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11月 08 2018

常識を捨てる

11:07 AM ブログ

昨日は立冬だというのに暖かかったですね。(名古屋は二十三度もありました)

数日この暖かさが続くようですが、また異常気象ですか?(十一月にこの暖かさですから)

そうではなく今回の暖かさは今年の夏の異様な猛暑の名残(なごり)だそうですね。(太平洋にある夏の高気圧がまだ強いそうですので、その影響で十一月だというのにこれだけ暖かいそうですから)それだけ今年の夏の猛暑はひどかったということです。

いつもの年なら、黒酢を飲んでいるので、夏が少々暑くても体はだるくならないのですが(黒酢を飲むようになってから夏のだるさがなくなりました。疲れが取れているんでしょう)しかし、今年の夏はどれだけ黒酢を飲んでも体がだるくてえらかったのです。

黒酢がきかなかったくらいですから、やはり今年の夏は相当暑かったのでしょう。(さすが災害級の暑さです)

そうして、その後の台風はまたひどかったんですが、その後は異常気象らしい異常気象が出ていません。

もう一ヶ月以上静かです。(多少の地震や荒れた天気はあるにせよです)異常ですね。災害大国日本としてはです。(苦笑)

これだけ長く(ってまだ一ヶ月ですが)静かだったことは、ここ数年なかったことであるからです。

しかし、こちらの異常ぶりは日を追って激しくなります。(そんな感じですよね。この辺りの皆さん)

やはり起きる現象(の比重)が変わっているように思いますが、大丈夫なんでしょうか。

このブログを見ている人たちはです。

他の地域の人たちは大丈夫なんでしょうか。こちらは癌になる人たちが続出しているようだからです。

どこかの会社の皆さんなど毎日、夜まで大変そうですし(昨日でも昼だけでなく夜まで騒いでいました。ねえ、どこかの会社の皆さん)他のところも、ずいぶん怒っているところがたくさんあります。

運転手連中など半端ないくらい怒っている人もいますが、それにしてもトラックの減り方が尋常ではありません。

もうドンドン減っていっているようなんですが、運転手の皆さんは怒っているだけで本当によいのですか?

それを見て、もう、ドン引きしている人たちもたくさんいますが(これだけ走っている車が〔特にトラックが〕減っていてはそれは引くでしょう)そういう人たちもそうです。

引いているだけで大丈夫なんですか?

怒って嫌がらせしているだけの人や引いているだけの人たちが、この辺りあふれているのですが、こういうのを見てもです。

もう相当でているのではないでしょうか。

恐ろしい現象がです。個々にです。(もう本当に危ないですよ。今のままではです)

それで、そういう態度を取り続けていて、それでよいのですか?それでは起きている現象は止まりそうもありませんが(むしろ激しくなっていますが)それでもまだ、そのような態度を取り続けるのですか?

この辺りの人たちはです。

いい加減理解してください。この世で神の心に逆らうほど恐ろしいことはないとです。

だから、これほどの現象が現れてくるのです。(特別それはこの辺りに限ったことではありませんが)

逆らっているからです。この辺りの多くの人たちがです。大きく神の心にです。

神の心に逆らえば逆らうだけ、恐ろしい現象は現れてきます。それが今、この辺りに次々に現れている現象なのです。

これだけ個々に恐ろしい病気が次々に現れたことなどこれまでなかったのです。

そうして、これだけ車が急激に減ったこともこれまでなかったのです。

しかし、そういうこれまでなかったことが続出しているのです。

それは日本中に次々に現れていた天変地変を見ても分かります。これまで起きていなかったような現象がもう次々に起きているのです。(これを私のせいというのですか。この辺りの人たちはです。〔そんなこと本気でいっているのなら完全に頭おかしいです〕もういい加減、分かるでしょう。これほどの現象を私一人が現せるはずがないということはです)

こういう状況でこれまでの常識が通用すると思いますか?

これまで起きていなったことが次々に起きだしたというのですから、もう自分たちの常識が通用するわけがないのです。

では、他の人のいうこともきくべきではないのですか?自分の常識ではもう対応できないからです。(対応できていないから、不幸なことが次々に起きるのです)

この辺りの人たちは、いつまでも神の心に逆らっているから(それもおもいっきりです)これだけ悪いことが次々に起きてくるのです。

では、神の心に従ったらどうでしょう。そうすれば、その災いは収まるからです。

どれだけそれが信じがたいことであっても、もうそれを理解し信じなければいけない時が来ているのです。

だから、これまで起きていなかったことが次々に起きているのであり、それをいつまでたっても理解しようとしないから、これだけ多くの人が不幸になっているのです。(もちろんそれはこの辺りだけではなく日本中がですが)

いつまでも間違った考えでいるのなら、そのような人たちは不幸にしかならないからです。

正しいことを正しく理解しないと幸福にはならないからです。

だから、どれだけ信じがたいことであっても、これからはすぐに否定するのではなく、せめて疑問くらいは持って、そのことが本当に正しいのか、正しくないのかは、よく自分で吟味しないといけないのです。

簡単に否定していては、そのことが正しかった場合、自分たちはその正しいことをしないということになって、正しいことをしなければ、自分たちに悪いことが起きてくるかもしれないからです。

少なくとも、この辺りの人たちはいま書いたことが当てはまっているのではないでしょうか。

当てはまっているから、悪いことばかり起きるのです。いつまでたっても正しいことを(教えられているのに)しようとしないからです。

私は何度も、このブログは本当の神の教えが書かれてあるのだから、このブログを読んでいる人たちは感謝して報恩の行為はしないといけないといっているのです。

それなのにこの辺りの人たちは誰一人、その報恩の行為をしようとしないのです。

それどころか、感謝とは反対の行為である嫌がらせしかしないというのですから、それでは罰が当たりますよ、と私は何度も警告したのです。

それにもかかわらず、その私の言葉を無視し嫌がらせをし続けた結果が、今のような惨状となっているのです。

こういうことになっているからいっているのです。

その言葉がどれだけ信じがたいことであれ、それを簡単に否定してはいけないとです。

正しいか、正しくないか、よく吟味しないといけないとです。

これまでの常識で簡単に否定していては、その常識は間違っていたかもしれないからです。

というよりも、もう起きていることで、これまでの自分の考えが正しかったか、それとも間違っていたのかは理解しないといけないのです。

していることが、正しいことなのか間違っていたのかは、もう起きてくる現象で、すぐに分かる時代になっているからです。

間違ったことをしていれば、すぐに悪いことが起きてくる、そういう時代になっているからです。(そういう意味では分かりやすい時代になりました)

だから、それを(これまで無神論だった人たちには信じられないことかもしれませんが、本当の神の教えを知ったら、感謝して報恩の行為をしないといけない。そうしないと罰が当たる)理解し自分たちの態度を変えない限り、よいことは起きてこないのであって、私のいうことを信じて、一度、私のいった通りのことをしてみてはどうでしょう。

どちらにしても、何か行い(考え)を変えないことには、いま起きていることは変わらないからです。

態度を(心と行いを)変えない限り、起きてくることも変わってこないからです。

いま現在、これまで起きていないようなことが次々に現れてきています。

では、これまでの常識はもう通用しないのであるし(これまで起きていないことが起きているのですから、これまでの常識が通用しないのは当然です)そうであるなら、これまで信じがたいことであっても、それを信じるしかないのではないでしょうか。

もうこれまでの常識しか行なわないのであれば、起きる現象はまったく変わってこないからです。(現に今がそうです)

もし、このまま起きる現象が変わらなければ、多くの人たちが不幸になることは必然であるからです。

もうこれまでの常識など捨てないといけないのです。そのこれまでの常識がまったく違っていたかもしれないからです。(違っていたからこれだけひどいことになっているんですが…)

古今東西、奇跡が次々に起きている人のいうことは正しいと相場が決まっています。(釈尊しかり、キリストしかりです)

一度その奇跡が次々に起きている人のいうことを信じてみませんか。それ以外でこの袋小路(ふくろこうじ)から抜け出る手立てはないからです。

(また有名人が亡くなりましたね。〔フリーアナウンサーの男性が六十四歳で直腸癌だそうです〕有名人の人たちも大丈夫ですか?今日書いたことは、このブログを読んでいるすべての人たちに当てはまることであるからです)

2コメント

2 コメント to “常識を捨てる”

  1. うなっシー2018/11/08 at 7:07 PM

    私がずっと気になることがありまして、視覚的に患ってからバスをよく使うようになったのです。そのバスを使って目的地に着き降りる時に「ありがとございました」と普通に運転手に言うのですが、お客から言うのは半数にも満たないということです。運転手は毎回お礼の言葉として言っています。私はバスに乗り目的地に着くまでそんなところが気になるのです。そういう客はつまり、お金を払って乗っているからお礼を言うのは運転手が当たり前とでも思っているのでしょうか。数日前のwebコラムに載っていましたが、日本におけるサービスが過剰になりすぎた、とありました。運転手も仕事としてお客様の安全を第一に運行するのであり、その運転手があってこそ目的地に行くことができると思えばこそ、運転手の労を労う言葉が「ありがとうございました」であるはずなのです。今の日本人に不足しているのは配慮だと感じます。配慮とは「相手の立場や状況を想像し、思いやった上で、それにふさわしく心を配る」ということと辞書に書いてありました。今はそれ以外にも「おはよう」とか「いただきます」という言葉が形骸化され本来の意味が忘れらている気がします。相手を慮る善き日本人の心遣いを日頃から習慣付ける、古い昔の良い部分を見つめ直す時かも知るませんが、時代錯誤でしょうか。

  2. gtskokor2018/11/08 at 8:39 PM

    よいと思いますよ。よいことに古いも新しいもないからです。

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