12月 28 2019
感謝、布施、帰依
また朝からお怒りの人もいるようですが、まだ分かりませんかね。いつまでも怒っていたりボケっとしていては危ないだけだとです。(ほんと「危急存亡の秋」なんですがお気づきですか?)
昨日も怒っている人が多かったんですが(あんなブログを書けばそうなるでしょう)怒っていたところで起きる災いが早まるだけです。
帰依するしかないのです。この正法神理にです。それ以外で救われる道はないからです。
それに昨日書いたことは嘘でもつくり話でもなく(そうして大げさでもなく)実際に起きていることなのです。
本当に起きていることなのですから、それを無視したり怒っていたりしたところで、その起きていることがよけていってくれるわけでもありません。
現実は現実として受け止め、そうして、そういう現象が、自分にはどうしたら起きて来ないのかを真剣に考えないといけないのではないですか。
自分に災いが起きたくない人はです。すでに、それだけひどい災いが起きているのは事実であるからです。
それが正しいやり方であると思うんですが、なぜかこの辺りの人たちは怒っているだけの人ばかりです。そういう人たちに次々に災いが起きていると分かっているはずなのにです。
こういう人は災いが起きてもかまわないという人なのでしょうか?それとも他の考えがまったく浮かんでこないのでしょうか。
それではあまりに愚かであると思いますが、昨日は、怒っていた人が多かった半面、私が「もう汚い心のままではいつ災いが現れるか知れません。早くこの教えに帰依したらどうですか」などとあちこちでいっていたら、黙ってそれをきいている人もたくさんいました。(むこうを向きながらとか、無視しながらとか、そういう人たちも入れればです)
もう分かっている人も多いんでしょう。そのことをです。だって、本当にそれ以外ないからです。救われる道はです。
もう何度でも書きますし、何度でもいいます。この教えに帰依する以外で、次々に起きてくる災いから逃れる術はないからです。
それをしないとこの辺りの人たちなど、特に危ないのです。(なんかすごいですね。最後の最後までです。どこかの会社などです。また電話が次々にかかって来てキレ出しました。こんな年末になっても同じことが起きています。災いが止まらないようです。〔汗〕)
こういう状況で、これまで通りの信仰をしていてそれで助かりますか?そういう人たちが次々に病気になっているのにです。
それは特別この辺りだけではないでしょう。他の地域でも天変地変はもちろんのこと、癌やコロッと逝く人も線維筋痛症や悪性リンパ腫になる人もいるのです。
別に、そのような病気になったアナウンサーの人たちを茶化しているわけではありませんが、如来の教えを見ているのに一切感謝などしないと(無視などしていると)そういう思いもしない病気になることも多々あるということです。
間が悪いことも起きるということです。
そのようなことがこの辺りなどどれくらい起きているのか分からないくらいなのです。だから、もう正しく理解しなといけないといっているのです。
逆のことをしている(この教えに従っている)人にはちゃんと奇跡が起きているからです。
これもまた(このブログを読んでいる人が)分かるまでいい続けます。
そのような(無視する)態度がどれだけ悪いかということをです。この辺りの人たちは当然ですが、他の地域の人たちもです。
どこにいても起きることは起きるからです。奇跡も、災いも、近かろうが遠かろうが場所に関係なく現れるからです。
その人の心と行い次第でいくらでも起きてくることは変わるのです。
感謝して、布施して、そうして帰依してください。この正法神理にです。そうすれば起きている災いは必ず止まるからです。
いい加減、私のいうことを信じませんか。信じる人は救われるからです。(奇跡が起きている者のいうことをです)
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追伸…昨日はウナッシーさんから今年最後の布施をいただきました。ありがとうございました。
今年もウナッシーさんからはたくさんの愛をいただきました。心より感謝いたします。
その反面、これもまた今年もなんですが、他の人たちからはたくさんの怒りや憎しみをいただきました。(苦笑)そちらにはとても感謝できません。全部お返しいたします。出された人にです。(笑)
それにしても変わりませんね。このブログを見ているウナッシーさん以外の人たちはです。(苦笑)
特に今年はひどいですね。最近などもう周りに病気になる人が続出しているようで(昨日も書きましたけどね。そうしてどこかの会社などもすさまじいですからね。もう怒りまくっています)だから私の今年の漢字は「病」ですかね。
ほんと毎年ろくな漢字が出てきませんが、今年は特にそういう人が増えてきたように感じるからです。
段々、起きる現象はひどくなっていくようですが(無反省な人ばかりではそうなります)しかし、愛を出さない限り愛が返ってくることはありません。
いい加減、少しの愛くらい出されてはどうでしょう。逆恨みばかりしていても災いしか起きないからです。
如来の教えを伝えてもらえるほどの愛もないのです。
そういう恩をいつまでも仇で返していてはいいことが起きるわけがないのです。どれだけそれを否定しても、起きていることで、その否定している人たちの間違いは分かるのです。
その人たちが正しことをいっているのなら、災いなど起きようはずがないからです。必ず奇跡が現れるからです。
来年こそは「愛」という漢字を最後に書きたいものです。そうして、今年は多くの方々にたくさんの愛をいただきました。本当にありがとうございました、というくだりもです。
そういうことが書ける年なら、これまでのような(災いばかりが起きる)ひどい年にはならないはずだからです。
今年最後にウナッシーさんにならって、少しくらいの愛を(布施を)いただけないでしょうか?
それくらいの愛など出しても罰は当たらないと思いますが。(苦笑)
というか、出さなきゃ(それくらいの愛がまだ出せないようでは)罰は当たるでしょうね。すでにずいぶん当たっているようだからです。そのような天罰がです。
こちらなど特になんですが、こちらだけなんでしょうか?他の地域にも出ているのに気づいていないだけなんじゃないですか。その天罰をです。(周りに病気になる人など出ていませんか?)
それをいつまでも気づかなければ、起きる天罰は段々ひどくなります。ひどくなる前に(自分に何か起きてくる前に)早く気づいてほしいものです。
こちらなどすでに悲惨な状況になっているからです。
その悲惨な状況を変えるには愛の行為しかないからです。



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