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2月 28 2019

平成の堕落

11:00 AM ブログ

前回の話をもう少し書きますが、なかなか理解は出来ないかもしれませんね。

今のような考え方(男女平等、子育て、出産に男が立ち会うなどなど)が定着してもう三十年近くになります。

こういう考え方はまったくおかしいと今さらいってもです。

しかし、間違っているものは間違っているとちゃんといい続けないと災いはドンドン起きてきます。(神の怒りはますます激しくなります)

たとえ私一人であろうと正しいことはいい続けます。どちらにしても私は前からこのようなことはいっていましたから。

結局、男女平等にしても、自分中心の子育てにしても、最近は個人の尊重などと普段からいわれているため、それが正しいと思い込んで、皆、個人重視の(自分さえよければいいという)考え方をしすぎているのです。

それと秩序も段々壊れてきています。(例えば、男が出産に立ち会うこととか、最近は出来ちゃった婚が増えていますが、こういうことなどもそうです)

人への愛や調和を無視して、何でも自由で何でもOKではありません。すべてのものに秩序があり順序があるのです。

その秩序、順序も考えず自分だけで勝手に進めてしまっては揉めるに(不調和になるに)決まっています。

にもかかわらず、それを悪いとも思わない、逆に進歩的と勘違いしている人が多いから災いが多発するのです。

間違ったことを進歩しているなどと勘違いしているのではなく、もう少し全体的な、歴史的なものの見方をしないと、正しいことは分かってこないのです。

歴史上、誰もしなかったことをしているということは、進歩なのではなく堕落であるということを知るべきなのです。

だから、災いが次々に起きているのです。堕落している人が増えているからです。

よく考えてみれば平成の三十年は、このような間違った考えに強く支配された時代でした。だから、平成は多くの天変地変が起きたのです。

これだけ神の心(愛と慈悲と調和)に反した思いもないからです。

平成の時代、このような神の心に反した、自分本位な考え方は私生活だけにとどまりませんでした。

だから、デフレが続いているのです。神の心に反した自分本位な心が経済にまで影響しているからです。

実際そうなのです。バブルがはじける前まで(だから1990年代以前)はインフレが続いていたのです。

その頃までは、まだ多くの大企業が下請けのことも考え仕入れ値を毎年上げてくれていたからです。

だから、この頃までの大企業は、どこも下請け企業に対する買値を上げるのが当たり前であったのです。

今では考えられませんが、その頃までは大企業は下請け企業がいなかったら、自分たちの仕事も成り立たないと(実際にそうですし。自分たちが出来ないところを下請け企業がカバーしてくれているのですから)感謝して、下請け企業を自分たちの子会社(というより家族)のように考え、ちゃんと自分たちの利益を下請け企業にまで回していたのです。

つまりこの頃まではどの大企業もみな愛があったということです。

下請け企業の売値が毎年上がるなら、下請け企業は設備投資も出来ますし、従業員の給料も上げることが出来ます。

設備投資も増えて、従業員の給料も上がるなら、当然、景気はよくなります。多くの金が世の中に出回るからです。

つまり、その世に出回っているものは物質的に見ればお金ということになりますが、心の面から見れば、それは愛ということになります。

その愛が巷にあふれていたのです。だからインフレが続いていたのです。その多くの愛のため景気が本当によかったからです。

しかし、バブルがはじけたのち1990年代後半くらいからでしょうか。その愛が段々なくなっていったのです。

つまりどの大企業も、この頃から(だから平成のはじめくらいからでしょうか)売値を全然上げてくれなくなったということです。

上げるどころか、毎年値下げを要求するようになっていったのです。(つまり愛が急速に〔急速にです〕なくなっていったということです。何でこれだけ急にと思いましたが、アメリカなどの他国の影響があったように思います。そういう話を〔アメリカ式、アメリカ式などという言葉を〕その頃さかんにきいていたからです)

これでは下請け企業は持ちません。つぶれるところや貧困化する中小企業が続出したのです。

確かに(バブルがはじけたため)景気も悪くなっていったということもあったのでしょうが、それ以上にこの頃から多くの人々に愛がなくなっていったのです。

なぜなら、これまでも景気が悪い時などいくらでもあったからです。しかし、大企業が下請け企業に対し、これだけ値下げを要求したことなどなかったからです。

これまでならです。どれだけ苦しい時でも、大企業は下請け企業に対し、今年は儲かっていないので値上げは出来ないが来年は頑張るからと、ことわりを入れ、そうして、実際に翌年は値上げしてくれたところがいくらでもあり、昭和の時代までは、大企業は下請け企業を(自分のところ以上に)大切にするということが当たり前のように行われていたのです。(これはつくり話でも何でもなく、本当の話ですから。実際、私の若い頃は〔だから三十年くらい前までは〕そういう話をいくらでもききました。「今年は上げられないが来年は頑張るからと親会社がいっているので、今年は我慢する」とか「今年はこれだけしか上げてくれなかったが、来年はもっと上げるからといってくれた」とかいう話を中小企業の社長からよくきいていました。昔は売値が上がるのが当たり前だったのです。今から考えると、まるでおとぎ話のようですが〔苦笑〕しかし、昭和までの時代は本当にそういう〔売値が上がることが当たり前の愛にあふれた〕時代であったのです)

それだけ大企業が下請け会社を大事にしてくれるのですから、当然、下請け会社も頑張ります。

そのような愛の循環が好景気を呼んでいたのです。

しかし、平成に入ってからは、大企業は居丈高になり、下請け企業に毎年、値下げを強要するようになります。それが嫌ならやめろとです。

こうなってからです。デフレとなって不景気となっていったのはです。つまり段々、愛がなくなっていったということです。

だから、好景気のわけがないのです。これだけ巷に愛がなくなって好景気になるわけがないからです。

だから、今、さかんに政府などがいっている好景気というのは統計不正によるでっち上げの嘘なのであり、もう平成に入ってからは(デフレになってからは)景気がよくなったことなど一度もないのです。

何度もいいますが、これだけ愛がなくなって好景気になるわけがないからです。

このように私生活から経済に至るまで(もっというなら政治や教育までもそうですが)愛がなくなり、堕落していったのです。

平成の世はです。

だから平成はこれほどの天変地変が起き、いま現在もそのようなことも含めた異常現象が止まらないのです。

多くの人々が堕落しているからです。

しかし、その平成も今年で終わります。それでもまだ(次の時代も)この平成の堕落を引きずるのですか?多くの人がです。

それでは不幸は続くのです。

古いものは悪と決めつけるのではなく(新しいものでも悪などいくらでもあるからです)昭和の時代のよき愛の心をもう一度思い出さないともう日本は持たないのです。(ほんと滅びそうです)

そのような愛の心があるなら、また奇跡は現れてきます。

このまま心を変えぬままでいくのなら、次々に不幸が起きてきます。愛と調和の心を、そうして秩序と順序をもう一度取り戻しませんか?

それ以外で不幸から逃れる術はないからです。

2コメント

2 コメント to “平成の堕落”

  1. うなッシー2019/02/28 at 7:34 PM

    先日、指の怪我をしたことでそれについて反省をしました。やはり、私自身に足らないところがあったことで怪我に繋がったものですが何も今回に限らずということもあります。そこで私は随分前の自分と今の自分とで反省の仕方の違いに気付くことになりました。以前の反省ですと、何か失敗をすると「自分が悪いのでそうなった」という感じで自分の人間性を否定していたのでした。これではよろしくない結果になるのは当然のこと。自分を責めることで自分を否定し劣等感を植え付け、更に小さくしてゆくのが分かります。しかし今の反省は、何がいけなかったのかその原因を突き止め二度とその過ちをしないと自分に言い聞かせるのです。これですと、今の自分を認めて、更に自分を高めることが分かります。でもそれは単に考えたから分かったものではなく、感謝を通して気付くことができたのです。感謝することで周りが見え、自分が為すべきことが分かってきたのです。自分を見ている間は自分のことしか見えないのです。自分のことしか見えてないので、自分を責めることになったと思います。しかし、結果的に自分を高める反省ができているから今があるのであり、やはりその事に感謝すべきであると心に思うので今晩もまた感謝わ実践します。そんな自分を振り返ると、そこには感謝の連鎖がありもう
    私の生活に感謝は欠かせないものとなっているようです。

  2. gtskokor2019/02/28 at 7:55 PM

    そうですね。そのような反省の仕方でよいと思います。
    頑張ってください。

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