら)感謝一つせず、嫌がらせをし続けていたのです。

そんなところが、罰が当たらないわけがないからです。

では、血尿が出るような病気になる人も多いんじゃないですか。天罰覿面です。

そういうところに昨日もいっておいたのですが、そういうありえないことをしていたところは(本当にありえないことをしています。心を救われ続けている私に嫌がらせをし続けていたなどです。それでは罰も当たり放題です)その罪をまず私に詫びて、そうして感謝して布施してください、そうしない限り、血尿になる人は止まらないからです。

そういう反省が出来ないというのであれば、その会社の人たちは血尿になるような病気になる人が出続け、最後は全員、そのような病気になります。(これは断言します)

とにかく、そのような会社は不幸な道しか進まないということです。

それだけ、そこの従業員が(まあ、上の人も同じことをしていたのかもしれませんが…)していたことの罪は重いからです。(それだけ神を怒らせてもいますし)

残念ではありますが、その天罰はこのお盆の期間も出続けます。反省するなら、早くされた方がいいでしょう。天罰に休みは関係ないからです。

とにかく、本当の神の教えをきいているのに嫌がらせなどしている人たちには必ず天罰はくだります。

悪いことはいいません。早く反省された方がいいでしょう。神に逆らっている人たちなど絶対に幸せになることはないからです。

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