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9月 15 2018

不幸な行い

10:30 AM ブログ

昨日はまた東山動物園に行ってきたんですが(その三日前に行ったばかりですが)なぜこんなに私は動物園に続けて行ったのか?

別に動物たちにあいたかったからというわけではありません。(しかし、人にあうより動物たちにあった方が私としましてはよほど心が安らぐのですが。〔笑〕)他に理由があったからです。

だからすぐにまた東山動物園に行ったのです。

実は前回いった時にです。ずいぶん嫌がらせをされたのです。(凄かったですよ。そこらじゅうでされましたから)その連中に何が起きたか知りたかったからです。

といっても、動物園内でそういうことが起きたわけではありません。もちろん、動物園内でも嫌がらせはされたんですが、その帰りのことです。

私は東山動物園に行った時は毎回そうなんですが、帰りは歩いて帰って来るのです。(行きは地下鉄です)

動物園から家まで、だいたい二十キロくらいあるので(正確には分かりませんが)歩いて帰ってくれば四時間前後かかります。

その間、あちこちで辻説法をするのです。つまり動物園の帰りは辻説法をしながら歩いて帰って来るということです。

そうして前回いった時のことです。

いつも帰って来る道から少々外れたコースを歩いていったんですが(たまには違うところを辻説法してこようと思ってです)それが間違いのもとで(というか、よかったのかもしれませんが)そこらじゅうで工事をしているのです。(東山の辺りはもうあちこちでマンションか何かを建てているようです)

その、そこらじゅうで工事をしている連中から散々嫌がらせをされたのです。(もうドンドン、ガンガンやかましいことやかましいこと。そういうところが十ヶ所くらいありました)

それで頭にきて…ではなく、そういう人たちを哀れに思い「人のブログを読んでいながら、感謝もせずに嫌がらせをしていると罰が当たる。工事現場で嫌がらせをしたところで罰が当たらなかったところはないから、そんな嫌がらせはやめた方がいい」と、どこの工事現場でもいったんですが、私のいうことをきくところはありませんでした。(まぁ、どこもそうなんですが)

重ねて「本当の神の教えを伝えられているのに、その伝えている者に嫌がらせなどしたら、絶対に罰が当たるからやめとけって。じゃあ罰が当たってもいいんだな」ともいったんですが、いえばいうだけガンガンやって来るところばかりです。(これもまたどこもそうなんですけどね…なんかあおっているとでも思っているんでしょうか?こちらは本気で心配しているのにです)

では仕方がないと思い「こちらはいうだけいったんだからな。それでもそっちは嫌がらせをやめなかった。では、何が起きても人のせいにはするなよ。そんな悪いことをし続けている自分たちが悪いんだからな。悪いことが起きたらそれは天罰だからな。それだけは理解してくれよ。こちらのせいにはするなよ」と、どこの現場にもいってはおいたんですが、何か起きて私のせいにしなかったところなどこれまで皆無でしょう。

それで「じゃあ、何か悪いことが起きたら信じてくれよ。それは天罰であると。そうして俺が説いていることは本当の神の教えであると。だから、いった通りのことが起きるのであると。何も起きなかったら信じなくていいから、何か起きたらこちらのいうことを信じてくれよ」と、再三いっておきました。

そうして「何か起きたかは近いうちにまたききに来るから」ともいっておいたのです。それだけ一変に多くの工事現場で嫌がらせをされたことはこれまでなかったからです。(だから、どれくらいのところに災いが起きるのかも興味がありましたし)

それで、その言葉通り、その連中に何か起きていないかききにいったんですが(三日もあければ十分ですから)そうしたらです。

多分ですが、全部のところで起きているようでした。災いがです。

それぞれの場所で何度も確認しましたので間違いないでしょう。(「起きたんだろ」「悪いこと起きただろう」と何度もです。そういわれて引いているところと、やたら怒っているところの両極端な態度のところばかりでしたので、まず間違いなくどこの工事現場でも現れているでしょう。何らかの災いがです)

凄いですね。というか、凄まじいですね。(私に嫌がらせをした)すべての工事現場に災いが現れているというのですから。

そうしてまた分かりやすいこともあったのです。

その分かりやすいこととは、その嫌がらせをしてきた工事現場が固まってあるところから、もう少し先に行ったところにやはり工事現場があったのですが(そこもマンションか何かビルのようなものをつくっています)そこは私が通っても何もしてきませんでした。

何でそこは私に何もしなかったのか?

私が通ったのを知らなかったのか(この前、私が通った時は、たくさんトラックが止まって忙しそうでしたので)それとも嫌がらせをする気がなかったのかよく分かりませんが、そこの現場だけはこの前、私に対して何もしてこなかったのです。

ところが昨日は、その現場も私が通ると嫌がらせをして来たのです。

その場所を通る前に、もうその手前にあるいくつかの工事現場で私がわいわいやっていたので私のことに気づいたのかもしれませんし、トラックなんかもブシュブシュやっていたので、それにつられてやったのかもしれませんが、とにかく昨日はそこも嫌がらせをして来たのです。

だから私が、その工事現場の連中に「ここはこの前、何もしなかったんだから何も起きていないはずだろう。でも、嫌がらせをして来るのならここにも悪いことが起きるぜ」と声をかけたのです。

そうしたらです。一変にシーンとなりました。

ということは、やはり(私が近くを通っても何もしてこなかった)この工事現場には何も起きていなかった、ということが、そのシーンで証明されたのです。(何か起きているのなら、私がそういったのならよけい怒ってガンガンしてきたはずであるからです。お前のいうことは違っているという態度でです)

では、やはり私に悪意を持って嫌がらせをしてこなければ、工事現場の近くを通っても、その工事現場に何か悪いことが起きることはないということになります。

つまり、私が近くを歩いていても、その工事現場の人々の心と行い次第で、その工事現場に悪いことが起きるか、起きないかは決まるということです。

それだけ法を説いている者に悪いことをすることはいけないということであり、その者に嫌がらせなどすればもう即座に天罰がくだる、そういう時代になっているのです。(お分かりですか、この辺りの皆さん)

しかし、その者に布施などすればまた確実に奇跡が現れてきます。

では、その法を説いている者に何をしたら幸せになれるのかはもう誰だって分かるはずです。(だから、工事現場の皆さん、私が近くを通ったら感謝して布施しましょう。そうすれば災いも起こらず工期も早まって、楽にその現場が仕上がるという奇跡も起きてくるからです。これ、ほんとなんですけどね。私に嫌がらせなどするから災いが起こり工期も遅れて、その現場仕事も遅くなるのです。逆の態度を取れば当然逆のことが起きてくるのです)

この辺り、ずいぶん悪いことが起きているようですが、それは今回のブログを見れば、その理由がよく分かるはずです。

この辺りの人たちは、私に嫌がらせをして来る人たちばかりで、誰一人、感謝して布施などする人はいないのです。

だからよいことが起きないのです。(ただでさえ悪いことが集中して起きているこの日本にあってもです。特別この辺りは悪いことが起きています。この無神論の人が多い日本の中にあっても、特に神に対し不遜なことをしている人がこの辺りは多いからです。法を説いている者に嫌がらせをするということはそういうこと〔神に対する何よりの不遜〕なのです)

これからどんどん正法の世が深まって行きます。

そうなれば、心が汚い人たちには次々に不幸が起きてきます。

今のような心と行いで本当によいのですか?自分たちの心を直そうともせず、悪いことを責任転嫁しているだけでです。

それでは不幸にしかならないのです。

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