>>ブログトップへ

2月 28 2020

危急存亡の秋

10:36 AM ブログ

皆さん、もうドン引きしている場合ではありません。(昨日はそういう人が多かったものですから)

早くこの神理に帰依してください。そうして祈りましょう。正しい祈りはきかれるからです。

すぐにこのすさまじい新型肺炎の特効薬など出来ないのです。

では、祈るしかないでしょう。祈りで止めるなり、ペースを落とすなりしないと、このままほっとけばどれだけこの新型肺炎の感染が拡大するか分からないからです。

何か政府は大胆なことをしていますが(全小中高の休校要請…凄いことしています)何をしたところで、この新型肺炎を止めないことにはどうにもならないのです。

このまま新型肺炎の感染拡大が続けば、すべてのイベントの中止、学校は休校、企業は休業などなど(政府のそのような要請はいいのですが、要は後の補償ですよ。それをどれだけしてくれるのか、ですよね。こういう何も出来ない時は政府は金を出せばいいのです。MMT理論の証明が出来ますね。〔自国通貨では破綻しない〕ガンガン国債発行して金をばらまきましょう。こういうこれまでにない非常事態にはそれも仕方がないからです)そうなれば私たちの生活に支障をきたしてくるのは誰だって分かります。

問題はこの新型肺炎なのです。この新型肺炎の感染をどうやって止めるのか、それなのです。

では、それをするしかないのではないですか。自分たちのやれることでです。

私は本当の神の教えを知っています。では、それで新型肺炎を止める努力をするといっているのです。

しかし、これほどの勢いの新型肺炎の感染を止めるには(あるいはペースを落とすには)それなりに多くの人の祈りの力が必要です。

だから早く、この本当の神の教えである正法神理に帰依してくれといっているのです。このブログを見ている多くの人たちはです。

そうして一緒に祈りましょうといっているのです。大勢で祈らないと、私たち(一人や二人)の祈りだけではどうにもならないからです。

もうそういうレベルではなくなっているからです。(何せもう新型肺炎は日本だけではなく世界に広がっていますから)

だから一人でも多くの賛同者を求めているわけです。この正法神理のです。一人でも多くの人の祈りの力が必要であるからです。

だからもう「お前のいうことなどきけるか」などといっている場合ではないのです。きいてもらうしかないのです。

私のいうことをです。(この神理に従ってもらうしかないということです)長年このブログを見ている人たちはです。

どれだけ嫌でもです。もう日本だけではなく世界人類の危機が迫っているからです。

別にかまいませんよ。そちら(皆さん方)のいうことをきいてもです。しかし、皆さん方のいうことをきいてもどうにもならないでしょう。

何とか出来るんですか?この状況をです。何ともならないでしょう。皆さん方ではです。

だって、皆さん方のような心の人たちばかりであったから、これだけ天変地変も激しくなってきたのだし、癌やコロッと逝くような急死も増えたのだし、そうしてこの新型肺炎です。

滅びてしまうのではないですか。皆さん方のような考えで(心で)いたらです。

実際そちらに(滅びに)向かっているからです。

しかし、私たちのような心になれば奇跡も次々に起きてくるのだし、そうして祈りもきかれるのです。

それが事実であるということは、このブログを見ている人たちが一番知っているはずです。

ではもうやるしかないのではないですか。くだらない(小さな小さな)意地など、いつまでも張っているのではなくです。

もうすべてを投げ出して、この正法神理に帰依するしかないのではないですか。

そうすれば自分が救われるだけではなく、多くの人まで救えるからです。

それともまだ関係ない、そんなこと知ったことか、みたいなことをやり続けるのですか。これだけすさまじいことが起こされていてです。(ほんと滅びますよ。そんな判断しか出来ないとです)

このままではどれだけ多くの人が滅ぼされるか知れないのです。今回の新型肺炎はそれだけ恐ろしい疫病であるからです。

こんな疫病などこれまでなかったのです。

そうではないでしょうか。だって、潜伏期間は全然分からない(一、二日から一ヶ月ほどの間があって)症状も全然分からない(無症状の人もいれば軽い症状の人もいて、重体になる人もいれば死ぬ人までいる)完治したかどうかも分からない(治ったと思っても数日したらまた再発する時もあり)そうして不思議なことに感染して治っても抗体が出来ず、また再感染する人までいて、そのような摩訶不思議なウイルスがすさまじい感染力を持っているのです。

もうこれまでの常識など通用しない、そんなウイルスが現れているのです。(だから医療関係者もそういう考えを持たないと〔これまでの常識にとらわれていては〕間違うんじゃないですか。判断をです)

ではこんな異常なウイルスの特効薬がそう簡単に出来るのでしょうか?ワクチンが出来ますか?そんなにすぐにです。(また、そんなに慌ててつくられても副作用がひどかったら何もならないし)

それこそ、特効薬が出来たと思ってそれを服用していても、また後でドンドン再発する人が出てきて、実はこの特効薬はまるで効いていなかったなどということも起きかねないのです。

それだけ今回の新型コロナウイルスは得体が知れないからです。

こういう時は神に祈るのが(そうして神に何とかしてもらうことが)一番なのです。

正しく神に祈るなら絶対に悪い方にはいかないからです。それこそ調和と安らぎのうちに解決の道に導いてくださるからです。

だから、正しく祈れる人がたくさん必要だといっているのです。

こんな未知の異常なウイルスを何とか出来るのは神しかいられないからです。

多くの人々は、間違った宗教を正しいと信じているから、祈っただけで変わるかと思っているのです。間違った宗教など何をしても無力だからです。

実際、これまではそうでしたから。仏教やキリスト教やイスラム教の信者などが集まって祈っても(あるいは他の新興宗教の信者たちが集まって祈っても)それで何か変わるということなどなかったからです。

どれだけ多くの人が、どれだけ祈ろうと、何の奇跡も起きなかったからです。

だから、祈ったくらいで何か変わるかと、祈っているだけで物事が解決出来れば世話はないと、そう思っているわけです。多くの人がです。

しかし、それは間違った宗教だからなのであって(間違った宗教の祈りでは奇跡が起きるわけがありませんから。だから祈りで分かるのです。自分のしている宗教が正しいかどうかはです)正しい宗教は違うのです。

正しい宗教は、祈ればちゃんと奇跡が起きるし、その正しい宗教をしている人たちが大勢で祈れば大きな奇跡が現れるのです。

それが嘘ではないということは、このブログを見ている人たちなら分かるはずです。

逆にいえば、このブログを見ている人たちでなければ分からないのです。そのような「事実」はです。

だから私はいっているのです。(もうずいぶん前からです)このブログを見ている人たちは大きな使命があるとです。大きな責任があるとです。

こういう危急存亡の秋になれば、私がそういった意味もよく分かるのではないでしょうか。

このような時に正しい祈りが出来るのは、このブログを見ている人たちだけであるのです。そうして正しい祈りを大勢でするなら、どれだけ大きな問題も必ず解決の道がついてくるのです。

では、この新型肺炎の問題も解決の道がついてくるということです。大勢の人が正しい祈りをするならです。

いま現在は、日本だけではなく世界が、危急存亡の秋を迎えているのです。

それにもかかわらず、まだ、このブログを見ている多くの人たちは立ち上がろうとはせず、自分のことだけをし続けるのですか。自分さえよければそれでよいと思っているのでしょうか。

しかし、そんなバカげた発想もないのです。

それをしていたら、もうその自分さえ滅びてしまうからです。この新型肺炎は自分たちが何をしていても(それこそ仕事をしていようが、遊びをしていようが、勉強をしていようが)迫ってくるからです。

だからこういう超がつくほどの非常時になれば分かるのです。そういう(小さな)考えがいかにバカげているかがです。間違っているかがです。

そういう考えは自分で自分の首を絞めているのと同じであるからです。

だから分かったはずです。そのような小さな考えの間違いと、この正法神理がこのような時にどれだけ必要であるかがです。

これほどの非常事態に世界の人々を救える力があるのは、この(本当の神の教えである)正法神理だけであるからです。

この状況で立ち上がらなくて(自分のことだけでバタバタしていてです。またやっています。どこかの会社などです…そういう現象も、この神理に帰依して祈るなら起きなくなるのにです)そうして神に祈らなくて本当によいのですか?

しかし、私たちの正しい祈りがなければドンドン悪い方向にいきますよ。日本だけではなく世界がです。

この新型肺炎はこれから世界に広がっていくからです。これからが最悪のシナリオの本番であるからです。

多くの人々が正しい祈りをするなら必ず奇跡は現れます。(しかも大きなです)

危急存亡の秋が迫っています。それでも何もしようとはしないのでしょうか。このブログを見ている多くの人たちはです。

2コメント

2 コメント to “危急存亡の秋”

  1. ウナッシー2020/03/01 at 5:29 AM

    実は最近会社での仕事において変化に気付いた事があります。それは仕事仲間との関係なのですが、その人は周りから変人と呼ばれていて特徴的なことと言えば、人の話は聞かない、講釈が多いが自分の仕事は雑、常に周りの事を非難する、というようなところですかね。なので当然のこと上司からも良くみられる分けもなくて、いつの間にか面倒くさい奴と扱われている仲間なのです。それでも私は神の側に立つ者として彼の変化を日々祈り心で接しているのです。そんな中で最近変化が現れて来たのです。なんと私の方が気付きにより彼との接し方が変わってきたのです。自己中心的な彼の発言が私には不思議と彼の本心が心に浮かんで来るようになったのです。私に向かっても批判的なことを言ったとしても時間をおいて「そう言うことを言いたかったのだ」と腑に落ちる言葉が浮かんでくるのですから、当然私の彼に対する接し方も変わってきていて、そうなると彼のことも理解できるようになって私の心には彼に対する仏心が現れてきた、その事が最近になり気付いたということになります。但し、その彼も、その彼を取り巻く周囲の方も相変わらず変化のないままであり、自分自身の今の境遇を改めて教えて頂いたような気がしています。

  2. gtskokor2020/03/01 at 11:10 AM

    ウナッシーさんはドンドン心が広がっていきますね。こちらの人たちとえらい違いなんですが(こちらの人たちはドンドン心が狭まっていきますから。〔苦笑〕)その調子で頑張ってください。
    心が広がれば広がるほど神に守れるからです。
    そうして世は風雲急を告げて来たからです。

Trackback URI | Comments RSS

コメント記入

Spam Protection by WP-SpamFree


あなたは人目の訪問者です。