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8月 18 2019

必ず出る結果

10:33 AM ブログ

どうでしたかね。台風十号はです。

大雨が降るには降って、冠水被害や土砂崩れ被害もありましたが、思ったほどではなかったんではないですか。

雨の降り方がです。台風がくる前にいわれていたほどではです。

だって、台風がくるまでは、今回の台風はすさまじい雨になるような(それこそ西日本豪雨の再来くらい降るところもあるような)言い方を天気予報ではしていたからです。

多いところでは、雨が千二百ミリを超えるみたいなこともいっていましたが、そこまでは降らなかったんではないですか。どこもです。

前回ああいうブログを書いて、祈り方まで書いておいたのです。

祈られた人もいるのではないでしょうか。いくら無神論の人が多いとはいえです。責任を感じている人もこのブログを読んでいる人の中にはいるはずだからです。

しかし、祈られた人は幸いでしょう。そのような人たちは愛の心で祈られたはずであるからです。

愛の心で正しい祈りをされるなら、それはすべて自分の徳になります。

そのような無償の愛が今回強力な台風の勢力を弱めたのです。

そう思わないでしょうか。私たちが(もちろん私も祈りましたが)祈る前と後では、明らかに台風の勢力が落ちたように思えたからです。

あのブログを書いた後、雲の画像などよく見ていましたが、雲の隙間が増えて集中豪雨も減っていったように見えました。

まあ、かなり贔屓的(ひいきてき)な見方かもしれませんが、しかし、台風十号の総雨量が十号がくる前の予想より明らかに少なかったのです。

祈ったからこうなったといっても別に差し支えないのではないでしょうか。雨が少なかったのは事実であるからです。

しかし、正味な話です。多分、祈っていなかったら大変な雨になっていたと思いますよ。今回の台風十号はです。(汗)

そういう予想をしていたから記者会見まで開いたんでしょう。気象庁はです。もし、その予想が当たり、西日本豪雨クラスの(千二百ミリを超えるくらいの)大雨が一部にでも降っていたらどうなっていたでしょう。

その激しい雨に見舞われたところは多くの人たちの命が失われていたということです。

それが思ったほどではなかった、これはたまたまではありません。天が正しい祈りをした人たちの祈りをきかれたのです。

だから、それほどの大雨が降らなかったということです。

もうこのブログを何年も前から見ている人たちなら、それが本当だと分かるはずです。事実は事実です。今回は私たちの祈りが多くの人たちの命を救ったのです。

台風十号の大雨で亡くなるはずであった多くの人たちの命をです。

前回のブログで祈り方を書きましたが、お前のいうことなどきけるかと思い祈らなかった人もいるでしょう。あるいはめんどくさがったりしてです。(五分もあれば祈れるのにです)

しかし、そのような人たちは大きな徳を得るチャンスを失したということです。ただでさえ、そのような人たちは徳がないにもかかわらずです。(徳がないから罰など当たるのです)

どれくらいの人たちが今回祈ってくれたのかは知りませんが、だから私は、そのような(祈った)人たちは幸いであると書いているのです。

天国はその人たちのものであるからです。(そのような普段からの少しずつでも人のために何かしようとするその努力が、最後は自分自身をも救うのです。つまり、死後の世界も〔自分が天国に行けるか地獄に堕ちるかも〕決めるということです)

しかし、今回のことでも分かりませんか?たとえ直前であってもです。正しい祈りは何らかの形できかれるということがです。

必ず何か結果が現れるのです。正しく祈るならです。

しかし、多くの人が神社やお寺など行って祈っていますが、まずきかれないでしょう。それは正しく祈っていないか、その祈りが正しくないかのどちらかだからです。

正しい祈りは必ずきかれるのです。(そのきかれ方の多い少ないはあるにせよです)

正しい教え、正しい祈りとはそのようなもので必ず何か結果が現れてくるのです。

だから、私には奇跡が現れているのだし、その私に露骨に逆らっている人たちには次々に罰が当たるのです。その行いが(私は正しいし、私に逆らっている人たちは)間違っているからです。

正しい教えに逆らうなら罰が当たる、これもまた結果なのです。(そのような結果も必ず現れてくるということです)

その結果がです。これだけ悪い方、悪い方に出ているというのに、なんで行いを変えようとしないのでしょう。このブログを見ている多くの人たちはです。

行いさえ変えれば起きてくることは変わってくるのにです。

それは今回の祈りでも分かると思います。正しい祈りをするなら、その祈りはきかれます。では、正しい行いをするなら、必ず奇跡が起きるのです。

それなのに何でそれを(正しい行いを)いつまでも拒んでいるのですか?多くの人がです。

だから、いつまでたってもよいことが起きて来ないのです。頑なに自分たちの(間違った)行いを変えようとしないからです。

悪いことばかり起きている人などは特に自分の行いを変えようとしません。だから、よけい悪いことが起きてくるのです。

いつまでも間違った行いを続けることは間違っているからです。

このブログ見ている多くの人たちは、悪い結果を好んで出しているとでもいうのでしょうか?まあ、そんな人はいないと思いますが、例えば仕事などで考えてみてもそれは分かると思います。

仕事の結果がずっと悪く出続けているのに、それでも、やり方を頑なに変えない会社があったとしたら、その会社はどうなるでしょうか。

簡単な話です。そんな会社は最後にはつぶれてしまうのです。

だから、当然、仕事で悪い結果が出ているような会社があるなら、そういう会社は、その仕事のやり方を変えるはずです。そして、どういうやり方が一番いいのか、いろいろ試されるはずです。

そうして、その中で一番いい(一番よい結果が出る)やり方を実践されるはずです。

仕事では(金儲けでは)そのような正しいやり方をするはずなのに、こと神に関することは全然、その正しいやり方を実践しようとはしないのですね。

多くの人がです。これだけ分かりやすい結果が現れているというのにです。(苦笑)

だからいけないのです。仕事は自分たちの生活の一部でしかありませんが、神に関することは私たちの生活の全部に当たることであるからです。

それなのに、一部しか正しことを行おうとしない(例えば仕事のことだけとかです)これではよいことは起きてきません。

ほとんどの部分で正しい行いをしないことにはよいことは起きて来ないのです。つまり、そうしない限り自分の人生はよくならないということです。

仕事でしている正しい行いを、神に対してもされませんか?それを実践出来た人から救われて行くからです。

(正しい教えを実践するなら、必ずよい結果が現れてきます。今回、私のいうことを素直にきいて祈った人たちはすでに多くの徳を得て、ずいぶん救われているのです。〔その結果は、後々、必ず現れ来ます〕では、もっと私のいうことをきいたらどうですか。そうすればもっとよい結果が現れ救われて行くからです)

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