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8月 26 2018

冤罪(えんざい)

10:48 AM ブログ

しかし、本当に大丈夫ですか。この辺りの人たちはです。

ほんとそこらじゅうで怒っています。(あまりに怒っている人が多いものですからこればかり書いていますが…今日も〔日曜日だというのに〕朝から怒っている人がいました)それだけ怒っている人が多くて、それでもまだ誰も折れる人はいないんですか。

自分が悪かったと頭を下げる人はいないのでしょうか。(いやはや凄まじいですね)

本当に滅びますよ。あまりに我を張り続けるならです。

どんどん現れているみたいですね。恐ろしい現象がです。歩いている感じで分かります。申し訳ありませんが、次はあなたの番なのです。(冗談ぬきで嫌がらせをしている人たち危ないです)

「人を病気にしているお前に頭など下げられるか」ですか?

くだらない(間違った)考えをいつまでもしていると取り返しがつかなくなります。いつまでも自分たちの罪を私にかぶせていないで、早く自分たちが悪かったと頭を下げてください。

悪いのはすべて(私ではなく)悪いことばかり起きているその人たち自身であるからです。

私が人を病気にしている、と信じ込んでいる人もいるようですが(もしかしてそういう人たちばかりでしょうか?この辺りの人たちなどです)私が人を病気にしているのなら、もうとっくに私自身が病気になっていないといけません。

そういう人からすれば、私はずいぶん多くの人を病気にしているはずであるからです。

私が、それほど多くの人を病気にしているのなら(しかも、もう何年も前からです)その人を病気にしているその病気は、必ず私自身にも返ってこないといけないのです。

ではなぜ、私は何年たっても病気をしないのですか?いつまでたってもピンピンしているのでしょう。

私には因果応報(原因結果、作用反作用)という法則は作用しないということなのでしょうか?それともまだこれから、そのような法則が作用してくるとでもいうのでしょうか?

それにしても、反動が遅いと思います。私は少しでも悪いことをすればすぐにでも悪いことが自分に返って来るのにです。

他の悪いことはすぐに返って来るのに、多くの人を病気にしているというこれほどの悪いことは、いつまでたっても自分自身に返ってこない。

それはずいぶんおかしな話です。なんで、これだけの悪いことをし続けていて、それが全然自分に返ってこないのでしょう?

申し訳ありませんが、これこそ私が人を病気になどしていない何よりの証拠なのです。

もし、私がそれほど多くの人を病気にしているのなら、その反動はとっくに自分に返ってきていないといけないのです。

それほどの悪を私が何年も前から続けているのなら(同じような病気にならなくても)何らかの形で、その悪いことは必ず自分自身に返って来るはずだからです。

原因結果、作用反作用の法則は必ず作用するのです。それこそ、どんな善人といわれているような人にもです。(だから、釈尊やキリストにも原因結果、作用反作用の法則は作用するということです)

しかし、私には悪いことどころか奇跡しか起きていないのです。

これはどういうことでしょうか?

だから、何度もいって(書いて)いるのです。私が人を病気にしているわけではないと。病気になっている人たちが自分で自分を病気にしているのであるとです。

結局、この辺りの人たちは、時代が変わって起きてきたことと(そうして自分自身が原因で起きていることや)私に嫌がらせなどして起きている天罰とをごっちゃにして「全部お前が病気にしている」とやっているのです。

だから、よけい悪いことが起きてくるのです。

心を救われている私に少しも感謝しないで、時代が変わって起きてきたことや自分たちが受けている天罰などを全部一緒にして、それをすべて私のせいにして怒って嫌がらせなどしているからです。

それでは二重三重の罪になります。この辺りの人たちにどんどん悪いことが起きてくるのも道理でしょう。

何でもかんでも一緒くたにして、それを全部、人のせいにしているからです。

そういう悪いことには一つ一つにちゃんと理由があるのです。

まず時代が変わったということを理解しないといけないのです。

だから、天変地変も激しくなり、おかしな病気も流行り(それはこの辺りだけではなく、インフルエンザやはしか、ノロウイルスや癌などもそうですが、異常な流行り方をしているではないですか。ああいうこともそうです)死ぬ人もたくさん出ているのです。(多死社会)

そういうことで、この辺りもおかしな病気になる人が増えてきたはずなのに、ちょうど私がそれくらいの時期からブログを書き出したものですから(私のようなブログを書く人はそれまでいなかったので)それもこれも悪いことは全部私のせいにして私に嫌がらせをはじめて、そういうことをし続けたものですから、それで当たりだした天罰まで私のせいにして、それでも自分たちが悪いなど少しも思わないで、どれだけ悪いことが自分たちに起きてきても、意地になって嫌がらせを続け、それでもう何ともならないくらい悪いことが(そこらじゅうで)起こり出したというのが、この辺りで起きている災いの真相なのであり、それを単純に一くくりにして、悪いのはすべてお前のせい、とこういう不遜な態度をし続けているのが、この辺りの人たちなのです。

しかし、たくさんの悪が起きているのに、それをたった一人の者が出来るわけがないのであって、そういう多くのことが起きてくるには様々な理由があり、そういう理由一つ一つをちゃんと検証しないと、その起きている本当の正しい理由は分からないということです。

何でもそうですが、物事は深く広く考えないと正しいことは分かってこないのであり、それを浅く狭くしか考えないで、この悪いことは全部お前のせいなどと単純なことをいっていては、そういう意見が正しいはずがないのであって、だから、この辺りは多くの人が不幸になっているのです。

複雑な理由を単純に決め付けて間違った考えでいる人が多いからです。(間違った考えでいるようなら、その人は不幸になります)

一人の人に悪いことが起きたのも、その一人一人に理由があるのであり、その人の普段の生活態度が悪いから悪いことが起きたのかもしれないし、ちょうど悪いことが起きる時期であったのかもしれないし、また神を信じようとせず、私に嫌がらせをしたから悪いことが起きたのかもしれないし、それは、その人の心と行いがどのようであったのかをよく知らないと、その本当の正しい理由は分からないということです。

そういう様々な理由があって、この辺りは多くの人に悪いことが起きていると思われますが、それでもまだ、悪いことはお前のせいという単純な考えを続けますか?(そういう考えの人にこれだけ悪いことが起きていてもです)

それはご自由ですが、ただ、時代はどんどん変わっていきます。(末法から正法の世に)

そういう単純な考えのままではもういいことは起きてこないのです。(実際に起きていませんし)

いつまで責任転嫁を続けるのですか?

そういう発想を捨てない限り、運命はよくならないのです。

(何でも同じでしょう。責任転嫁を続けていてそれで運命がよくなると思いますか?よくなるわけがないのです。運命をよくしたいのなら、自分で運命がよくなるような行動を起さないといけないのです)

追伸…悪いことを私のせいにし続けるのはいいんですが、そういう人たちは、その罪もいずれ自分自身に返ってきます。その覚悟だけはしておいた方がいいでしょう。

いっている意味が分かりますか?

分かりやすく具体例を挙げるなら、例えば、今生、私に罪をかぶせ続けて、それで罰が当たって死んだ人がいたとします。(例えばの話です。分かりやすく書いていますので簡単に死んでしまいます)

そうすると、その人は私に罪をかぶせたまま死にますので、その罪は当然そのまま残るということになります。

すると、その人は次に生まれ変わったところで私と同じ苦しみを味わうのです。(その前に地獄に堕ちることは当然としまして)

どれだけ自分が違うといったところで、様々な罪を自分にかぶせられ自分はずっと苦しまなくてはならなくなります。

そればかりか冤罪で警察に捕まって、最悪、死刑になるということもあるということです。(この世でそのような冤罪で罪に問われる人がいますが、そういう人は今生か、あるいは前世で同じことをしているのです。〔人に罪をかぶせている〕)

そういう体験は確実にしなければいけないということは知っておいてください。因果応報です。(必ず自分が犯した罪は自分に返る)

だからこそ正しいことをちゃんと知らないといけないのです。

(自分のためにも、そのような無実の罪をかぶせられている人のためにもです)

2コメント

2 コメント to “冤罪(えんざい)”

  1. うなっシー2018/08/27 at 8:37 PM

    こんにちは。私不徳の致すところで膝半月板の手術で入院しております。全治3ヶ月と個人差があるなかで医師から説明を受けました。当然こうなるのは原因があるわけで反省の日々であります。しかしながら故障をしたら体を手術で治せる順を与えて下さった神、このような私にもそうした深い慈愛を下さる神には感謝しかありません。そうしていま私がこうして生かされているのは神の愛と生んでくださった父母のことと深く感謝が拡がっていくことがありがたいと思います。誠に恐縮ではありますが、ほんの数回お布施の方はお許し願いたく申し上げます。まだ暑い日が続きますゆえにご自愛下さいませ。

  2. gtskokor2018/08/27 at 9:52 PM

    えっ、そうだったんですか。それはお大事にしてください。(祈っておきますね)
    何度もいいますが、布施は好意から出せる時に出せる範囲でしていただければ結構ですので、そこは気になさらず早くお治しください。
    (この前〔八月十三日〕メールした時はもう手術をされていたのですか?何かウナッシーさんの様子がおかしい気がしたので、それでメールしたんですが…)

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