>>ブログトップへ

4月 16 2019

この世の人もあの世の人も救う教え

11:14 AM ブログ

さすがに昨日など引いている人が多かったですね。前回のブログがききましたかね。(笑)

そうはいってもすぐにきかなくなります。(苦笑)今度こそ本当に反省する人が出てきてほしいものです。

間違ったことをしているのは、そちらの(私に嫌がらせをしている人たちの)方であるからです。

もう私のいうことをきいた方がいいです。私のいうことをきくなら必ず幸せになれるからです。しかし、逆らい続けるならこれもまた必ず不幸になります。

これだけ逆らっている人たちに不幸が起きているのです。そういう事実は事実としてもう認められてはどうでしょう。

そうすれば楽になる(心が安らぐ)からです。

本当の神の教えであるこの正法神理に逆らうなら何人たりとも幸せになることはないのです。そうして従うなら何人たりとも幸せになれるのです。

そうでなければ、この教えが数百年も数千年も(あるいはもっと前から)語り継がれるわけがないからです。

私が説いている教えは釈尊やキリストが説かれた教えと同じ教えであるからです。

だから、この教えの実践者になるなら誰でも奇跡が起きるのです。本当の神理はすべての人を救うからです。

いま現在、私たち以外で奇跡が起きる人がいなくなったのは、この教えをしっかり実践している人がいなくなったため(間違ったことを実践している人たちばかりになったため)奇跡が起きなくなっただけで、この教えを正しく実践している人たちには必ず奇跡が起きるのです。(だから、釈尊やキリストの弟子たちはもちろん、高橋先生や園頭先生の弟子たちにも同じように奇跡は起きていたのです。正しくこの教えを実践していた時にはです)

そうしてそれは、昨日のウナッシーさんのコメントにも書いたんですが、生きている人たちだけではありません。この教えを実践するなら、亡くなった人たちにも同じように奇跡が起きて救われて行くのです。

この教えの実践者は(法の実践者は)多くの人に、多くの影響を与えるということを知ってください。

実際に私など、この辺りだけでもどれだけ多くの人に影響を与えているか分かりません。(よい影響か、悪い影響かは別にして)そうして、それは生きている人だけではないのです。

亡くなった人にも同じように影響を与えているということも理解しないといけないのです。

だから、ウナッシーさんも、この前のコメントのような亡くなった人の暗示的な夢まで観るのです。(いっている意味が分からない人はウナッシーさんのコメントを読んでください)

ウナッシーさんが観た夢は、それは一種の霊夢なのであり、身内で亡くなった人が、ウナッシーさんがこの教えを実践していることにより救われたということを教えるものであったのです。

亡くなった人たちも、生きている人たちと同じように、私たちのいうことやることはきこえているし観えているのです。

ただ、亡くなった人たちは、それをこちらに伝えることは出来ません。すでにいる世界が違っているからです。(肉体を持っている私たちは三次元の世界に住み、肉体がなくなった死んだ人たちは四次元以降の世界に住んでいるからです)

一方的に観ているだけなのです。(しかし、観ることだけは出来ます。それはちょうど三次元に住む私たちは一次元〔長さだけの世界〕や二次元〔長さと幅だけの世界〕を見ることが出来るのと同じ理由なのです)

だから、深く縁があった人たちなど(例えば、親兄弟、親戚、親しかった友人などなど)自分の近くに来ている人(霊)もいるのですが、ただしそれは地獄に堕ちて苦しんでいる霊であるということを知るべきでしょう。

苦しんでいる時に頼るのはやはり縁が深かった人であるからです。(自分が苦しんでいる時に全然知らない人に助けてくださいとはいわないはずです。それは霊も同じなのです)

悟って天上界ににいる霊たちは天上界でちゃんと生活しています。そういう霊がこの世に降りてくることはめったにありません。(何かよほどのことがない限り)

あの世はあの世で自分のやることはあるからです。それにこの世にくるより天上界にいた方がずっと楽しいからです。

しかし、地獄界は違います。地獄にいても苦しいだけですので、地獄にいる霊は助けてほしいとよくこの世に出てくるのです。

多くの人がよく観ることがあるお化けや幽霊などみな地獄霊です。だから、あんなおどろおどろしい姿をしているのですが、あれは化けて出てきているのではなく、苦しんで助けを求めて出て来ているということを知るべきなのです。

まあ、たまに恨みを持ったまま死んで、それで出てくるのもいますが、そういう霊も苦しんでいるのです。

だから、そういう霊も救ってやらないといけないのですが、その救い方がです。

これまでの宗教では、お経を上げろとか、何か食べ物をお供えしろとか、祈れとかいわれていましたが、しかし、そういうやり方を何十年も何百年も続けていても、一向にお化けや幽霊は減らないのです。

実際、ポルターガイスト現象など、最近はよくテレビで出てきますし(あの東京などでよく電車のガラスなどがぶっ壊れるのも似たようなものではないのですか。〔苦笑〕)このような霊障などの話は枚挙にいとまがありません。

一向に減る気配がないのです。なんで減らないのですか?

それは、そのようなやり方をしていても霊は成仏しないからです。

つまり、そういうやり方では迷える霊を救うことは出来ないのです。

それはそうでしょう。それは生きている人を基準に考えてみれば分かるはずです。

悩んでいる人にお経を上げて、それでその人が救われるのでしょうか?食べ物を上げれば救われますか?ただ、祈るだけで救われるのでしょうか?

悩んでいる人にいくらお経を上げても救われることはないのです。また、その人が腹が減っているというのならともかく、悩んでいるのですから、その悩んでいる人にいくら食べ物を与えても、その悩みが解決するわけではありません。

またそれは祈りも同じでしょう。こういう悩みがあるのです、と相談を受けている人が、その悩んでいる人に向かい、ひたすら祈っても、それでその悩みが解決することはないのです。

つまり、このようなやり方をしていては悩み苦しんでいる人を救うことは出来ないということです。

だから、迷える霊も救われないのです。人と霊の違いは、肉体があるかないかの違いなだけであるからです。

それ以外の(考え方の)違いなどないからです。

では、どうすればその悩んでいる人を救えるのですか?

それは、その悩みをきいて正しい解決策(その悩みがなくなる方法)を教えてやることです。

そうすれば、その悩みはなくなるからです。

意識、つまり自分の思いは生きていても死んでも何も変わらないのです。即身成仏(死んだとたんに何もかも悟って、成仏する)などありえませんし、また死んだら意識がなくなって無になるということもありません。

死んでいても、生きていても、自分の考えは同じであり、ただ、肉体があるかないかの違い、それだけなのです。

では、その考え方は一緒で、肉体だけがなくなった人のその悩み苦しみを取るにはどうしたらいいのですか?

だからいっているのです。これまでのようなやり方では霊は成仏しないとです。

それはそうでしょう。生きて悩んでいる人にこれまでのようなやり方をしていたところで(お経、食べ物、祈り)誰も救えないのですから、それは死んでしまった人でも同じなのです。

何度もいいますが、生きている人と死んでいる人との違いは、肉体があるかないかの違いなだけだからです。

では、死んで悩んでいる霊なども、生きている人と同じようにその悩み苦しみをよくきいてやり、その原因を取り除いてやらないといけないのです。

そうしない限り、その霊の悩みは消えず、その霊は成仏できないのです。

しかし、死んでいった人とは(先ほども書きましたが)会話は出来ません。

では、どうするのか?ということになります。

だから、この正法神理の実践が大事であるといっているのです。(ようやくここまで来ました。前置きが長すぎました。〔笑〕)つまり観て悟れということです。

この教えを実践しているのなら、次々に奇跡が起きるのですから、では、そのような迷える霊もこの教えを観て実践すればいいのです。

そうすれば、奇跡が起きて救われて行くからです。

実際、この教えをあの世で実践するのなら、この世以上に奇跡が現れてくるのです。もうこれまでも何度も書いていますが、あの世は思ったこと、行ったことが、即、自分に返ってくる世界であるからです。(それはこれまでも何度も書いて来ました。この世は、特に末法の世は何かしてもそれが自分に返ってくるのには時間がかかる、しかし、正法の世になれば、それがあの世並みに早く自分に返ってくるようになる。だから、こんなに災いばかりが起きるようになったのだとです。心が悪い人が多いためです)

だから、迷える霊が私たちのまねをして、この教えを実践するようになるなら、即、救われて行きます。

この教えを実践するようになると、私たち同様、多くの光の天使たちが集まってくるようになるからです。(私たちには光の天使がたくさん集まってくるから様々な奇跡が起きるのです)

その集まって来た光の天使たちに、その迷える霊は救われて行くのです。

だから、ウナッシーさんの癌で亡くなった身内の方が夢枕に立たれたのです。その方は、ウナッシーさんの法の実践を知る(観る)ことにより自分が救われたからです。

それをウナッシーさんに知らせるため、夢枕に立たれたのです。

その方は癌で死なれたということですので、死んだあとも苦しんでいられたことでしょう。(癌の痛みがとれずにです)それで苦しいんで身内のところに降りてこられた。

そこでウナッシーさんの行いを観て、自分の悪かったところを反省された。そうしたら、たちまち救われた。

それでウナッシーさんにお礼をいうため夢枕に立たれた、そんなところではないのでしょうか。

そういうことは(法を実践していれば)普通に起きることであるからです。

このように、この教えを実践するなら、この世で自分が救われるだけではなく、死んで行った親しかった人たちも救われて行くのです。(本当にです。これまでのような嘘ではなくです)

あの世の人たちも、この世の人たちも同じように救うのがこの教えなのです。

それなのに、多くの人々がこの教えを知りながら無視を決め込んでいます。

なんと、もったいないことをしているのでしょう。それだけ無駄な時間もないのです。

この世の人たちだけではなく、死んで行ったあの世の人たちまで救いませんか?

この教えは(正法神理)それほどの力があるからです。

0コメント

Trackback URI | Comments RSS

コメント記入

Spam Protection by WP-SpamFree


あなたは人目の訪問者です。