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5月 02 2019

天の導きと皇統の重さ

10:53 AM ブログ

昨日の新天皇陛下の即位の儀式の時には東京は晴れていたそうですね。

そうであるなら天は日本の天皇陛下は祝福していられるのでしょう。(日本全体はともかくです。この辺りはずっと雨でしたから)天皇陛下がいなければ日本は中心をなくしてバラバラになってしまうからです。

令和の時代となったので一つ書いておきますが、初代の天皇である神武天皇はアシュク如来といわれた方でした。(だから、神武天皇がお説きになった古神道は正法神理であったのです。〔注、神社神道とは別です〕)

ですから、男系男子という皇統がダメになって女系天皇にでもなれば、アシュク如来である神武天皇の血筋が途絶(とだ)えるということになります。(女系では血筋が変わってしまうかもしれませんから。結婚する男性によってです)

如来の尊い血筋が途絶えるなら、それではもう天皇陛下が日本の中心にはなり得ませんので、皇統である男系男子が途絶えるかもしれないというのであれば、それはもう旧宮家の皇籍復帰しかないのです。(旧宮家なら男系男子の方々がまだ残っていられますから)

それ以外で尊い天皇家の血筋を途絶えさせない方法はないからです。(だから私は、この「男系男子」という皇統を潰〔つぶ〕そうとしている人たちを祈りましょうといっているのです。皇統を潰されたら日本はバラバラになるからです)

だから、今回、新天皇陛下の即位の儀式の時に晴れたのは当然なのです。

今回のご即位も男系男子が守られ、如来の血をひく方がちゃんとまた日本の天皇陛下として即位されているからです。

それを天が祝福しないわけがないからです。

そのような尊い血筋の方が天皇陛下となられたことで、これでまた日本もまとまることが出来るのですが、こういう事実を知らないため、皇統の危機だからと、そうして、世は男女平等だからと、平気で女系天皇を推す人たちも出てくるわけです。

しかし、それはとんでもない話なのです。

神武天皇以来の如来の尊い血筋である天皇陛下の男系男子という皇統は、何としても維持しないといけないのです。

それでこそ、天皇陛下は日本の中心たりえるからです。(これにて女系天皇論は終わりですね。それでは尊い血筋が途絶えてしまうからです)

それに今いわれている男女平等だから、男も女も平等になどという思想は、たかだかここ数十年の話です。

では、それが本当に正しいものなのかどうかはまだ分からないのです。

たった数十年くらいの思想はこれまでもいくらでも出てきているからです。しかし、その数十年で消えてしまった思想などこれまでの歴史上いくらでもあるからです。(そのような思想は間違っていたからです)

しかし、日本の男系男子という皇統はすでに二千年以上も続いているのです。二千年以上も続いているということは、それが正しいからそれだけ長く続いているのであり、正しくないのであれば、これだけ長きにわたり続くということはないのです。(それは釈尊やキリストの神理を知れば分かるはずです。釈尊やキリストのいわれたことは正しいから、これだけ長い間〔釈尊は二千五百年、キリストは二千年〕伝えられ続けているのです)

だから、いま現在いわれる男女平等などという思想と、日本の男系男子という伝統とは全然重みが違うのであり、比べるだけでも恐れ多いということを知るべきなのです。

歴史的重みがまるで違っているからです。

何度もいいますが、たかだか、ここ数十年の(男女平等などという)思想など正しいかどうかまだ分からないのです。

実際、男女平等などといわれている世界で何が起きているのですか?争いばかりではないですか。

その男女平等が進んいる日本以外の先進国では、離婚率は高いし、デモなどは激しいし、戦争に加担しているところまであるのです。

男女平等が進んでいる国より、進んでいないといわれている日本の方がよほど平和なのはなぜなのですか?

そのような状況をよく考えないといけないのです。世界でいわれているからと何でもかんでも取り入れるのではなく、そのようなことを取り入れている国々は本当に調和しているのかと、よいことが起きているのかと、それをよく見ないといけないのです。

そうしないと、その思想が本当に正しいかどうかは分からないからです。

まあ、いま見ている限りではです。その男女平等という思想はです。取り入れれば取り入れるだけ揉めているようです。そのような国々が多いからです。

そうであるなら、男女平等思想は正しいのでしょうか?

これまでの歴史上、そのような思想はありませんでした。これまでは、男は男の役割を守り、女は女の役割を守り、そうして、互いに協力するところはして、そのように男女のすることは別々であったのです。

しかし、ここ数十年の男女平等論はそのようなこれまでの考えを破壊したのです。

何でもかんでも男と女を同じにして、同じ仕事を同じようにさせたのです。

男女の身体の違い、考えの違い、長所、短所の違いなど一切無視してです。

その結果どうなったのか?まあ、私的には完全に失敗していると(やはりこれまで連綿と続いてきた男女の役割を一切無視して同じにしてしまっては、うまくいくわけがないと、だからこれだけ揉めているんだと)そう思っていますが、それは私個人の見方であり他の人たちは他の人たちの見方があるでしょう。

だから、男女平等論を一概に間違いであるとはいいませんが(今の時点ではです)そういう、たかだか数十年の思想を少なくとも日本の伝統である皇室に持ち込んでほしくはありません。

何度もいいますが、そういう思想は間違っているかもしれないからです。数十年の思想と数千年の伝統とでは重みが違うからです。

しかし、これもまた何度もいいますが、正しいことをしているのなら、奇跡が起きてきます。(今回のように新天皇陛下のご即位の時だけ雨という予報が外れて晴れたようにです)それに対し間違ったことをしているのなら、そこに災いが起きるのです。

そのような天の導きは必ずあるからです。

男女平等を激しくいっている国であればあるだけ揉め事(ということは、それは災い)が起きています。

果たしてそういう思想は正しいのでしょうか?

2コメント

2 コメント to “天の導きと皇統の重さ”

  1. うなッシー2019/05/05 at 7:24 PM

    私がこの度、伊勢神宮への参拝ができて、熱田神宮の参拝と先生とお会いできたそのことこそ私が神へ祈ったことなのでした。そんな私が実際に参拝を通して、さて何かが変わったのか。いいえ別に何も有りませんでした。
    神様に祈った、そんな願い事をして直ぐに何か奇跡が起こるような、霊的な現象を期待する人もいるかも知れませんが私はそんなに直ぐ奇跡を現せるほど、キリストやモーゼのようなことはないのです。他の方々と同じで、もっと沢山の経験をして反省を通して心をきれいにして行くことが必要なのです。それは私だけでなく全ての人もやらなければならないことなのです。ただ少しだけ他の方よりそれに気付くのが早かったということなのです。そうしたことを改めて教えられたことが、この伊勢への参拝を通して私が受けた神への思いなのです。しかし伊勢へ出向く前と後では、こんなにもと思うくらいに神への思いが浮かんでくるその変わりように気付いているのことはあります。なのでその思いに感謝して令和への新たなスタートとします。

  2. gtskokor2019/05/05 at 8:26 PM

    そうですね。そのような地道な行いが大事であるのです。
    しかし、このブログを見ている他の人たちは……本当に情けなくて言葉も出ません。(まったく神の道を進もうとしないからです)
    何年たっても、無自覚、無反省、これでは日本によいことが起きてくるわけがないのです。
    このブログを見ている、ウナッシーさん以外の人たちが、日本にこれだけの災いを起こさせているのです。

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