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5月 07 2019

神のご加護

11:02 AM ブログ

ゴールデンウィークも明け、今日から始まりのところばかりのようですが(相変らずうるさそうです)しかし、いつまでも(神に対し)思考停止状態で怒っていても仕方ないでしょう。(というか、危ないだけです。そういう態度を取り続けているのはです)

神に対し、もう少し考えを進めてはどうですか。そうすれば救われるからです。(というか、そうしない限り救われません)

前回も書きましたが、日本の人々は、大きな使命を(正法神理流布)果たそうとしないからこうなるのです。

それがつくり話でも、夢物語でもなく、本当のことであるということは、私に次々に起きる奇跡で証明されているはずです。

それでも理解しようとはしないのでしょうか?そのような使命をです。

それともう一つ、無神論などというすさまじいまでの神に対する不遜さです。

そのような神の意志をまったく無視する傲慢不遜な態度を取り続けているから(しかもダブルで)よけい災いも起きるのです。

だいたい、神につくられた世界にいながら無神論を唱え、そうして本当の神の教えを無視し続けているとは一体どういうことでしょうか。

これだけ不遜な行い(というか、デタラメな行い)もないからです。

だから、日本はこれだけの災いを起こされるのです。デタラメな態度を取り続けている人が多いからです。

この教えが本当の神の教えであるから(ウナッシーさんのように)この教えに従っている人には奇跡が起きるのであるし、逆らっている人には災いが起きるのです。

そういうことが起きることが、神がいる何よりの証拠であるのだし(神の存在がなければそんな不思議なことが起きるわけがありません)この教えが本当の神の教えであるという証拠でもあるはずですが、それが分かっていながらです。(分かっていながらですよ)

いつまでも神を信じようとしないし、このブログにまったく感謝もせず、従おうともしない。

それどころか逆らいまくって平気で嫌がらせをしてくる人までいる。(しかもたくさん)ちょっと考えられない態度ですね。

このブログを見ている人たちはです。

これまでの人たちであるならです。神の存在を現象を通して教えられ、本当の神の教えを伝えられていると分かったのなら、誰だって感謝して、多くの人が真剣にこの教えを勉強されたのです。

そうした方が自分自身が(本当に)救われると分かっているからです。(誰だってそんなこと分かると思いますが…)

少し昔の人なら、本当の神の教えに出会えたのなら(そうして神の存在まで現象を通して〔口だけじゃないのです〕教えられたのなら)もう涙を流して感謝して、喜んで布施してくれたのです。

昔の人になればなるだけ、神の存在と本当の神の教えの尊さはよく分かっていたからです。

ところが、現代の人は(平成の人はと申しましょうか、このブログを見ている人は)一体どうしたことでしょう。

神の存在を教えられ、このブログに書かれたことが、本当の神の教えであると分かっても、何か当たり前のようにそれを読んで、書いてあることが自分の意見と合わないと平気で怒る人はいる、長く書かなきゃ書かないでまた怒る人はいる、いいことを書いて、それで心が救われたり、自分が知らないことを知らされたりしても、特別それを喜ぶわけでもなく感謝することもなく、興味本位で、ただ読んでいるだけみたいな人ばかりです。(ウナッシーさん以外は)

そういう冷めた態度で、いつまでたっても神を信じず、本当の神の教えの価値も理解しようとしない、それで、そういう態度が正しいと思っているのでしょうか?

そのような人たちはです。

まあ、正しいと思っているからそういう態度を取り続けているんでしょうが(それでは血も心も通っていないロボットのようなんですが、いやいやここまで来ましたか、ロボット化がです。〔苦笑〕)だとしたら、本当に哀れですね。

だから起こされるのです。これほどの災いをです。

そんな(人として)外れた行為もないからです。

何度も書きますが、昔の人ならです。これほどのことが起きているのなら皆とっくに神の存在を認め、そうして本当の神の教えなどきけば泣いて喜んで感謝して布施してくれたのです。

そして、本当の神の教えに出会えたのなら真剣にその教えを学んだのです。

それが人として(神の子の血も心も通う人間として)当たり前の態度であると理解していたからです。

だから、神のご加護もあったのです。

そのような神を真剣に思う態度を神が喜ばれないわけがないからです。また、それが人しての神に対する正しい態度であったからです。

だから、皆それなりに幸せに暮らせたのです。(これほどの災いも起きずにです)神のご加護の下です。

しかるに現代の人たちは(このブログを見ている平成思想の人たちは)先ほども書きましたが、そのような昔の人の態度とは正反対の態度を平気で取っているのです。

神も神の教えも無視する、そのような傲慢不遜な態度を取り続けていて、どうして神の加護が受けられましょう。

だから、起きているのです。これだけの災いがです。これだけ集中的にです。

それだけ神に対し不遜な(しかも超がつくほどの)態度を取る人が日本にはたくさんいるからです。

そうではないでしょうか。逆に、神のご加護などといって笑わない人が現在の日本にいますか?

そういう人を探す方が大変でしょう。

現在の日本の人々はそうなのです。神のご加護などといえば笑いとばし、そうして正月にでもなれば皆いそいそと初詣に行って一生懸命お参りする。(その神のご加護を得ようとです)

そのようなトンチンカンなことを平気でしている、神に対し傲慢不遜でいい加減な態度の人たちばかりであるのです。

都合のいい時だけ神を思い、そうして必要でない時は無神論、そういう一種、気が違っているとしか思えないようなおかしな態度を平気で取っているから、これほどの災いを起こされるのです。

自分たちの神に対する態度のおかしさが分かっていないからです。

だから、神の存在をしっかり認めようともしないし、本当の神の教えに対する価値がいつまでたっても分からないのです。

それだけあやふやでいい加減な態度を神に対し取り続けているからです。

その自覚がないと神に対し、真摯な態度は取れないのです。(ということは、この教えに対しても同じでしょう。自分たちの神に対するいい加減さを分からないとこの教えの価値も分からないのです)

少し考えてみてください。そのような(神に対する、そうして、この本当の神の教えに対するあやふやな)態度を仕事で取ったらどうなるでしょうか?

そういういい加減な仕事をする人によい仕事は来ないでしょう。(それはそうです。都合のいい時だけ、その仕事をして悪い時はしないとか、どういう仕事をもらっても喜びもしなければ感謝もしない、興味本位でしか仕事をしない、では、段々仕事は減って行くでしょう)

それと同じで、仕事に対してはいい加減なことはしないのに、神に対しては本当にいい加減なことをしているのです。

日本の多くの人々はです。

その自覚がないから、これだけの災いを与えられるのです。それでは神のご加護を得られないからです。

平成以前が、平成ほど災いが起きなかったのは、過去の人たちが、それなりに神のご加護を得られていたからです。(つまり今ほど神に対し、いい加減な態度を取る人はいなかったということです)

だから、平成ほど集中的に災いを起こされなかったのです。神の加護の下では災いは起きないからです。(しかし、それなりには起きましたけどね。昔の人でも間違った部分はありましたから。その部分には災いは現れます。間違いを反省させるための現象としてです)

現在の人たちは、あまりに神に対する態度が間違っているため、その神のご加護が(ほとんど)もらえていないのです。

その結果がこれほどの災いであるのです。

もう、これまでのような平成思想(神に対するいい加減さ)は捨てませんか?令和の時代に入ったからです。

神のご加護がないところは不幸にしかなりません。いま現在の日本にこれだけの不幸が起きているのは、神のご加護を得られていないからです。

そのような(神に対する)いい加減さを捨てませんか?真剣に神を思ってこそ、神のご加護も得られるからです。

2コメント

2 コメント to “神のご加護”

  1. うなッシー2019/05/11 at 11:09 AM

    休み明けの仕事の初日に、寝坊をしてしまい私はいつもの電車に乗ることができず家内にお願いして会社まで送ってもらうことにしました。会社に向かっている途中で家内が「なんか警告ランプが点いているんだけど」というので確認してみると、オーバーヒートの警告ランプでした。直ぐに路肩に止めて車両の点検をすると、エンジンを冷やす液が空っぽでした。このまま走れば確実にエンジンが止まるし、まして家までなんて走れない状況になってしまいました。そんか中で、近くに会社と提携しているガソリンスタンドを思いだしそこへ駆け込みました。そこで何とか応急処置をしてもらい家までは帰れるようになったし、帰ったらいつもの整備工場に連絡がとれるので一件落着となりました。この一連、たまたま寝坊して、家内の車で会社へ向かいその車に異常がでたら、たまたま会社と提携しているガソリンスタンドがあった。そんな偶然が重なったように思える出来事をどう振り返るのか。そこが心の在り方になると思うのです。偶然とみるか神への感謝に価するものなのか。何気ない日常に実は神の愛を承けていることを知る機会となりました。

  2. gtskokor2019/05/11 at 1:28 PM

    教えられたんでしょうね。奥さんがウナッシーさんと一緒の時にです。
    その方が原因が早く分かり、早く直せるからです。
    そういう教えられることは多々あるというのに、この辺りの人たちは、全然、気づこうとしません。(今日も朝からどこかの会社などひどい怒りようです。もう、災いが止まらなくなっているようです)
    原因が分かっていても直そうとしなければ、より悪い現象が現れます。(車も同じでしょうが)早く素直に、その悪い原因を取り除いてほしいものです。
    そうすれば、災いは起きないからです。
    (ウナッシーさん、何でコメントを一番、新しいブログにしないのですか?これだと分かりにくいんですが…)

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