4月 10 2010
草食系男子と肉食系女子
今週は女性中心に書いた話が多かったのですが、それも現在の世相や風潮が、いかに間違った方向に向かっているのか知っていほしいために、身近な問題を書いてみました。その最後に、現在よく言われている草食系男子と肉食系女子の問題を、取り上げてみたいと思います。
最近は自分のほうからは何も女に言わないし行動しない、消極的な男のことを、草食動物のようにおとなしいということで、草食系男子といわれるようになりました。逆に自分のほうから男に話しかけ、積極的に行動する女を肉食系女子と呼んでいます。このような草食系男子や肉食系女子が近年は増えたといわれています。
しかし、このような草食系男子や肉食系女子がいかに間違った行動であるのか、それは日本最古の歴史書でもある「古事記」の中にも記されています。それが、次に書かれた部分です。
<契り竟へて廻る時、伊邪那美命(いざなみのみこと)、先に「あなにやし、愛、男を」と言ひ、後に伊那岐命(いざなぎのみこと)、「あなにやし、愛、女を」、各言ひ竟へし後、其の妹に告曰げたましく、「女人先に言へるは良からず」とつげたまひき。然れども久美度邇興して生める子は、水蛭子、此の子は葦船に入れて流し去てき。次に淡島を生みき。是も亦、子の例には入れざりき。>
この「古事記」を分かりやすく解説していただけたのが、園頭先生でした。
園頭広周先生著「正法と人生の原点」より抜粋します。
<さて、女の神様伊邪那美命が、先ず「あなにやし、愛 男を」といわれた。「なんてまあ美しい愛すべき男であることよ」ということである。その次に男の神様伊邪那岐命が、「ああ、なんとうるわしく美しい女であることよ」と、賛嘆して互いに結び合って御子をお生みになったが、水蛭子(ひるこ)といって骨なしのぐにゃぐにゃの出来損ないの子が生まれたというのである。
女の神様が先に口を出された、そこで男の神様が、妻である女の神様にいわれた。「女が先に口を出す、口を切るということは『善い』ことではないぞ」案の定まともでない子どもが生まれた。次に生まれたのも泡のような島で、しっかりした陸地にはならなかった。
(中 略)
『古事記』の神話篇は、天地創造と人類発生に至る歴史を物語風に記述したものであり、この中に真理が表されている。真理(神理)とは神の心の法則である。だから、真理に従うとは、神の心に従うことであり、真理に叛くのは、神の心に反することになるのである。
さて、ここで伊邪那岐、伊邪那美の二柱の神様は、「どうして出来損いの子ができたのであろうか、その原因は宇宙の中心の天の神様にお聞きする以外にない」ということで、天に上って伺いを立てられた。
問題の解決を天に求める、というのが問題の解決の最上最良の方法である。人は問題が起こると、四方八方に横の方向に人に聞いて廻る。こうして横に四方八方の人に聞いて解決しようとすると、必ず一方によければ一方に悪いということで、なかなか全体を納得させられるいい解決法というものは得られないものである。たとえ四方八方塞がっていても、天は空いているのであるから、上の方へ抜ければよい。天は自由自在に開けているのであるから、四方八方塞がっていても困ることはない。その上の方に抜ける、天に上るとは、神の心即ち真理によって解決するということである。
そうすると、誰一人傷つくことなく、一方に良ければ一方が悪いということもなく、全体が納得できる円満な解決ができるというのである。
それは真理を知って祈ることである。
天の神様にお聞きしたら、「女先立ちて不良(ふさわず)」、つまり女が男の先に立ったから立派な子供が生まれなかったのである、といわれた。>
古事記にはこの世の始まりや人類発生に至る歴史が、物語風に書かれてありますが、この古事記の中に書かれてあることは真理(神理)であり、その中に「女先立ちて不良」と書かれてあります。これは男の生き方、女の生き方、が書かれてあるのであり、女が男より先に口を出してはならない、と書かれてあるのです。
今、このような言い方をすると、男尊女卑のような捕らえかたをする人も多いと思いますが、そうではなく、女が男より先に口を出し行動すると不幸になるのです。なぜ、そうなるのかはまた改めて書くことにしますが、草食系男子や肉食系女子のような最近の風潮が、いかに真理に反した行動であるか、古事記を見ても分かります。
男が男らしく積極的に女を引っ張っていかないと、この世はよくなっていきません。それが真理であり、真理に従えば幸福になるし、逆らえば不幸になります。それは歴史が証明しています。
歴史はなぜ勉強しなければならないか? それはいろいろな人々の生活してきた、例がたくさん出てくるからです。このように生活したら、幸せに暮らせたが、このようにしたら不幸になった。そのようないろいろな例が歴史書には書かれてあります。だから人は、よく歴史の勉強をしなければならないのです。
古い新しいではなく何が正しいのか、なのです。
歴史に学ぶということを忘れてはなりません。



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