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9月 04 2018

菩薩行

11:18 AM ブログ

台風二十一号は、四国か紀伊半島辺りに上陸してそのまま列島を縦断していく予想が出ています。

日本のど真ん中を縦断ですか。しかもこの台風、二十五年ぶりの強さだそうですが、また多くの被害が出るんでしょうね。

まあ、他人事でもありませんが、この台風、すぐ近くを通っていくからです。(またはこちらを直撃するかもしれないし)

相変わらずこのブログを見ている人たちは神を信じようとしませんが、しかし、凄いですね。特にこの辺りなどもう相当出ているはずだからです。

神の業がです。

それにもかかわらず、いまだ逆らいまくっています。それは他の地域の人たちも私のいうことをきこうとしないはずです。

これだけ神の業が身近に現れているこの辺りの人たちでも、いまだ神の教えに逆らっている人たちばかりであるからです。

しかし、この辺りは悲惨ですよ。(日本全国も悲惨なところは多いんですが)工事現場など、私が通るところはもうほとんど災いが起きているんではないでしょうか。

すべてそのようなところは、私が通ると何か嫌がらせをして来たからです。(でかい音を立ててです)そうするとそういうところには必ず何か悪いことが起きるのです。(もう分かりますから、次に通った時には態度が全然変わりますから)

昨日も、朝から出ていったんですが、大きな工事現場などみな引きながら怒っているのです。皆が皆、同じような態度を取っているのには笑いましたが(全然、別の工事現場なのにまるで打ち合わせしたかのように同じ態度を取っていたからです)それだけ同じように災いが起きているということでしょう。

だから、同じような態度になるのです。同じような大きな工事現場には、同じようにたくさんの災いが起きているはずであるからです。(大きな工事現場は私が近くを通るとたくさんの人が嫌がらせをしてきます。〔人数が多いことをいいことにです〕だから、そういうところはたくさんの災いが起きるのです)

それは工事現場の人たちばかりではありません。

歩いているとよく嫌がらせをされますが、それでも最近は減ったのです。そのような嫌がらせをする人がです。(だいたい、トラックの運転手が減っていますし)

歩いてくるおっちゃんやオバちゃんたちがずいぶんおとなしくなり(家や工場の)静かなところが増えたのですが、しかし、急にまた怒り出すところもあって日によって変わることは変わるのですが、それでも総じては減りましたね。

嫌がらせをする人はです。(怒っている人は増えていますけどね)

私に嫌がらせをしていいことが起きた人などいないんですが(誰かいますか、私に嫌がらせをして奇跡が起きたなどという人がです)…それでもまだそんな罰当りな態度を続けるのですか。

この辺りの人たちはです。

逆の態度を取るなら、一変に(今度は)奇跡が現れてきますが、それでも続けますか。そういう罰当りな態度をです。

「これだけこの辺りに悪いことが起きてきたのは、すべてお前のせいなのだから、絶対にお前を許すことは出来ない」ですか。

くだらない感情論ですね。

だって、本当に悪いのはこの辺りの皆さん方の方だからです。だから、そちらに悪いことばかりが起きているのです。

悪いことをしている方に悪いことが起きるのは道理であるからです。

だいたい、先に嫌がらせをして来たのは皆さん方の方でしょう。

だから、悪いことが起きているのであって、私のブログを読んでいたのなら、素直に感謝して布施でもしてくれていたのなら、次々に奇跡が起きていたのです。

それなのに、そういう自分たちが心を救われたことには一切感謝せず、くだらない噂をそのまま信じて、散々私に嫌がらせをして、誰も積極的に私を支持する人はいなかった。

間違った噂を信じて間違ったことをやり続け、正しいことを少しもしようとしなかった。

それが原因で(この辺りに)次々に災いが現れるようになり、それで災いが現れる人が増えているのであって、それをいくら私のせいにして怒っていたところで、実際はそれは全部自分たちの罪なのであって(自分たちの行いの間違い)その自分たちの罪を多くの人は私のせいにして感情的に怒っているだけなのです。

だから(何度も書きますが)そちらに悪いことばかりが起きるのです。悪いことをしている方に罰が当たるのは道理であるからです。

本当に怒りたいのは私の方なのです。

だって、そうでしょう。こちらは神の教えを説いて多くの人の心を救っているのに、それは少しも感謝されず、一方的に嫌がらせです。

それもよってたかってです。

しかも嫌がらせをしている人たちは、みな私のブログを読んでいたにもかかわらず、それを隠して素知らぬ顔で私に嫌がらせをし続けていたのです。

悪いことが起きているのは皆お前のせいと、その一点だけを頑なに信じてです。(こすいやり方です。もし、私がそれほどの悪者だというのなら、そういう悪者のブログを読むなどおかしなことです。それなのに自分は私のブログをこっそり読んで救われていて、その救ってくれた人には、その救われたことは黙って悪者にし続ける、本当にこすいやり方です)

そうして後は何も考えようとしなかったのです。

自分たちの行いや時代がどんどん変わっていること、悪いことはすでに日本中で起きていることなど、悪いことが起きだした理由は他にいくらでも考えることが出来たのに、そういうことは一切考えず、すべてその悪いことが起きている原因を私一人に擦り付け、そうして、私一人が悪いことが起きていることの犯人と決めつけて嫌がらせをし続けている。

こんなことを一方的にされたのなら、怒らない方がおかしいでしょう。

しかし私は、皆さん方のようにただ怒っているだけではなく「心を入れかえてください、そうすれば救われます」と、そのような罪を擦り付けている人たちまで救おうとしているのです。

これだけ行いが違うから、起きてくることも違っているのであり、少しは見習われてはどうでしょう。

私に罪をなすりつけ怒っているだけの人たちはです。

私のような行いをです。

このような行いを菩薩行というのであり、だから私には奇跡が起き続けているのです。

罪を擦り付けられ続けても、嫌がらせをやり続けられても、それでも怒らず(少々は怒りますが…怒るというより叱っているのです。あまりに愚かな人たちが多いからです)そういう人たちをも救おうとしているからです。

くだらない小さな心でいつまでもいては救われることはありません。

大きくおおらかな、人をいつでも許すことが出来る、そのような心にならないと救われないのです。

いま現在、その救われない人たちがたくさんいます。早く心を変えられてはどうでしょう。

心を変えようとしない限り、救われることはないからです。

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