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2月 05 2019

今生で受けた借りは今生で返す

10:55 AM ブログ

いよいよ母もがたが来たようです。

昼と夜の区別がつかんみたないこといっていたこともありますし、喘息(ぜんそく)がずいぶんひどくなってよくせき込んでいます。(心臓も悪いですし)

今は母の世話になっています。(この年でどれだけ親不孝でしょう)これで母が倒れたらもう法の流布は(こんどこそ)出来なくなるでしょう。

ソロソロ、立ち上がってくれる人はいないんでしょうか。いい加減、布施の一つくらいしてくれませんか。

何度もいいますが、このブログを見ている人たちは大宇宙の法則を読んでいるからです。

そのような貴重なものを読んでいるにもかかわらず、感謝のかの字もない。感謝してくれるのはウナッシーさんくらいだというのですから、他の人たちはあまりといえばあまりの態度でしょう。(感謝とは、感謝の心と報恩の行為があってはじめて感謝したというのですから)

それでは天も怒ります。本当に私が法を説かなくなったら(このブログを書かなくなったら)何が起きるか分かりません。

止めてはならないのです。この教えはです。

去年、しばらく書かなかっただけで、この辺りの走っている車が減り、凄い寒波が何度も入ってきました。

それからこちらではドンドン車が減っていっています。これほどのことが起きていて、まだ、この正法神理の大切さが分かりませんか?

特に、この辺りの人たちなどいつまでも逆恨みをしていたら、どんな病気になるか知れないのです。

反省されてはどうでしょう。それ以外で救われる道はないからです。

奇跡が起きている私が正しいのです。災いが起きている皆さん方が間違っているのです。間違っている方が反省しない限り、その災いは止まりません。

病気になるにはなるだけの理由があるのです。

例えば、先ほど書いた母の喘息ですが、ここ数年なのです。母が喘息になったのはです。

喘息は、吸う息と吐く息が合わない病気です。(喘息はゴホゴホゴホゴホ咳のし通しですから、当然、吐く息が多くなります)つまりこの病気は夫婦の息が合わないとなる病気なのであり、母は父とはあまり息があっていなかったんだと思います。

特に晩年はです。

母は最後、ボケた父にずいぶんきつい言い方もしていましたし、父が亡くなった時、涙一つ見せませんでした。(わりとケロッとしていました)

そういう態度を見れば分かります。母はもう一つ父に対する愛がなかったのでしょう。

それが最後に病気となって現れ、今の母を苦しめているのです。(これが若い夫婦で息が合わない〔不調和〕ということになりますと、それが子供に出たりします。だから、子供が喘息である夫婦などは、原因は自分たちの不調和にあるのですから、夫婦の不調和を直すと子供の喘息も治るということになるのです)

だから、母は父のことを反省し、死んだ後でもよいので、もう一度、父に対する愛を深めていくなら、母の喘息も治っていくと思いますが、いかんせん私のいうことなど母はききません。

病院に行って薬をもらっても、もう年だから治らんと諦めています。たしかに、肉体の衰えの影響はあるのでしょうが、しかし、その心を直すなら、そのような病気もずいぶん軽くなるのです。

そこらへんは私がだらしないため残念です。私がもっとしっかりすれば(たくさんの布施が集まって法の流布も大きく展開でき、母にも、もっと楽をさせていれば)母も私のいうことをきいて、こんなことになっていなかったはずであるからです。

しかし、今それをいっていても仕方がない話であって、今からでも遅くはないので、それが出来るよう努力するのみですが、母がいたお蔭でこれだけ法を説くことが出来、その結果(このブログを通して)多くの人が救われたことは事実でしょう。

そのことを人は知らなくても天は知っています。母は知らず知らずのうちに多くの徳を得ているのです。

そこだけは親孝行が出来たようです。(親に金や物を与えることが出来る人はたくさんいますが、親に徳を与える人が果たしてどれくらいいるのでしょう。そういう意味では貴重ですね)

とはいえ、親から借りているお金はずいぶんたまっています。(いま必要なお金は、母からもらっているのではなく、しばらく貸しておいてくれと借りているだけですから)母はそんな金は返さなくていいとはいっていますが、しかし、その金を返さないと、こちらが困るのです。

結局、この世で借りたものは(親であろうと誰であろうと)どこかで返さなければいけないからです。つまり、受けた借りは必ずどこかで返さないといけないのです。

それは来世になるか、再来世になるか、それは分かりませんが、どこかで必ず返すのです。

それが法則であるからです。(因果応報、善因善果、悪因悪果)

だから、今生受けた借りは今生で返しておかないと、どちらにしても、どこかでその借りは返さないといけないのですから、今生の借りは今生で返しておいた方がいいのです。

そうしないと、来世で苦労することになるからです。(その借りを返すことにです)

だから、とにかく、少しでも親から借りた金は、母が生きているうちに返しておきたいのですが、布施が集まらない限り返せません。(私は他の仕事はできませんから。法の流布以外で稼いでも叱られますから。天から。それにどっちみちもう私を雇うところなどこの辺りではないでしょう。私を雇って、そこにいる人たちがみな病気なってもかなわないからです。〔苦笑〕)

そうしてそれは、このブログを見ている人たちも同じなのです。

このブログをただで見ている皆さんは(報恩の行為をされない皆さんは)私に借りをつくっているのと同じなのです。

それも大変な借りでしょうね。大宇宙の法則を教えてもらえるなど、永い輪廻転生の間にもそうはあることではないからです。

その今生受けた借りを、来世まで持ち越したらどういうことになるのでしょう。

ほとんど出会えることのない、その教えに出会って自分は救われているのに、その借りを返さずに今生を終え、その借りをまったく別の時代に返すというのですから、その借りの返し方はこの世のものでいうなら破格なものとなるでしょう。

破格も破格、なんせ、この世に比べるものがない教えのお返しです。では、他の世でも比べるものがないでしょう。

だから、そんなお返しを来世まで持ち越すなら、そのお返しをするだけで一生が終わってしまうくらいの借金が来世に残るということです。(だから、そういう人は来世は借金漬けの生活で一生を終えるということです)

そのくらいの価値ある教えを人によっては何年にもわたりきいているのですから、今生、その借りを返せないなら、来世はその借りは莫大なものになるのです。

しかし、今生の借りを今生返しておくなら、宇宙の法則を知らされたそのお礼は、布施するだけでなく、そのきいた法則を他の人に伝えるということも出来ますし、その教えを実践することによって多くの人たちが救われるようなことが出来るかもしれず、様々な形で、今生、大宇宙の法則を伝えてくれた人に対するお返しが出来、だから、そのようなもろもろのことがプラスされ、今生受けた恩は、今生に返しておいた方が楽なのです。(そのようなプラスアルファが望めるからです)

この辺りの人たちが次々に病気になっているのも、今生、破格のものを借りていながら(この正法神理をきいて救われていながら)そのお返しをまったくしないことが原因であるのだし、この日本にこれだけ災いが起きているのも、それが原因であるのです。

今生借りたものは今生にお返ししないといけないのです。

その当たり前のことを当たり前にしてもらえませんか?

そうすれば、これだけ起きている悪いことも起きなくなるからです。

(例えば、先ほどの喘息の件でもそうです。あの話一つでもゲスな言い方をするなら金になるのです。〔書いた通りのことを実践して喘息が治ったら、こんな得なことはないのですから〕そういう話をこのブログの中には数えきれないくらい書いています。何で少しの布施くらいもしようとしないのですか?それはしようとしない人の方が明らかに悪いでしょう。だから天も怒っているのです)

追伸…最近、連日のようにテレビのニュースなどで流れていますが、あの千葉県の父親が十歳のわが子を殺してしまった事件は、本当に心が痛みますね。

あのニュースを観ていると分かりますが、あの父親は自分の妻に対しても暴力を振るっていたそうですね。

その後、子供にも暴力を振るうようになり、そうして最後は、その子を殴り殺してしまった。

ニュースなど見ると、この事件を、何か児童相談所が悪いなどというような不思議な報道の仕方をしているところも多いのですが、児童相談所の対応うんぬんより、こういう事件を起こしてしまった親が悪いのは明らかなのですから、まず親の犯罪を問うべきでしょう。

この事件を心の面(正法神理)から見るなら、すべての原因は、犯罪を起こした父親にあるのではなく母親にあるのです。

正法神理を知らない人たちは、母親もDV(ドメスティックバイオレンス)の被害者であり、父親に支配されて泣く泣く子供を見殺しにしたのであり、母親も被害者だというのでしょうが、そうではありません。

この母親(妻)こそ、父親(夫)をこのような暴君にしてしまった張本人なのです。

ブログの中にも書きましたが(私の父と母のことをです)妻の愛が足りないと夫はおかしくなるのです。(このように暴れたり、ボケたり、外に女をつくったりです。そういうことはおかしなことですから)

最初、この父親が自分の妻に暴力を振るっていたのは、自分のことをあまりにこの妻が分かってくれなかったからです。それに腹を立て、父親は妻に暴力を振るっていたのですが、この妻は、それでも自分の夫に対する愛が足りないということが分からなかった。

だから、この父親は今度は自分の娘にまで手をあげるようになったのです。子供に手をあげているのを見て、妻に自分の愛の足りなさを分かってほしかったからです。

しかし、妻はそれでも自分の愛の足りなさに気づかなかった。その結果、娘が命を落とすということになってしまったのです。

この妻が、夫に対する愛の足りなさに気づいて、夫にもっと愛を出していたのなら、こんな事件は起きなかったのです。

外は男が主役であり、内(家庭)は女が主役なのです。

家庭は女(妻、母)が、その愛で支配していかないといけないのです。(母系家族)その愛が足りないのであれば、家庭は揉めるのです。

この世のすべてのものには順序がり、役割があります。(それを壊しているのが、男女平等、同権などという浅はかな思想です)それを守るなら、調和し、安らぎの世界が生まれるのです。

この正法神理が少しでも早く多くの人たちに拡がっていくのを願ってやみません。そうすれば、このような悲しい事件は減っていくからです。

2コメント

2 コメント to “今生で受けた借りは今生で返す”

  1. うなッシー2019/02/05 at 10:09 PM

    私は昨夜園頭先生にお会いしました。もちろん夢の中での話ですが、ふと気が付くと大きな体をした人がいて、普段見掛けないほどの体格だったので興味があり見ていると、どこかで見かけた顔立ちであるなと思った瞬間、園頭先生と分かったのです。何と私は、子供が親に抱っこをねだるように抱きついて行ったのです。たとえ夢でも今に思えば大それたことであると少々心が痛みます。振り返れば、奇跡的にトラックから身を守れた時から神への感謝が深くなって周りにも不思議な事が現れだしてきた頃に、今度は自分の誕生日を向かえて志しを高く抱き、これからもっと神への感謝が深まるのであると心に響いたのです。そんな時に園頭先生の夢を見たのです。私にとってはこれほど心強いことはありません。今年一年を通し心をより高めるためにも、今夜の反省を実践して参りたいと思います。

  2. gtskokor2019/02/06 at 9:11 AM

    はは、それはよい夢を観ましたね。(笑)
    この教えを勉強しているということは、園頭先生の指導も受けているということです。
    ウナッシーさんも園頭先生から指導されているのでしょう。

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