>>ブログトップへ

2月 24 2019

命懸け

10:44 AM ブログ

最近は急に暖かくなって来ましたね。(まだ二月です。これも異常気象でしょうか)

このまま暖かくなるとのことですが、あまり寒いのは得意じゃないので私的にはありがたいですね。早く暖かくなるのはです。

この暖かさが続くのなら、今年は桜が早そうです。三月中旬くらいには開花したりして。(あまりに早いでしょうか。〔笑〕)

しかし、桜の開花は早くても、日本の人たちが神の心を開花するのはまだまだ先のようです。

どこも怒っている人たちばかりであるからです。(怒っていては神の心は開花しません。〔苦笑〕)

昨日でもやたら怒っている人がいましたが(爺さん婆さんにそういうのが多いです。それとトラックの運転手連中も)もうジタバタしたところで見苦しいだけです。

トラックの運転手連中も爺さん婆さんも先が短いのですから腹を決めましょう。もう地獄に堕ちるしかないとです。

などという冗談はともかく(冗談じゃないかもしれませんが。トラックの連中など一番先に滅ぼされそうだし、爺さん婆さんは先が短いのが当たり前だし)怒っていたって災いが止まるわけでもないのです。とち狂っている暇があるなら、もう観念して頭を下げたらどうでしょう。

どれだけ突っ張っても、突っ張れば突っ張るだけ不幸になるからです。

だいたい、自分たちは心を救われているくせに、それにはまったく感謝せず、無視したり、嫌がらせしたりしていて、いいことが起きるわけがないでしょう。

それが原因で災いが起きているのですから、それをどれだけ私のせいにしたところで、その災いが止まるわけがないのです。

起きている災いを止めたいのであれば、自分たちの悪い行いを反省してよい方に行いを変える以外、その災いを止める方法はないのです。

何でこんな簡単なことがいつまでたっても分からないのでしょう。

自分たちが悪いのを認め、これまでの行いを反省し、感謝して布施でもしたらどうでしょう。そういう善の行いをするなら、災いなどすぐにでも止まるからです。

それを誰もしようとしないから、特にこの辺りなど(この辺りばかりではないのでしょうが)次々に災いが現れ、皆、不幸になっているのです。

それに腹を立て、私に八つ当たりしていたところで自分が悪いのですからどうしようもありません。

命懸けでこの教えに逆らっているのではなく(ほんと命懸けですね。これだけのことが起きているのにまだ逆らっているなどです)早く詫びを入れて、命懸けでこの教えを実践してみてはどうでしょう。

そうすれば、どれだけ奇跡が起きてくるか分からないからです。

本当にもったいない話です。命を懸けてもよい教えがここにあるというのに、多くの人が逆のことをしているからです。

皆さん方の度胸がいいのはもう分かりました。(本当の神の教えにこれだけ逆らうのです。ほんと度胸ありすぎです)今度は、この教えに従う方に命を懸けたらどうですか?

そうすれば、起きてくる現象は百八十度変わってくるからです。

昨日は堀川の方に行っていたのですが、今年はカモメが早くにいなくなりました。(もう二~三週間くらい前から消えました)するともう魚があちこちで跳ねているのです。

他の水鳥はまだいるにもかかわらずです。(ほんとあそこの魚たち私が通ると平気で跳ねています)

魚が跳ね出すと春が来たことを実感するのですが(今年は早すぎですが。〔笑〕)魚だけではなく、歩いていると今の季節はすずめやムクドリ、その他メジロなどもよく飛んで来て近くの木の枝を飛び回っています。

他の鳥も同じように飛んで来て飛び回っていますが(ほんと私は鳥の名前を知りませんから。〔笑〕)もうしばらくするとツバメもやってきます。

早いのは三月末くらいには来ますかね。(去年はそのくらいの時期にもう見たような記憶がありますが…勘違いかな)四月に入れば確実に飛び始めて八月くらいまではいますね。

この辺りのツバメはです。

また、少々うるさい季節が始まりますが(川など行けば魚がガンガン跳ね、カニは出てくる、他の生き物も出てくる、空を見れば鳥が飛び回る。(すずめやムクドリばかりでなくツバメとかもほんとうるさいんですよ。ギャーギャー鳴きながら飛んで行きますから。〔笑〕)それもまた楽しいのです。

このような(他の生き物と調和された)楽しい人生を送りませんか?(怒ったり、恨んだりばかりしている)不調和な人生を送っているのではなくです。

このような楽しい人生を送っていると、他にも様々な奇跡が現れてきます。

少し祈れば病気が治ったり、困った時に祈ると、不思議と調和と安らぎのうちにその困ったことが解決したり、ついているようなことが次々に起きだしたりと、より楽しい人生が送れるようになるのです。

人生はよいこともあれば悪いこともあると、だから、悪いことが起きても仕方がないと、何か悟ったようなことをいう人もありますが、それは本当の正しい人生を知らないからそんなことをいっているだけで、釈尊が説かれた人生は、そのような四苦八苦の人生を解脱(げだつ)する道であったのです。(そこを間違えて、人生は苦なりと〔四苦八苦だと〕釈尊はいわれたと説いているのが今の仏教なのですが、そうではなく、釈尊はそのような苦しみの道を悟られることによって乗り越えられ、そのような四苦八苦を解脱する道を説かれたのです。今の仏教は釈尊の教えを途中で止めているのです。だから、奇跡が起きて来ないのです。しっかり釈尊の教えを説いていないからです)

だから、本当の人生は苦の道ではなく、楽の道であるのです。

それが実感として分かるのではないでしょうか。私に起きていることを知るならです。

本当の釈尊、キリストが説かれた教えを実践するのなら、このような(他の動物たちとも調和した本当の楽しい)楽な人生が送れるのです。

小さな我ばかり張って、命懸けでこの教えに逆らっているのではなく、命懸けでこの教えを実践されませんか?

この教えこそ、その本当の釈尊、キリストが説かれた教えそのものであるからです。

それは私たちに起きていることで証明出来るはずです。

何度もいいますが、命懸けで、この教えを実践されませんか?

そのような人たちから、真の楽しい人生が送れるようになるからです。

追伸…さすがにもう花粉は飛び始めていますよね。グズグズやっている人があちこちにいるからです。

だとしたら、はちみつ恐るべしですね。(笑)この時期になっても、ほとんど鼻水やくしゃみが出て来ないからです。(もちろん全然じゃないですよ。多少は出ますがしれたものです)

今年は薬など飲まなくても大丈夫そうです。

長年苦しんできた花粉症ともマジでおさらばできそうです。もう少し朝昼晩とはちみつを続けてみようと思います。

2コメント

2 コメント to “命懸け”

  1. うなッシー2019/02/25 at 7:18 PM

    どうやら視覚的障害も進行しているようで今日会社で転けてしまい、たまたま置いてあった部品の角部に小指を着いて怪我をしました。怪我の程度は小指の内側約7割くらいの皮が剥けてしまったのです。それでも皮は取れてなかったので、流水で洗い皮を元に戻しガーゼで巻いて近くの整形外科で手当てをしました。そこで診察してもらったところ、剥がれた皮の7~8割はもう既に付いていとのことで手当も簡単なもので済みました。当初私は縫うことも想定してましたが、結果的にはフィルム状のテープを巻き上からネット帯をしただけでした。何はともあれ不幸中の幸いで軽く済んでよかったです。まずはその事を神に感謝しつつ、今回の件でしっかりと反省へと進もうと思います。    

  2. gtskokor2019/02/25 at 8:07 PM

    それはよかったです。本当に不幸中の幸いですね。
    それにしても、すぐに奇跡が現れますね。法の実践の成果でしょう。
    ついでのようで申し訳ありませんが、ご寄付ありがとうございました。
    そのようなよい行いを続けているから奇跡的なことも次々に起きてくるのでしょう。
    このブログを見ている他の皆さんも少しはウナッシーさんを見習ってほしいものです。(それにしても、他の人は誰一人布施しません。〔苦笑〕)
    そうすれば災いばかりでなく、奇跡も現れてくるからです。
    (今日、久しぶりに庄内川に行ってきたんですが〔母が入院していた時はいけなかったので〕横の堤防道路を見て驚きました。また、一段と走るトラックが減っていたからです。〔久しぶりに見ると違いがよく分かります〕やはり段々車は減っていますね。この辺りの皆さんは特にですが、この教えを実践された方がいいのではないでしょうか。そうしないとあまりに危険であるからです)

Trackback URI | Comments RSS

コメント記入

Spam Protection by WP-SpamFree


あなたは人目の訪問者です。