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8月 13 2018

見ている世界の違い

10:49 AM ブログ

台風十四号に続いて十五号も発生しましたが、どうやらこの台風も日本には来ないようで(近くは通るようですが)そうなるとまったく発達しません。

見事なまでに差別化されていますが(苦笑)こういうところからでもいくらでも気づくことが出来るのですが、罰当りな人たちは、自分たちが罰当りな態度を取り続けているということなど全然気づかないようです。

こういう人たちに神の心を伝えるなどまさに至難の業だと思うんですが、泣き言をいっていても仕方ありません。

やるしかないのです。それをしない限り(皆さんはもちろんですが)こちらの生きる道もないからです。

しかし、伝えるといっても、神の心などすぐに伝わるものでもありません。(それにしても時間がかかりすぎていますが)

だから(この辺りの人たちなど)せいぜいこれからも私を見たら嫌がらせをすればいいし、布施などもしなくていいでしょう。

そのような人たちには必ず罰が当たることになるからです。

その罰が当たらないと罰が当たるということにも気づかないからです。

最近、そういうことをして来た多くの人たちに罰が当たっているということが分かりました。やはり天は観ていてくださったのだなと改めて思った次第です。

何でそんなにどこでも怒っているんだろう?何で嫌がらせをして来た大工の連中が次に通った時には静かになっているんだろう?何でこの前、嫌がらせをして来た会社の連中が今日通ったら、これだけたくさん表に出てきて、驚いた顔をしてこちらを見ているんだろう?と、そういう人たちの態度が不思議でならなかったんですが、やっとその意味も分かりました。

そのような人たちに次々に血尿などの病気が現れれば、そういう態度を取っても別に不思議でも何でもないからです。

これまでの謎がやっと解けたのですが、しかし、それでもまだそのような(間違った)態度を続けるつもりなのですか。この辺りの人たちはです。

これだけの罰が当たっているにもかかわらずです。(それをどれだけ私のせいにされてもことは同じでしょう。私が人を病気にしていようが、それが天罰であろうが、自分たちが病気になることには変わりがないからです)

それは本人の自由ですが、そういう態度が悪いと分かっているのに(そんなこと子供でも分かります。心を救われた人に嫌がらせなどしているんですから、そういうことをしている方が悪いとです)態度を変えなければ悪いことはどんどん起きてきます。

後世の人たちに、この時代の人たちは神の業がこれだけ現れているにもかかわらず、その神の業をずっと無視し続けて罰当りな態度を続け、たくさんの天罰を食らった、まったく進歩のない愚かな人たちであったと笑われないようにしたいものです。(というか、完全に笑われるでしょうね。今のままでは後世の人たちにね)

しかし、大丈夫ですか。この辺りなど盆休みの二~三日前くらいからまた一段と現象が激しくなったように感じます。(ねぇ、そんな感じでしたよね。どこかの会社の皆さん。休み前など大騒ぎしてドン引きしていましたから)この休みの間に滅ぼされるところが出てこないかと心配です。

盆に帰ってきたご先祖様と一緒に、自分も(あの世に)帰っていったなどとなったら、シャレにもなりません。

心を入れかえ、神の心を少しずつでも実践するよう心がけてはどうでしょう。そうすることが本当の幸せの道であるからです。

しかし、昨日の目蓮の母の話ではありませんが、このブログを見ている人は、気位が高くて、感謝の心も慈悲の心のもない人が多そうです。

そういう人は死後、火炎地獄に堕ちると釈尊もいわれています。(あの放火魔のような人も火炎地獄に堕ちるんですけどね)昨日書きましたが、この盆休みなど、自分の心を振り返る絶好のチャンスなのです。

そういう傲慢なところを直して、少しくらいは人の(私の)いうことに耳を傾けませんか。そうすれば違った世界が見えてくるからです。

私が見ている世界と、皆さん方が見ている世界は全然違うのです。

例えば、この前、名古屋港での奇跡を書きましたが、もっと詳しく書くなら、目の前に無数の魚たちがいるのです。

その魚たちに「お前ら元気か」と声をかけると、あちらの場所でバシャバシャバシャと小魚たちが大騒ぎしているわ、こちらの場所では小魚たちが飛び跳ねているわ、目の前では底からより一層の魚の群れが上がってくるわ、物凄い迫力です。(水族館などでいわしの群れなど見ますが、あの数十倍、数百倍の数の魚たちが目の前で展開しているのです。凄まじい迫力です)

私の声にしたがって、魚たちがそのような態度を取っているというのですから、本当にかわいいものですが、その時そこに、なんとカモメが飛んできたのです。(まあ、数羽程度でしたが)

「あれ、やばいな」と私が思っていると、そのカモメたちは真下にそれほどの魚の群れが海面まで上がって来ているというのに、全然とろうとしないのです。

まるで下の魚など見えないかのように前を向いて飛んでいきます。

私が「お前ら魚を取るんじゃないぞ」と声をかけていると、私の方に飛んできて私のすぐ上を飛んでいってしまうカモメまでいました。

私にはかまっても魚たちには一切無視です。これもまた不思議な光景でした。

下に魚が群れをなして泳いで飛び跳ねているというのに、その上を飛んでいくカモメたちは、その魚たちをまるっきり無視しているのですから。(普通だったら、取り放題、食べ放題のはずです。〔しかも、その魚たちがまたカモメが好きそうな十センチ前後の魚ばかりというのですから〕しかし、そのカモメたちはまったく魚たちを無視していってしまったのです)

「何であのカモメたち、これだけの魚を無視していったのだろう?」

この目の前の魚たちといい、カモメたちといい、不思議なことばかりが起こるのです。

何度もいいますが、こういうことを書いていたら専門家に笑われるのでしょうか?そんなことはありえないとです。

しかし、現実に起きているのです。そういうありえないことが私の目の前でです。

また、カモメが戻ってきてもいけないなと、私は早々にその場を離れましたが(私がいなくなればその魚たちも底に戻るだろうと思ってです)こういう世界を私はたびたび目撃しています。

その点だけ見ても、皆さんと私では見ている世界が違うということはお分かりいただけると思います。

このような世界を見たくはありませんか?

最近は、このような奇跡的なことなどまるで起きずに(こういうことが起きているのは私だけでしょう)暗いことばかりが起きています。(日本のことだけ見ても天変地変ばかり起きてです)

しかし、この教えを実践するなら、このような奇跡がいくらでも起きるのです。(ここまでの奇跡はそうは起きませんが、これに近いことならいくらでも起きます。それは私の動画など見てもらえれば分かると思います)

多くの人の見ている世界が変わってくれば、それは即ち起きてくることが変わってきたということであり、そうなれば必然的に日本に起きる奇跡も増えてきます。

とりあえずこのブログを見ている人たちが心を変えてもらわなければ、他の人たちが心を変えるわけがありません。

この日本に奇跡を起こせるチャンスがある人たちは、このブログを見ている人たちだけなのです。

それでもまだ私のいうことを無視し続けるのですか?

心を変えれば見える世界が違ってきます。

心を変えませんか?そうすれば奇跡が現れてくるからです。

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