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4月 20 2010

高橋信次師⑥

10:09 AM ブログ

高橋信次先生は不思議な力をもたれた方ではありましたが、それだけで偉大な方と決めつけるのは早計でしょう。なぜなら悪魔も不思議な力(もちろん高橋先生ほどの力はありませんが)を持ち、予言らしきこともするからです。しかし、神の使いが持つ力が神通力なら、悪魔のそれは魔力といったところでしょうか。結局悪魔は、どれほど不思議な力をみせようと人を不幸にしていきます。

神の使いと悪魔を見分ける方法は、正しい法を説いているかどうかということと、あとは、その人の人格、人柄です。金や物に異常に執着が強かったり、色情が強く短気で人のいうことを全く聞かない、などの偏った性格の人は、やはり、神の使いと言うよりも、悪魔に憑かれた哀れな人とみて間違いないでしょう。その人が、どれだけ不思議な力を持っていようとも、そんな人の言うことを、まともに聞いては不幸になるだけです。しかし、現代は少し不思議なことをやると、もうそれだけで、その人を崇め奉り、神のように思ってしまう人も多いようですが、不思議な力を使える人が、必ずしも正しい人とは限らないのです。よくよく見極めなければならないのです。

では、高橋信次先生はどのようなお人柄の人だったのでしょうか? そのお人柄がよく分かるのが園頭先生の本に書かれた次の部分です。

園頭広周先生著「現代の釈尊 高橋信次師とともに」より抜粋します。

<講演が終わると「園頭さん、宮崎から来られたあの人たちも一緒に生駒の三鶴山荘に今夜泊まってください。僕はまだ個人指導があるのであなたたちは先に行ってゆっくりしていてください」といわれたので先に行って待っていた。

夕方六時近くになって先生が帰って来られたというので急いで玄関へ出迎えた。

「只今でした。あ、どうしてあなたたちは早く風呂に入って浴衣に着替えなかったんですか」それは全く予想外の言葉であった。私たちはこれから教えをいただこうという弟子である。師より先に風呂に入って浴衣にくつろぐということは常識に反するし、弟子たるものの取るべき態度ではない。だから服装を正して、師を迎えることは同然であると。当たり前のことだとして出迎えたのであったのに、高橋先生はそのようにいわれる。そうして、「僕はもう一人個人指導する人があるので先に風呂に入ってくつろいでください」といわれた。これまで私の知っている教祖という人で、弟子に対して自分より先にくつろげといった人はなかった。高橋先生の心の広さに驚くと同時に感激し、これ以上、かたくなに自分の考えを守ることは却って礼を失すると思われたので、私たちは早く風呂に入ってくつろいだ。

元「生長の家」信者であったその人は、「こういうことは『生長の家』では考えられないことですね」といわれた。自分の権威を守るためには、平気で部下の人間性を踏みにじるという人が多いのに、高橋先生の飾らない態度に心を打たれた>

園頭先生は「生長の家」の大幹部であった方でした。宗教の世界でも、表面上は愛や慈悲の心を説く人は多いのですが、一歩裏に廻れば陰口を言い合い、足の引っ張り合いをしているところも多いのです。園頭先生は、そんな宗教界に長年身をおき、裏側をよくご存知でした。

そのような人たちをたくさん見てきた園頭先生は、初めて高橋先生にお会いしたとき、あまりに飾らない高橋先生の態度が、異様に見えたといいます。高橋先生の謙虚な態度が、当たり前といえば当たり前なのですが、どこの世界でも少しえらくなると、とたんに態度が変わったり、教えを請いに来た人や初対面の人に、自分を権威づかせるためか、横柄な態度をとる人はいます。そういう態度はとらなくても、心では自分のほうが上と、すぐ慢心する人もいます。自分の地位が上がれば上がるほど、そのような人は増えると思います。

しかし、高橋信次先生は多くの人の上に立ち、人が驚くほどの不思議な力を持たれていたにもかかわらず、人の何倍も謙虚で気も使われる方でありました。

GLAでは、月に何度か泊りがけで研修会を行っておりました。その研修会で、高橋先生が講演されるということで、研修会に来た大勢の人が大広間に集まっていました。大広間の入口は閉めてありましたが、その向こうには多くの人のスリッパが脱ぎ散らかしてあります。まだ高橋先生の講演が始まる前で、他の人の体験談が話されているときでした。一人遅れて講演会場に入った人が、脱ぎ散らかっているスリッパを、一人で汗をかきながら整頓している人がいるのを見ました。よくよくその人を見ると、それが高橋先生で、高橋先生は研修会など行かれると、脱ぎ捨てられているスリッパを、よく一人で整頓していられたそうです。

またこんな話も伝わっています。初めて研修会に参加された人が、トイレに行くと一人でトイレ掃除をしている人がいました。研修会場の従業員かとその人は思われ「ご苦労様です」と、声をかけられると「皆さんが気持ちのよいようにと思いましてね」と、そのトイレ掃除をしていた人が答えました。その後、高橋先生の講演が始まると、先ほどのトイレ掃除をしていた人が、高橋先生であったと分かり驚いたそうです。

高橋先生はこのようなことを、これみよがしにされたわけではなく、自然に、そうするのが当たり前のようにやられていたそうです。ある人は研修会の風呂場で「背中流しましょうか」と声をかけられ、その声をかけた人が高橋先生で、その人は恐縮しながら背中を流してもらったそうです。いつも高橋先生は研修会が終わった後、帰っていかれる研修会の参加者の人たちを、人が見てないところで合掌しながら見送られていました。

まさに高橋信次先生は、愛と慈悲の塊のような方でありました。「実るほど頭の下がる稲穂かな」よくこの言葉を高橋先生は、講演会場でいっていられましたが、それを自ら実践し体現されていたのが高橋信次先生でした。

しかし、高橋先生が、あまりに謙虚で気さくに誰とでも話されたため、勘違いする弟子も出てくることになります。

それが後の悲劇へとつながっていくことになったのです。

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