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6月 27 2019

無責任な態度

11:01 AM ブログ

愛知県清須市で段ボール工場や住宅などが燃えた大規模な火事が起きました。

この前は名古屋市で二人が刺される殺人事件もありましたし、車は減っているし、豚コレラは止まらないし、ほんとこの辺りいいこと起きません。(私がよく行く庄内川も最近はよく死体があがっているんですよね。〔怖〕)

神の心に逆らっている人が多いからでしょう。この辺り、恐ろしいことばかりが起きてきます。(ほんと私の周りだけです。楽しい奇跡が起きているのはです)

ウナッシーさんからまた布施をいただきました。心より感謝します……で、他の人はどうなんですか?まだ、罰当たりな態度を続けるのでしょうか?これだけ災いが現れてきているのにです。

今度は台風ですか。また、梅雨前線と重なってすさまじい雨になるんでしょうね。(すでに、そういう予報が出ています)本当にドンドン悪いことが起きてきます。

どれだけ私がいっても(ウナッシーさん以外のこのブログを見ている人たちが)罰当たりな態度をやめようとせず、愛の行為を(報恩の行為を)行おうとしないからです。

しかし、これは少しひどいですね。(そう思いませんか?ウナッシーさん)

だって、もう自分たちが何もしないから、このようなひどいことが次々に起こされているということが分かっているのです。(それともまだ否定されますか?いつまでも正しことを認めようとしない人は、それこそ病気が現れて来ても知りませんよ。もうごまんと現れているからです。こちらはそういう現象がです)

これまでは、まだそのようなことは本当とは思わなかった、半信半疑であった、などと、とぼけることも出来ましたが、これだけ分かりやすくそれを証明するような現象が(地震が)起きたのですから、それでもまだ私のいうことを無視して、それでいて平気でこのブログを読んでいるのならです。

そういう人は、起きることが分かっていて故意に災いを起こさせているのか、それとも、災いなどどれだけ起きても、人のことなど知らないと、自分さへよければ(助かるなら)それでいいと、そう思っているかのどちらかであるからです。

そのどちらであっても、あまりにひどい考えなのではないでしょうか。

そのような態度は、日本にどれだけ災いが現れても自分は一切知らないと、人のことなど、どうでもいいと、そういっていることと同じであるからです。

それはあまりに無責任な態度でしょう。そのような考えは自分さへも滅ぼすことになるのです。

もうお分かりいただけたと思います。ここに書いていることの正しさはです。

同じ時刻に地震が起きた後、私があれだけ警告したにもかかわらず、それでも(ウナッシーさん以外の)誰も動こうとしなかったがため、今度はあれだけ遅れていた梅雨に(関西方面など)急に入って、そうしてそこに台風までぶつけられるのです。

この台風も、梅雨前線がなければ、この時期はそれほど強い台風になるわけではないので、大した被害は出ないはずですが、急に日本全体が梅雨に入ったことで(梅雨のない北海道以外の)その大したことがなかった台風が梅雨前線と重なって、またどこにどれだけすさまじい大雨被害が出るのか分からないのです。

すでに沖縄など昨日もすさまじい雨になっています。(もちろんそれで冠水被害や土砂崩れの被害が相次いでいます)

これ以上、神から災いを現されてはならないのです。もう正しい信仰をするしかないのです。それ以外で、この(次々に)起きる災いを止める手立てはないからです。

それでもです。それでもまだ私のいうことを無視しますか?このブログを見ている人たちはです。

この教えに唯一従っているウナッシーさんにはちゃんと奇跡が起きているのです。私にも、もちろん起きていますが、しかし、この教えを実践する人が増えてくれば、このような奇跡が次々に現れてくるのです。

そうして、そうなれば今のように次々に起きてくる災いも止まるのです。

どちらにしても、それが一番大きいのではないでしょうか。これだけ災いが起きたら(皆さん方が大好きな)仕事も遊びも何も出来なくなるからです。

それどころか、命までなくすのです。

では、一刻も早く従ってもらうしかありません。この教えを実践する以外でこの災いを止める方法はないからです。

最近、この辺りでは、まだ一部の小学生ではあるのでしょうが、私に頭を下げ、挨拶をしてくる小学生が増えて来ました。

小学生の集団と行き会うと、向こうから「こんにちわ」と声をかけてくるのです。

表面上、そのような態度を取っているだけの小学生では救われませんが、少しずつでも心が変わってきて、反省した思いから、そのような態度を私に取る小学生がいたのなら、その小学生は救われて行くでしょう。

そのような反省する心が自らの心をきれいにして行くからです。そのきれいな心が自分自身を救うのです。

そのような小学生たちは自分で変わらないとダメだと、自分でそう思い、自分でそういう態度に改めたのでしょう。

もうどちらが正しいかは(私か、それとも私に逆らっている人たちかは)小学生でも分かるはずであるからです。

これだけ奇跡が起き続けている私が正しくないはずがないからです。

このような小学生たちのようにです。自分で考え自分で態度を改めた人だけが救われて行くのです。(それが自力です)

大人たちはこのような小学生たちを少しは見習ったらどうでしょう。大人たちがこのような態度を取るなら、災いは段々収まって行くからです。

本当は大人たちが先にこのような態度を取って、そうして子供たちを導いてやらないといけなかったのです。

それにもかかわらず、まだ大人たちは災いを起こすことしかしない。(私のいうことに逆らって)もう子供たちは、そのような大人をあてにせず、自分自身で考え、そうして自分自身で行いを変えたのでしょう。

それが正しいと自分で判断してです。(大人がダメなばかりに本当にけなげです。涙が出ます。〔涙〕)

どちらにしても、子供らのそのような私に対する正しい態度は子供ら自身は救いますが、世の中を救う(災いを止める)までには至りません。

やはり世の中を救うことが出来るのは大人たちであるからです。

大人たちが、いつまでも小学生以下の態度を取り続けていては世の中を救うことは出来ません。

大人が世の中を救うことが出来ないのであれば、そういうけなげな小学生たちにも申し訳が立たないでしょう。

大人は大人としての責任を果たしてください。(無責任な態度はやめてです)そうしないと、そのようなけなげな小学生たちをも滅ぼしてしまうことになるからです。

(そのようなダメな大人たちがです)

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