11月 07 2019
宗旨替え(しゅうしがえ)
しかし、よいのですかね。この辺りの皆さんなど宗旨替えしなくてです。
だって危ないでしょう。ずいぶん出ているようだからです。過ぎ越しの祭がです。
こちらでは、白鳥公園や六番町の辺りにある会社なども出ているようですし、中川運河の辺りもそう。ナゴヤ球場の辺りもそう。家の近くでも怪しいところがいくつもあります。(なんかドンドン増えていきます)
そうして、どこかの会社や(また今日も朝からカーンとかしていました。〔汗〕)その次に出ているところなど、確実に出ていると思われるところが段々、引き出してもいます。(あれほど怒っていたのにです。今日のどこかの会社などドン引きです)
もう相当、出だしたんではないかと、このままでは本当に滅びるところが出てくるんではないかと(ほんと危ないと思うんですけどね。どこかの会社などです)そう思えるのです。
それでいっているのです。この辺りの人たちは宗旨替えしなくてよいのですか?とです。
だってこちらは、それを間違えていると(間違った信仰をし続けていると)本当に命が危ないからです。
だからこちらの人たちなどです。お寺や神社で祈っているだけとか、お経を上げているだけとか、仏像を拝んでいるだけとか、それで信仰していると満足していると(心そっちのけでです)もうコロッと逝ってしまうかもしれないのです。
そういう信仰をしていた人たちがすでにたくさんコロッと逝っているからです。もうコロッと逝った人は一人や二人ではないからです。
そのような信仰(?)など日本人なら誰だってしています。しかし、そういうことをしている人たちがこちらはドンドン急死しているのです。
では、そんな信仰などしていても意味がないということになります。
だって、もし、そのような信仰が正しい信仰であるなら、多くの人が、そんないきなりコロッと逝くようなおかしな死に方はしないはずであるからです。
何かお蔭があってもおかしくはないはずだからです。(もうちょっとまともな死に方したいですよね。いきなり死ぬのではなくです)
どちらにしても、そんないつコロッと逝くか分からないなど危なくて仕方ありません。
だから、ソロソロ正しい信仰をされたらどうですか、といっているのです。
正しい信仰をするなら、少なくともそういう(いきなりの)死に方はしないと思うからです。そうして奇跡も起きてくるからです。
正しい信仰とはもちろん、この如来の教えである正法神理しかありません。(奇跡が起きているのはこの教えしかないのですから)だから、ソロソロこの教えに帰依されたらどうですか、そうすれば安全ですよ、といっているのです。
それが事実であるからです。
この教えが本当の正しい神の教えであると、もうこの辺りの人たちなら誰だって分かるはずです。では、くだらない意地などもう捨てて宗旨替えされてはどうでしょう。
そうすればみな神から守られるからです。
いきなり宗旨替えしなくてもです。今している信仰と一緒にやればいいのです。今している信仰をすぐ捨てろとはいいません。(そんな極端なこといいません。別に一緒にやればいいのです。すぐに捨てろといわれても、何十年もしていた信仰をすぐに捨てられるわけがありませんから)
少しずつでもこの教えを実践されたらどうでしょう。そうすればこの教えのよさも、段々、分かってくると思うからです。
今のままではこちらの人たちなど、もういつどこで誰が急死してしまうか知れないからです。
だからもうやらないといけないのです。正しい信仰をです。
そういう時期がもう来ているからです。正しい信仰に目覚めなければいけない時がです。
もっとはっきりいうならもうその時期はとっくに来ていたのです。しかし、いつまでたっても目覚めようとしない。
それがため、神は数々の天変地変をこの日本に現し、それでも目覚めようとしないから、これほどの究極の現象も現し始めたのです。
何度もいいますが、この日本には、そうして、このブログを見ている人たちには大きな使命があるからです。
私はそれを何度も書いています。だからここでは書きませんが、このブログを見ている人たちが目覚めない限り、この起きている災いはひどくなることはあってもおさまることはないのです。
どれだけそれが認めがたいことであっても、それでも理解してもうらうしかないのです。
私がここに書いていることが事実であり、それが神の心であるからです。
だから私のいった通りのことが起きているのです。ここに書いていることが正しいからです。
そうして、日本で起きているのと同じような災いはもはや世界中で起きています。数々起きる、異常な天変地変など、世界ではみな温暖化の影響といって騒いでいますが、しかし、それは違うのです。
世界ではいま日本同様に(日本以上に)男女平等や同性婚、男性の育休などのこれまでの歴史上したことがない(認めたことがない)ようなことを、現代の人々は次々に認め始めています。
このような思想が間違っているのです。
このような数々の間違った思想が神の怒りを買い、それで、これほどの災いを世界中に起こさせているのです。
多くの人々の間違った思想が多くの災いを呼んでいるということです。
しかし、こういうことをいってもです。それが曲がりなりにも分かるのは、このブログを見ている人たちだけなのです。
このブログを知らない人たちは、それをどれだけいっても、頭からそんなこと信じないでしょう。そんなバカな話があるかといってです。
しかし、このブログを見ている人たちなら、まだ私のいうことを信じる人もいるはずです。私のいうことを頭から信じようとしない人たちばかりなら、このブログを見続けているということもないはずだからです。
そのような間違った思想が広がることも私たちは止めないといけないのです。そうしなければ世界で起きている(温暖化の影響などと騒がれている)激しい天変地変も止めることが出来ないからです。
つまり、日本だけではなく、世界中の人々が宗旨替えが必要な時がすでに来ているということです。
だから、それもしないといけないし、もうそのようなことを(私のいうすべてのことを)信じ行ってもらわなければいけないのです。
それがどれだけ現実離れのした話であってもです。それが事実であるからです。
そうして、そのような時が(もう私のいうことを信じなければいけない時が)とっくに来ているにもかかわらず、信じよとせず、私のいうことを行おうとしないから、日本には、これだけの災いが(気づきの現象が)次々に現れて来ているのです。
それだけ大きな使命が(この正法神理を世界中に拡げなければいけないという大きな使命が)日本の人々にはあるからです。
もうそれをしなければいけない時が来ています。どれだけそれが信じがたいことであっても、私のいうことを信じ行うなら必ず奇跡は現れてきます。(ということは、それが正しいということです)
災いが怖いではなく(また、おかしな意地などいつまでも張っているのではなく)多くの奇跡を起こしませんか。これからです。
それには宗旨替えは必要なのです。そうして、そこから私たちの本当の使命は始まるのです。
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追伸…今日の中日新聞の週刊誌(週刊文春)の広告に千葉県知事のことが出ていました。
その広告を見ると、千葉県知事はあの台風(十五号)被害の最中に、公用車で別荘に行っていた疑惑があると書かれてありました。
もしそんなことが本当なら、これだけ愛のない行いもありません。(台風で千葉県民が大変な時に自分は別荘でくつろいでいたというのですから)
週刊誌が書いていることなので、それがどれだけ本当であるかは分かりませんが、しかし、この知事に愛がないことだけは確かでしょう。
そうでなければ(前にも書きましたが)あれだけの風水害が千葉県に出るわけがないからです。
千葉の人たちはもう少し知事を選んだ方がいいと思います。そんな愛のない知事を選んでいれば不幸になるのは千葉県民であるからです。
(愛知県民の〔愛知県はあの話題の大村知事ですから〕私がいうのも何ですが。〔苦笑〕)



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