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4月 14 2019

悪因悪果

10:23 AM ブログ

前回のようなブログを書かくと、いきり立って「俺はビビっていないんだ」みたいな人がたくさんいて(苦笑)嫌がらせしてくるんですが、そうはいっても車が(人も…)減っているのは確かなのです。

あまり無理しても危ないだけです。

素直に頭を下げ神理に従われてはどうでしょう。神の業が次々に現れているのは事実であるからです。

しかし、この辺りの人たち、それだけ悪いことをしていたら悪いことは起きますよ。その自覚は持った方がいいでしょう。

自分は悪いことをしているという自覚がないと「悪いことはお前のせい」という思いが消えないからです。

いっている意味が分かる人がどれだけいるのか知りませんが(この辺りは「はあ、悪いことをしているのはお前の方だろう」と思う人ばかりで)別に布施まではしてもらわなくてもいいんですが(それは自由ですから)少しくらいの感謝の心は持ってはどうでしょう。

そういう心もなくて一方的に私に嫌がらせをしているだけでは、これだけひどい人もいないからです。

だってそうでしょう。この辺りの人たちは大方、私のブログを読んでいるのです。

にもかかわらず、誰も感謝しないのです。

そういう態度はひどい態度ではないのですか?

長い間、私のブログを見ているのなら、心が救われた人もいるでしょうし、神や心の知らなかったことを教えられた人もいるでしょう。

そういうことはないと、この辺りの人たちは私のブログを見て、心が救われたこともなければ知らないことを教えられたこともないという人ばかりかもしれませんが、そういう物知りで優秀な人たちでもです。(苦笑)

このブログを長く見ているのなら、暇つぶしくらいにはなっているのではないですか。どこかよいところがなければ見る必要もないからです。

どういう心でこのブログを見ている人が多いのかは知りませんが、この辺りは、私のブログを見ている人が多いのは確かなのです。

そうであるなら、そのことについて少しの感謝くらいはするべきなのではないでしょうか。

まったく意味がないものを(あるいは自分にとってマイナスにしかならないものを)読む人はいないと思うからです。

何かプラスになっているから、このブログを読み続けていると思うからです。

では、そのプラスの分くらいは感謝されてもいいのではないですか。

それくらいの感謝もなければあまりに人として傲慢であるからです。(こっちはお前のブログを読んでやっているだけだ、などという人がいたら、どんだけ傲慢なんだと誰でも思うはずですから)

ところがこの辺りの人たちは、長年、このブログを見ている人が多いのに誰一人、私に感謝しないのです。

感謝するどころか、一方的に嫌がらせをして行く人ばかりなのです。

これ悪いことではないのでしょうか?

先ほども書きましたが、人のブログを感謝もせず、当たり前のように読んでいるだけでも傲慢なのです。

それプラス嫌がらせです。

ではそういう人は、どれだけひどい態度を取っているのか、という話にもなるはずです。(なりませんか?)

そう考えれば、バスやトラックの運転手などずいぶんひどいことをしているのではないでしょうか。

散々、私のブログを読んで、自分たちは得しているのに(心が救われたり、知らないことを知ったりして)まったく感謝もせず、逆恨みして怒りまくって一方的に(ブシュと)嫌がらせをするだけして走りさっていくからです。(物を投げられたこともありますし)

こんな自分勝手でひどい態度もないのではないでしょうか。こちらの言い分などまるできこうとしないからです。(というか、いう暇もなく行ってしまいますから)

だから、これだけトラックが減ってしまったのです。その自分たちの自分勝手で傲慢な態度が自分たちに返ってきてです。

だからいっているのです。自分たちが悪いことをしているという自覚を持たないといけないとです。

そうしないと、悪い結果がなぜ現れてきているのか、正しく理解することが出来ないからです。

悪い原因を正しく理解していないから(それを私のせいにし続けているから)ずっと出続けているのです。

悪い結果がです。

自分たちが悪い原因をつくらない限り、自分たちに悪いことが起きてくることはないのです。

悪因悪果というのは神理であるからです。

自分たちが悪い原因をつくらない限り、自分たちに悪いことが起きてくることはありません。その悪いことを止めたいのであれば、自ら悪いことの原因をつくらないことです。

そうすれば、その悪いことは黙っていても止まるからです。

この世は、そのような法則通りのことしか起きて来ないということを、せっかくこのブログを見ているのなら、よく理解してください。

そうしないと、このブログを読んでいる意味がないからです。(苦笑)

追伸…最近の週刊誌の皇室たたきは異常ですね。あまりに度が過ぎています。

まして愛子天皇という言葉まで出てくるとなると、もはや狂っているとしか思えませんね。

日本の皇統を(男系男子というです)壊そうとでもしているんでしょうか?この連中はです。

そうだとしたらずいぶん恐ろしい考えです。それは自らをも破壊する行為であるからです。

日本の人々が、日本の根本である皇統を壊そうとすれば、自分自身も壊れることになります。それは自分自身を(日本人自身を)壊そうとすることと同じ行為であるからです。

こちらでは、そのような現象が次々に現れています。(日本に必要な〔そうして世界にも必要である〕正法神理をつぶそうとしている人が多いため、自らがつぶれていっている)同じことをすれば同じ災いが起きてきます。

いい加減にしたらどうでしょう。それだけ恐れ多く危ない行為もないからです。

2コメント

2 コメント to “悪因悪果”

  1. うなッシー2019/04/14 at 9:35 PM

    昨夜に今年に初盆をむかえる亡き叔父が夢枕に立ちました。その叔父は癌で亡くなったものですから、最期は痩せて憎い口も笑い飛ばしていた元気な頃とは全く違う容姿でした。しかし、夢の中で見た叔父は元気そのもので笑顔も良かったです。実はその事は昼間にふっと思い出して「あ、そういえば夢に出たな」位のことでしたので、次に考えたのは、そう言えば人は死んだ後暫くは生きていた時と同じだときいたな、するともしかして今は私の神への感謝と自身の反省をどんな思いで見ているのだろう?と色々と頭の中で巡らせてて暫く時間を過ごしました。てもそれより以前に亡くなった祖父母、父、兄弟がいるのですが、その人達は今も見ているのだろうか、今はどうなっているのだろうとその亡き叔父の夢枕を切っ掛けに湧いた思いをいまは胸に置いています。機会があればその事についても思いを巡らせてみます。

  2. gtskokor2019/04/15 at 9:11 AM

    そうですね。ウナッシーさんの行いは(法の実践は)亡くなられた身内の人たちを救っているでしょう。
    法の実践は、亡くなっている人たちにもおおいに気づきを与えるからです。
    私たちは(法の実践者は)生きている人たちだけではなく、亡くなっている人たちにも大きな影響を与えているのです。

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