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10月 26 2018

気づかない人たちの哀れさ

10:58 AM ブログ

昨日は東山動物園に行ってきました。

いろいろ面白かったんですが、最後の帰る間際に特に面白いことがありました。

その面白いこととは、動物園から帰る最後の檻にいる動物はサイなのですが(だから東山動物園の正門から入って最初の右側にサイの檻があるのです。〔左側にはバクの檻もありますが〕)そこにいるサイは私によくなついているのです。(他の動物たちも皆なついているといえばなついているんですが。〔笑〕)

それで昨日かえる間際に最後にサイを見に行くと、サイもそれを察していたかのように私の前にノシノシ歩いてきました。

そうして私の前まで来るとこちらに顔をぐっと伸ばしてきます。だから私のすぐ前にサイの顔が来て、その大きなサイの顔が回りで見ている人たちにもまともに見えています。

回りの人たちが「でかい顔だな」とか「近くで見るとほんと恐竜みたいだな」とか「こんな近くでサイの顔を見たのは初めてだ」とか、口々にいっています。

私も似たようなことをいっていたんですが、あまり近くにサイが来たものですから、私がサイの方に向かって手を伸ばしたのです。

するとです。前にいるサイも私の手に向かい首をグイグイ伸ばしてきます。

サイと私たち見ている側との間には柵と一メートルくらいの溝があるんですが、私が手を伸ばすとサイがあまりに首を伸ばして私の手に顔を近づけて来るものですから、回りの人たちから「オオー」と歓声が上がりました。(もう二、三十センチ私の手が長ければサイまで届くのですが…そのくらいのところまでサイの顔が近づいていました)

私が手を下ろすとサイもまた首を伸ばすのをやめます。また私が手を伸ばすと、またサイも首をグイグイ伸ばしてくるものですから、また回りから歓声が上がります。

サイの方があまりに首を伸ばしすぎて、前の溝に落ちそうでしたので(そこでサイが溝に落ちたとなったらえらいことになりますから。〔笑〕)二度ほどでやめたんですが、歓声を上げていた回りの人たちに向かって「本当の神の教えを勉強するとこういうことが起きてきます。どうですか、皆さんも勉強されたら。そうしないともう危ないですよ」と何度も声をかけたのですが、なんと、回りの人たちは私のいうことを一切無視して、サイの方ばかり見ています。

「ちょ、オイ」と突っ込みたくなりましたが(笑)いづこも同じような人たちばかりのようです。

「分かりました。では、これから正法の世がドンドン深まっていきます。心の汚い皆さん、滅びても元気で」と言い残して私はサイの檻から離れました。(サイに「またな」といいながらです)

その辺りは噴水や売店などもあって(噴水の回りにはベンチもあるものですから)人がたくさんいるのですが、いつもならそんなところを歩いていけばあちこちの人から嫌がらせを受けるのですが、昨日は先ほどのサイとの一件を見ていた人たちばかりです。(あれだけ歓声が上がればみな見るでしょう)

皆もう引きまくってよそよそしい態度の人たちばかりでした。(笑)

それで私が「皆さんも神の教えを勉強をしようとはしないのですか?分かりました皆さん。滅びても元気で」と言い残して帰ってきました。

もう東山動物園の外を走っている車はトラックが激減してガラガラなのです。

こういう状況になっているのに、まだ自分たちの危なさが分からないというのですから、では、この人たちは一体どういう状況になったら、自分たちが危ないと分かるのでしょう。

目の前のことしか見ていない(まったく先の予想をしない、想像力がない)人たちは本当に哀れです。

どれだけ危ない状況になっても、自分たちの危なさを理解しようとしないからです。

帰り道でもそうでした。

これだけ道がすいているのに、工事現場の連中やトラックで走っていく連中など、私が歩いていると平気で嫌がらせをしていきます。

バカじゃないかとつくづく思いました。

いま起きていることの危なさがまったく理解できないようだからです。(特に運転手連中はやばいと思うんですが…分からないのでしょうか?自分たちがどれだけ危ないかがです)

だからそこらじゅうで「あんたら因果応報という法則を知らないのか?俺が人を病気にしていたら自分も病気になるんだぞ。そんなバカなことをするわけないだろう。俺は何年たっても病気などしないじゃないか。これが俺が人を病気になどしていない何よりの証拠なんだよ。もう正法の世がドンドン深まっていく。汚い心のままで人に罪を擦りつけているのならみな病気になるぜ。いいのか、本当の神の教えをいつまでも無視していて。本当の神の教えを勉強し、実践しない限り、自分の心がきれいになることはないんだぜ」「これだけ車が減っているのにそんな汚い心のままで大丈夫なのか。心が汚い人たち、本当に滅びても元気で」と声をかけまくっていましたが、ほとんどの人は無視です。

しかし、無視していながらです。顔が引きつっている人がたくさんいました。

それはそうでしょう。車がずいぶん減っているのは事実であり、そんなの誰でも分かるからです。

これだけの現象が現れ始めたのです。もう折れた方がいいでしょう。間違っていたのは(そうして危ないことにいつまでも気づいていないのは)自分たちの方であるからです。

このまま今のような生活を続けていたら、多くの人が不幸になるのです。

それはこの辺りを見ていても、最近の有名人が亡くなるペースなど見ていてもよく分かるのです。

多死社会になっているとはいえ、最近の有名人の亡くなるペースの速いことには驚きますね。ドンドン亡くなっているようではないですか。(急死したり、癌になったりで)

こんなペースで有名人が亡くなっていくこともまた見たことがありません。(これまでこんなことなかったですもんね。これもまた有名人の人たちが気づいているのかどうか知りませんが)

そうしてこの辺りも驚きますよね。何か次々に現れているようなのです。恐ろしい現象がです。

これもまた凄いペースなのです。(そうですよね。どこかの会社の皆さんはじめ、この近辺の皆さん)

だから、もう名古屋などゴーストタウン化しているようなのですが(この道路のすき方といい、この辺りの現象の現われ方といい、それを知るならそう思います)本当によいのですか?

今の状況を続けて(ただ悪いことを人に擦りつけ続け)このまま本当の神の教えを無視し続けていてです。

本当に滅びますよ。多くの人が、いま起きている恐ろしい現象に気づくことなく、まったく心も行いも変えようとしなければです。

もう不幸が、凄まじい勢いで現れてきているからです。(全国的にです)

しかし、本当の神の教えを勉強している者には(災いではなく)驚くような愛ある現象が、次々に現れています。

最初のサイの話でもそうです。(それ以外でもたくさんありますが)私はそのサイに餌などやったことはないのです。

ただ、たまに動物園に動物たちを観に行っているだけなのです。

それだけである意味、飼育員よりも動物たちがなついてくるのです。(まあ、あそこの飼育員、愛のないのが多いですから。こちらに嫌がらせばかりしてきますから。あれでは悪いことが起きている飼育員も多いでしょう。心のきれいな者に嫌がらせなどすればすぐにその罪は自分たちに返るからです)

ありえますか?こういうことがです。

しかし、実際に起きているのです。このような愛ある奇跡がです。

このような心になれば恐ろしい現象が起きてくることはありません。愛はどのようことにも勝るからです。(愛の前にはどんな災いもよってこれないのです)

今のような心のままでは必ず不幸になっていきます。その不幸はもうすぐそこまで来ているのです。

それに多くの人たちが気づいていないだけなのです。(気づこうとしないのかそれは知りませんが)

いつまでこの教えを無視しているのですか。いい加減、この教えを正面から見られ行われたらどうでしょう。

それ以外で、この恐ろしいペースで起きだした不幸から逃れる術はないからです。

4コメント

4 コメント to “気づかない人たちの哀れさ”

  1. うなっシー2018/10/27 at 10:53 AM

    いよいよ私も復帰の時期が近くなって来ました。これまで手術、リハビリの入院療養を経て自宅療養となり当初主治医の話していた休職期間も間近になって来てました。前回の診察では、制約が付くけど来月からは復職に期待が持てますよ、というものでした。さて、今月最後の受診日となり私の心は復帰の喜びとは裏腹に複雑なものになっていたのでした。それは、現在私は視覚障がいであり会社には随分と配慮を受けているのです、その私がこのまま制約付きの体で復帰してまた配慮を受ける、つまり二重に配慮を受けることは迷惑が掛かるのではないかと、悩ませるのでした。また更に追い討ちを掛けたのが、我が家の父の存在でした。今の父は認知症で、私が自宅で復帰のために、リハビリを毎日やって過ごしているものの、我関せずで遊んでるお前を見ていると情けない、思い付くたびに言うのです。家内にもそうして当たるのでた。そうした経緯もあり、今回の受診での主治医との話も複雑なものになっていたのです。そこで大矢先生に相談をいたし、主治医と会社、双方と私が話をすることの指導を頂きました。そこでまず主治医に配慮の件を相談をして、会社での仕事上の判断が可能な診断書を書いて頂き、その脚で会社へ向かい説明をして判断を頂きました。結果は、制限付きの復帰を受け入れて下さることになりました。ともあれ朝からもやもやした心も採決も出たことでスッキリしました。ただ、11月までは自宅療養なので、父の認知症に関しては反省を通して解決していきたいと思ってます。

  2. gtskokor2018/10/27 at 8:47 PM

    お父さんのことはいわれなかったですよね。
    この前、ウナッシーさんは医者と会社のことしかいわれなかったし(メールでは簡単なことしか書けないので、それは仕方がないと思いますが)そこまで詳しくきいていなかったので、それで私は当事者同士間で話した方がいいですよ、私のような部外者が口を挟むとややこしくなるので、といったのですが、そこにお父さんも嚙んでくるのなら、少し話は違いますね。
    まあ、会社に対してはよく感謝しながら仕事をしていけばいいと思いますが、お父さんに対しては認知症の人に何をいってもせん無いことですので(それは私も父で経験済みです)よくお父さんのことは祈られるといいでしょう。
    そうすれば天がお父さんを導いてくださるからです。

  3. うなっシー2018/10/28 at 9:54 AM

    復帰の件で過ごした日から今日で、当日含め三日が過ぎ四日目になりました。先生には話さなかった父の件では、ここに来てようやく私の心が安らいできました。この三日間は父の事で心を奪われていたものでした。父を思い出しては自分と向き合い、自分なりに答えを出してもまた父のことが湧きあがって来るのです。その繰り返しの日々でした。以降は朝の祈りでは父を祈るようにしてから一日をスタートしています。会社復帰までカウントダウンが始まってます。少しでも万全に近い状態になれるよう家族の協力にも感謝して日々過ごしたいと思います。

  4. gtskokor2018/10/28 at 12:45 PM

    頑張ってください。

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