10月 23 2019
布施の心
ちょっとウナッシーさんのことを書いておきます。
こういうことは布施の強制になるといけないのでこれまで書かなかったんですが、もう布施をもらわなければ日本も終わるというところまで来ています。(皆が気づいていないだけで)
だから、ドンドン書いていきます。どうしても、このブログを見ている布施をしようとしない人たちから布施をもらわなければいけないからです。
ウナッシーさんは今は毎月のように布施してくれているのですが、一時、一年ほどでしょうか。まったく布施をされなくなった時がありました。
別にそれは自由なんですが、その間、なにか分かりませんが、ウナッシーさんは布施をする気がなくなったんだな、とこちらは感じていたのです。そういう感じがしてならなかったからです。
そうしたらです。面白いことにその間はウナッシーさんに全然奇跡が起きなくなったのです。
何でそんなことが分かったのかといえば、書いてくるコメントが当たり前のことしか書いてこなくなったからです。
それで分かったのです。「ああ、ウナッシーさん布施の心が消えているわ」とです。
その布施の心が消えるとです。不思議なことに奇跡も消えるのです。起きなくなるということです。
結局、正法神理の実践とは、必ず「布施の行為」が入っているからです。
だから、布施の行為がなくなってしまうと、それは正法神理を実践していないということになり、それで一変に奇跡も起きなくなってしまったのです。
それに私は気づきましたが、しかし、布施しないと(布施の心をなくしていると)奇跡は起きませんよ、などとはいえません。(布施は自由ですから)
まあ、そのうちに気づくだろうと知らん顔をしていましたが、そのうちにウナッシーさんは布施のことに気づき、また布施をされるようになりました。
そうするとまた奇跡的なことも起きて来て、今も奇跡的なことが起き続けていられるようです。
ウナッシーさんがそのことにどれくらい気づいていられるのか、それは知りませんが、それだけ布施の行為は大事であるということです。
とはいえ、別にそれは毎月しないといけないということではありません。
布施は半年に一回でも、一年に一回でも、やれる範囲ですればいいのですが、要は布施の心を忘れてはならないということです。(このブログを見ている人たちは、忘れるも何もする必要がないと思っているようですが。〔苦笑〕)
そういう布施の心は(それはすなわち愛の心でありますから)それだけ尊く奇跡を現わす力があるということです。
その布施の力を結集しなければ、この日本に起きている災いは止まらないのです。
まだ、私のいうことを無視し続けていますが(このブログを見ている人たちはです)残念ではありますが、このブログを見ている人たちが無視をすればするだけ、ひどいことが日本に起きてくるのです。
昨日も雨になり十九号の被災地など大変だったようですね。
長野など千曲川の水位が上昇して再び避難をしなければならなくなったようですし、他の場所でも片付け作業が出来なくなり、また壊れた家などが水浸しになってしまったとか。
今日は晴れるようですが、また明日から雨になるんでしょう。(しかも大雨に)
台風(二十一号)は本州はそれていくようですが、父島などの小笠原諸島を直撃する恐れがあり、八丈島などもこれから大荒れの天気になる予報が出ています。(猛烈な台風にまで発達しているようですから。二十一号はです)
それだけではなく、その台風が低気圧を刺激して、それで本州も大雨が降るところがあるとか。
明日以降の雨でまた十五号や、十九号の被災地には雨が降ることになるのです。
これだけ雨が多くては被災地の復旧など出来るわけがありませんし、二次災害の心配まで出てきます。
このブログを見ている人たちが、私のいうことを無視しているからこれだけの雨が降り(私はそう書きましたよね。前のブログにです。このブログを見ている人たちが無視を続ければ雨が続くとです。その通りのことが起きています)その無視を続ければ続けるだけ日本の各地にひどいことが起こり、天変地変で被災したところなどの復旧、復興は遠のき、日本は疲弊していくのです。
そうしてそれはこの辺りも同じなのです。昨日など愛知県では渋滞の玉突き事故が相次いだようですが(それで十七人もの人がけがをしたとか)今日など、どこかの会社もずいぶん静かです。
よほどのことが起きているのでしょうが(そうでなきゃ、この連中が静かにするはずがありません)もうこの辺りは、そこらじゅうでそんなことが起きているようです。
とにかくひどいことの起き方のレベルが最近は違ってきているようであるからです。
私を粗末にするということは神を粗末にするということです。
神を粗末にしていてはいいことが起きてくるわけがありません。だから、ドンドン悪いことが起きてくるのです。
多くの人が(私がこれだけいっているにもかかわらず)いつまでも神を認めず、傲慢な態度を取り続けているからです。
如来の教えをきいているあなたたちが、布施を(報恩の行為を)しようとしなければ、まだこれからドンドン日本に悪いことが起き、多くの人たちが不幸になります。
私は神の命でこのブログを書いているのであって、だから、ここに書いていることがそのまま起きてくるのであるし、このブログをじゃましている者たちには次々に災いが現れるのです。(その通りのことが起きているのだからもう理解しないさいよ。それがどれだけ現実離れのした話であってもです)
その神の命を無視し続けている。ずいぶん、このブログを見ている人たちは恐ろしい態度を取り続けています。
知りませんよ、これ以上、私のいうことを無視していて、日本がどうなってもです。そうして自分たちの罪がどれだけ増えてもです。
あなたたちが私のいうことをきき入れ、布施するまで、この起きている災いは止まりません。
その通りのことが次々に起きて来ています。いい加減、神を認めて罰当たりな態度を改めてください。
それをしない限り、災いは激しくなることはあっても止まることはないからです。
・
追伸…昨日行われた「即位の礼」では万歳旗など数本が強風で折れて落ちてしまったらしいですね。
このような重要な日にこのような縁起の悪いことが起きるのです。このままでは日本は落ちていくしかないということです。
それを神が「即位の礼」を通して、私たち日本の人々に教えているのです。
正殿の儀の最中に、皇居に虹がかかったと喜んでいる人たちもいますが、その部分だけ取って喜ばれても、昨日の即位の礼では、それ以外の悪いこともいろいろ起きたのです。(トレーラーの事故や先ほどの万歳旗が折れたりのです)
それはどういうことなのかということをよく考えないといけないのです。
だから私はいっているのです。日本には大きな使命があるとです。(だから、天皇陛下の様々な儀式の時には天気もよくなり虹も現れる)
しかし、その大事な使命を日本の人々は果たそうとしないのです。(だから、同じ祭事の最中に悪いことも現れる)
即位の礼の時のような日本にとっての大事な儀式の時に、よいことも悪いことも両方現れている、このことの意味を日本の人々は早く理解しないといけないのです。
それを理解しようとしない人たちばかりであるから、これほど日本に災いが現れているのです。
(本当に日本に対しても申し訳ないです。これだけひどいことを日本の国に起こしてしまっているからです)



人目の訪問者です。

これから載せるコメントは決してブログの内容を加味したものでなく、朝からの自分に現れる出来事をまとめたもので、今晩載せようと決めていたものです。朝に目が覚めると背中に痛みがありました。実は筋トレのミスから暫く首から背中に痛みがあり整体で治療している最中で快方に向かっていたのです。それが朝から痛みがありましたが、いつものように朝の感謝をしていると不思議と痛みが軽減してくるのです、それが分かるのです。そこで今日は一日を通し、意識的に感謝を実践しました。途中痛みを感じる時は感謝を忘れて仕事に没頭していたことに気付き、また感謝をしながら仕事に戻ると痛みが和らいでくるのです。そうして一日を過ごした今は随分と楽になりました。このことを通して、心の在り方を教えられた気がしました。神が有難い、有難いと言ってばかりで心はさっぱりでは何もしないのと同じであろうかと。今回の台風直撃からの先日のコメントを通して御指南下さり、心新たに邁進して参ります。
もうこちらでもこれだけ現象が現れているのです。ウナッシーさんにも様々な現象が現れてくるでしょう。
しかし、ウナッシーさんはドンドン実践していきますので、それでいろいろな導きも現れてきますが、こちらの人たちはこのブログを見ていても一つも実践しようとしません。
だから、悪いことばかり現れてくるのです。よい実践を一つもしようとしないからです。(どこかの会社など見ていても、また何か起きたようなんですが、それでも平気で嫌がらせしています。こんなことしていたらいいことが起きてくるわけがないのです。悪い実践を重ねていれば悪いことしか返ってこないからです)
よい実践が出来るか否か、それのみなのです。