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7月 04 2019

如来の教えを知らされている人の責任

11:17 AM ブログ

さて、いよいよ参院選も始まりますが、すさまじい雨ですね。

九州南部など大変な雨になっているようですが(千ミリ以上降ったところもあるようで)もう折れたらどうでしょう。もちろんあなたたち(このブログを見ている人たち)がです。

これだけの災いが起きているのです。

この調子で災いを次々に現されたら日本が滅んでしまいます。(そうすると日本を滅ぼすのは、財務省でも、消費税でも、影の世界政府でもなく、このブログを見ている人たちということになりますが……)このブログを見ている人たちが態度を改めれば全然変わってくるのです。

日本に起きてくることもです。

いい加減、信じませんか?私のいうことをです。

皆さん方がこの教えを信じ行うなら、今度は次々に奇跡が現れるようになるからです。

間違っているから災いが起こり(これだけの災いが起こされているのですから、相当な間違いをしています)正しいから奇跡が起きるのです。

基本これだけは、このブログを見ている人たちは(如来の教えを知らされている人たちは)信じたらどうでしょう。

そうすれば正しさの基準が少しは分かってくるからです。

もう時代が変わっているのです。末法から正法の世にです。

だから(広く大きく豊かできれいな)正法の心にならないといけないと(狭く小さく貧困で汚い)末法の心のままではいけないと、そういっているのです。

末法の心のままでは時代と心が合わないため災いが起きてくるからです。

その通りのことが起きているにもかかわらず、このブログを見ている人たちは、それを信じようとせず、一切、心を変えようとしません。

ただ、このブログを読んでいるだけです。

だから、悪いことが起きてくるのです。それでは心が変わらないからです。

心を変えなければ起きることは変わって来ないからです。

そのような理由から(末法から正法の世に心の時代が変わってきたため)悪いことが起きて来ているにもかかわらず、この辺りの人たちなど、それをまったく理解しよとせず、その悪いことを全部私のせいにしています。

それでは汚い心をよけい汚すことになり(自分の罪を人に擦り付けているからです。そんな悪いことをずっとしていれば心はドンドン汚れていきます)この時代、汚い心をよけい汚しているようでは、この辺りによその地域以上の災いが起きて来ても決して不思議ではないでしょう。

その汚れた心がより多くの災いを呼ぶからです。

結局、心を変えないからいけないのです。末法の心から正法の心へとです。この辺りの人たちはもちろんですが、他の地域の人たちもです。

だから、日本にドンドン災いが現れ止まらないのです。自分たちの心は変えずにいて責任転嫁ばかりしているからです。

それでは心が汚れはしてもきれいになることはありません。だからよけいひどい災いが現れてくるのです。みな同じように、汚い心をよけい汚しているからです。

そのような人たちと比べ心を変えている私たちにはちゃんと奇跡が起きているのです。

その書いた通りのことが起きているのですから、これだけ正しい話もないと思うんですが、その実例をこのブログにいくら書いてもです。

まるで無視です。

何で無視するのでしょう。これほどの災いが日本中に起きて来ているのにです。それに対し、私たちにはこれだけの奇跡が起きているのにです。

分かりませんか。いっていることの意味がです。

繰り返しますが、これだけの災いが日本中に起きていても、私たちの周りには次々に奇跡が現れているといっているのです。

何で、この重大なことを理解しようとしないのでしょう。このブログを見ている人たちはです。

ことの重大さを多くの人が理解するなら、この災いを止めることが出来るのにです。

そうして次々に奇跡まで現すことが出来るのにです。

しかし、書いていることの重大さをちっとも理解しません。まだ分かりませんか?この教えの大事さがです。

つまり私は「この如来の教えを多くの人が実践するなら、日本にこれだけ起きている災いも止めることが出来、次々に奇跡を現すことも出来る」と、そういっているのです。

もう前から何度もです。

それをいつまでたっても信じようとしませんが、その通りのことが起きているではないですか。それなのに何で信じようとしないのですか?

口だけでいっているわけではないのです。この教えを実践している私たちには、実際どれだけ多くの奇跡が現れているか知れないのです。

それをこのブログを見ている人たちはみな知っているはずです。

それなのにいつまでたってもそれを認めようとしませんが、それを認めないがため、これだけ多くの災いが日本に未だ起き続けているのです。

ことの重大さをこのブログを見ている人たちがいつまでたっても理解しようとしないからです。

実際に可能なのです。この教えを実践するなら「災いを奇跡に変える」ことがです。

しかし、それを多くの人がいつまでたっても理解しないため、災いが起き続けているのです。

そのような人たちが理解するなら災いは止まるのにです。奇跡に変わるのにです。

しかし、無理解な人たちばかりなため、いつまでたっても災いは止まらないのです。

本当に無責任です。如来の教えを知らされているにもかかわらず、そうしてその如来の教えをもう何年も前から見ているにもかかわらず、いつまでたっても、その如来の教えの偉大さを理解しようとしないからです。

分かりましたか?今日のブログの題の意味がです。

つまり、如来の教えを知らされている人たちは、それほどの責任があるということです。

如来の教えとは、世に起きている不幸を幸福に変えることが出来るからです。

如来の教えは天に通じているのです。

だから、正しく行うなら奇跡も起きるし、逆らうなら災いも起きてくるのです。実際に天に通じているからです。

だから、本当にこの教えを実践するなら、日本にこれだけ起きている災いも奇跡に変えることが出来るのです。実際に私たちにはそのようなこと(奇跡)が何度も何度も起きているのですから、これだけ正しい話もないわけです。

そうであるならです。それを知らされた人たちが、いつまでもそれを信じようとしなくてよいのですか?自分さへそれをきけばそれでよいのでしょうか?

そんなわけがないのです。如来の教えを知らされた人たちは、それを信じて、自身で勉強するのはもちろんのこと、それを人にも伝えないといけないのです。

天に通じているものは自分一人だけのものではないからです。天に通じたものは、この世のすべての人のものであるからです。

だから、如来の教えを知った者は、そのような責任があるのですが(自分で信じ勉強し人にも伝える)それにもかかわらずです。

このブログを見ている人たちは何人の人がそれをしたのでしょう。ほとんどしていないのではないでしょうか?

この教えが如来の教えと知っているにもかかわらずです。

そういう自覚があるにもかかわらず、如来の教えを知った者としての責任をほとんどの人が果たしていないのです。

それでは天も怒ります。

だから、これほどのこと(災い)も起こされるのであるし、ことの重大さも理解出来ないのです。

如来の教えを知ったことの責任の重さを理解しようとしないからです。

しかし、私はそのようなことをもう何度もこのブログに書いてきたのです。この教えを知った人は大きな責任があるとです。

しかし、それさへもしっかり理解しようとせず、自分本位なことをし続けているのが、このブログを見ている人たちなのであり、だから、これほどひどいことも起こされるのです。

如来の教えを知った者の責任を多くの人が果たしていないからです。

長年このブログを見ている人たちは(長年如来の教えを知らされている人たちは)そこに書かれていることを信じ、その偉大さを知り、自分で勉強して、それを世に伝える、そのような大きな使命があるのです。

しかし、このブログを見ている人たちは、その使命を果たそうとせず、如来の教えを知らされている人の責任の重さを理解しようとせず、自分のことばかりしているのです。

だから、起こされているのです。これほどの災いが日本にです。それだけ如来の教えを知らされている人々の責任は重いということです。

如来の教えを知った者の責任の重さを少しは理解していただけるでしょうか?(それとも未だしようとはしませんか?)

しかし、その重さが分からない限り、日本に起きている災いは止まらないのです。

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